第13話
そのまま眠ってしまったマスターをソファーに寝かせて、ジュンはカウンターのテレビをつけた。駅前の大画面で見たのと同じアナウンサーが、まだ油まみれの船のニュースを伝えていた。ずっと中継しているのだろうか、画面には相変わらず黒く染まった海と大きな船が映し出されていたが、夜になったせいで海と油と船の区別はほとんどつかなくなっている。別のチャンネルに回すと、船から一番近い浜辺でバケツやライトを持った人が懸命に海水をすくっては大きなビニール袋に流している様子が映っていた。
「あーあ、ムリしちゃってぇ・・・」
しばらく忘れていた言葉が思わず口をついた。ジュンは首を軽く振ってチャンネルを回した。次のチャンネルではクイズ番組を流していた。次ではコント、次ではまたニュース・・・一通り変えてから、ジュンは結局二番目に見たニュースにチャンネルを合わせた。専門家がニュースの解説をしている。
「しかし、向こうの国の対応はどうなっているんでしょうねぇ。」
「発表までもう少し時間がかかるでしょう。時間がかかると言えば、海の復旧作業ですけれども、地元の皆さんの協力によって、2、3日中には何とか元の成分に近い海に戻りそうです。」
「政府内では、ある程度浄化しても元の海に戻るかどうかわからない、戻らなくても仕方がないのではないか、という趣旨の発言が出ていたようですが。」
「まぁ、よくある話ですね。苦しみに直面していない人には、こういった、いわゆる局地的な問題は言わば他人事といった感じなのでしょう。もちろん政府がそのような考えではいけないのですが。」
-他人事、か。
二杯目のオレンジブロッサムを作りながら、ジュンはぼんやりと考えた。浜辺で海水を汲んでいた人たちのニュースと同じように、マスターの話だって自分にとっては他人事でしかないのかもしれない、だけど・・・。
-『どんなにやってもどうにもならないことって、あるんだなぁ・・・』
マスターの呟きが耳の奥によみがえる。自分がそれに対して何も言えなかったのは、自分もそれを否定できないとわかっていたからだと思う。自分より頑張ってる連中を見るたびに思う漠然とした劣等感、今を捨てて新しい世界に進もうとする奴らへのかすかな羨望、それらを他人に悟られないように、敢えて連中に向ける言葉が、ジュンならば『むりしちゃってぇ』であった。自分のなかで自分を下げるような気持ちに負けたくはなかった。だから反発するような言葉で自分のいる世界を正当化してきた。だが、マスターは違った。新しい世界に進もうとする連中へは何も言わなかった。しかしその分だけ、自分を下げなくてはならなかった。マスターは自分の気持ちに負けてしまったのだろう。
ジュンはソファーで寝ているマスターをそっと振り返った。この人は自分と同じ生き物だという気がした。
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