第8話
「けど・・・他人の話を聞いてるようで、実は心のなかではさ、ムリしちゃって、とか、くだらない、とか、思ってるような気がしてるの。」
―ムリしちゃってぇ・・・。
それは確かに自分のなかでほぼ無意識とも呼べるうちに出てくる言葉だ。
「間違ってたらごめんね。でもたぶん当たってると思う、付き合い長いし。私はぁ・・・ジュンの そういう、他人の話ばかり聞いて“バカにしちゃってる”みたいなところが好きじゃない。」
それからユキは再び話を止めた。もしかしたらユキは自分の弁解を待っているのかもしれない。
しかしそこまでわかっていても、ジュンには言うべき言葉が見つからなかった。
しばらく黙ってからユキは、
「ジュン、もっとさぁ、他人を信用してもいいんじゃないかな。 バカにするんじゃなくて、自分と同じくらいに大切に考えてよ。少なくとも私はジュンのそういうところが見たかった。」 と言った。
地球の底から響いてくるような雑音のあと、電話は切れた。
ジュンは電話を切る気になれずに、しばらく繰り返される通話音を聞いていた。
例えば大学や街中で偶然出会っても、ユキはもう二度と自分から声をかけては来ないだろうと思った。
結局『CHASE』には行かなかった。
ユキと電話で話してから、長い休みまでの間、ジュンは真面目に試験勉強や課題をこなした。ユキの言葉をそれほど気にしたわけではないが、毎日のように図書館へ足を運ぶクラスメイトを見ているうちに、何となく自分も同じことをしようという気になった。
もともと高校時代のジュンは、試験と名前の付く類のものはさして勉強せずともそこそこ以上の成績を維持できる人種であった。そのせいで、中間や期末といった試験でよい成績をとるために、1ヶ月も前から目の色を変えて勉強している連中をどこかくだらないと思っていた。そしてそれは大学に入学してからも変わらず、1年のときには『CHASE』に入り浸りつつも、とるべき単位は一つも取りこぼすことなく進級した。春休み中に渡された成績表を見比べて、その違いに良太が驚いたくらいである。
「俺と一緒に遊んでたくせに、すげぇじゃん、この成績。」
そのときのジュンは、「まぁね。」と返事しただけだったが、内心では一生懸命勉強していながら留年してしまった知り合いや、自分より成績の低かった良太を見下していた。たぶん自分の「要領の良さ」を「能力の違い」だと勘違いしていたのだと思う。そのころから無意識のうちに、“自分よりも頑張っている”ような連中を目にする度に、「ムリしちゃってぇ」と思うようになっていたのかもしれない。
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