第11話

―俺さぁ、本当はダンサーになんかなる気なかったんだよね。夢は子供の頃からずっと経済学者か公認会計士。とにかく頭使う仕事がいいと思ってた。これでも結構真面目だったんだぜ?今でこそこんなダラダラした生活してるけどさ。それで大学もわざわざ経済に強いとこ選んで受けたりしてさ。・・・それで、何でダンスを、って?

 学科で友達になった奴がたまたまストリートダンスをやってたんだ。「一度踊りを見に来いよ。」って誘われて、それで渋谷まで観に行った。

友達が踊るから、っていうんで何の気なしに行っただけだったけど、実際観たらすごかったな。もう言葉が出なかったんだよ。ただこいつらと一緒に踊りたいと思った。

自分から何かをやりたいと初めて思った。ありきたりな言葉だけど、俺のなかで何かがコワれた、っていう感じがした。・・・それまではさ、良くも悪くもただ毎日をやり過ごせばいいやって気がしてた。でもなんか釈然としてなかった。どこかで割り切れないものを感じてたんだ。

 さっき経済学者か会計士になるのが夢だったって言ったろ?だけどその夢っていうのは実は俺自身の意思に関わらず、周りの人間が俺の将来の安定を願って勝手に置いていっただけのつまらないものなんじゃないかなって。そんなものより、俺にはもっと他に可能性があるはずだって、根拠もなく考えてた。

まぁ、その可能性っていうのが何なのかはわからなかったけど、ストリートダンスに出会ったとき、はっきりと、これをやることで俺は変われる、って思えたんだ。今までみたいに“無限の可能性”なんていう中身の見えない言葉の陰に隠れて、無難だけど、どこかに不満を抱えてるような人生を過ごしていくことはもうやめようってね。

最初はテンポの取りかたすらわからなかったよ。一から友達に教わって、まともに踊れるようになるまで2年半くらいかかった。時間はかかったけど、苦しいとは思わなかったな。とにかく夢中だった。3年の終わりになって、学科の連中が一斉に就職活動に走り始めたときも、俺はダンス仲間と街のイベントに毎月のように参加してた。不思議と不安はなかった。今はダンスはあくまで学生の副業みたいなもんだけど、いつかこうやって踊ってることが日常になるって、そのときは少しも疑わなかったからね。ただ、ダンスを本業にするには時間がかかるってことはわかってたし、ある程度のお金も必要だった。イベント参加で、ギャラとも呼べないようなお金はもらえてたけど、やっぱりそれだけじゃ食えないし、かといってオーディションの練習のためには、バイトしてる時間だって惜しかった。ダンス仲間5人で、なるべく束縛されずにお金を稼ぐ方法を考えた結果が『CHASE』って店を開けることだったんだ。

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