第12話

別に必要以上のお金を儲けようって気はなかったから、気楽だった。その考えは今もそんなに変わってないよ。だから勘定だって結構曖昧だろ?まぁ、来るのが知り合いばっかりだってことも大きいけどさ。・・・で、そのときは今よりもっと自分たちのことしか考えてなかったから、やりたい放題だった。『CHASE』がやたら無駄なスペース作ってあるのも、俺らが踊れるためのものだったし。そんな調子で店開けた頃は楽しかったよ。大学の勉強なんかそっちのけで、毎日のように店に溜まって夜を明かしてた。

ちょうど冬が終わる頃で、明け方の空がすごくきれいに見えてたな。


俺たちが『CHASE』で遊んでる間にも、学科の連中は地道に就職活動だの、大学院に入る試験勉強だの、それぞれ目標立てて動いてた。もちろん俺らだって目標がなかったわけじゃないよ、ただ就職や学位取得よりもはっきりした“結果”が伴っていなかっただけで。ダンスはオーディションに合格してからが長いからさ、そこがゴールじゃないから、どこが“結果”になるのかがはっきりしてないんだよね。その先のわからない不安にやられちなったんだろうな、あるときダンス仲間の一人が就職するって言い出した。・・・俺が初めて観に行ったとき、渋谷でストリートダンスやってた奴だよ。

そいつがダンスに見切りをつけたのをしおに、他の連中もやめていった。やめるとき、みんなこう言ったよ、「将来が急に不安になったんだ」ってね。

結果的に俺一人残された形になったけど、俺はどうしてもダンスを諦めきれなかった。仲間がどんどん抜けていって意地になってたっていうのもあるけど、やっぱり踊ることを続けたかった。自分が決めた道を、むしろ簡単に捨ててしまえる奴らが、俺にしてみれば不思議だった。それで今日までダンスを続けてきた。マサキとかジュンちゃんに店任せて、迷惑かけても譲れない道だった。だけど、最近限界を感じるんだ、そんな自分に。だからさ、もうオーディション、ってか、ダンス自体もやめようと思ってね。」

長い話を終えたマスターは、とっくに氷が融けてしまったウィスキーハイボールを一気に飲み干した。

「そんな、迷惑だなんて・・・」

沈黙を埋めようと発した言葉を終わらせることが出来ずに、ジュンも自分で作ったオレンジブロッサムをあおった。

「どんなにやってもどうにもならないことって、あるんだなぁ・・・」

机にうつぶしたマスターの呟きが客のいない『CHASE』にやけに大きく響いた。

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