第10話

『CHASE』に着くと、カウンターにだらしなく肘をついたマスターがテレビを見ていた。来客を告げる呼び鈴の音に顔をあげ、ジュンに気づくと「久しぶり。」と軽く手を挙げる。

「テレビなんか見てていいのかよ、客商売してんだろ。」

ジュンはマスターの目の前に腰をおろした。

「だってさ、ヒマなんだもん、この時間って。」

ジュンが来たときと同じ姿勢のままで、マスターが答える。それから

「嫌だねぇ、こんなの見るの。」

と画面を指差した。画面には、さっき駅前で見たばかりの油まみれの船が映っている。

「・・・見なきゃいいじゃんよ、別に。」

「だって、今これしかやってないんだもん、どの局も。」

-もう内容ほとんど覚えちゃったよ。

飽きたような口調で言うと、マスターは腕をあげて大きなあくびをし、テレビを消した。それからジュンをじっと見据えて、

「昔の話、しようか。」

と言った。

「昔の・・・はなし?」

ジュンはマスターと目を合わせた。

「うん、この店を開けた頃の話。」


少しためらった後、

「オーディション受けるの、もうやめようと思って。」

と、マスターは口の端を歪めて言った。

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