第6話

駅へ着くと、ちょうど電車が出たばかりだった。人影がまばらになったホームを一番前まで歩き、 ジュンは見るともなしに、踏切のほうへ目をやった。木で出来たぼろぼろの板の上を、ひっきりなしに 車が通っていく。この古い踏切も、来年には線路高架に伴ってなくなるらしい。

車が途切れた。線路の敷石の間から、草が生えているのを見つけた。それは花とも呼べないほどに ちいさな花びらをつけていて、風に揺れている。

―ムリしちゃってぇ・・・。

それを眺めながら、ジュンがそっと呟いたとき、踏切に向かって歩いてくる学生らしい集団が見えた。 そのうちの何人かはテニスラケットを抱えている。その中に、ユキの姿があった。

―ユキ?

自分との電話での、ユキの言葉が耳によみがえる。


誰かと話しているユキが、ホームのジュンに気づくはずもなく、一行は華やかな笑い声を響かせて歩いていってしまった。 警笛が鳴り、遮断機がゆっくりと降りた。


その日の夜、ジュンはもう一度ユキに電話をかけた。電話の向こうでユキは驚いた声をあげた。

「ジュン、どうしたの?自分から電話くれるなんて珍しいじゃない。」

いつもと何ら変わらない、ユキの明るい声。

「いや、別に・・・どうしてるかと思って。」

―自分から電話くれるなんて珍しいじゃない―

何気なく言った言葉なのだろうが、今日はどこか心に引っかかる。考えてみれば、電話をかけるのも 、遊びに行こうと提案するのも、始めはたいていユキのほうである。ジュンが自分から誘いをかけないのは、 何をやっている訳でもない自分はいくらでも予定を動かせるが、サークルやら集まりやらに顔を出さなければ ならないユキは、自分と予定を合わせるのが難しいだろうと自分なりに気を使っているつもりだったからだ。

「あ、そうそう、今朝またヘンな夢をみたの・・・」

不思議なことに、ユキと話し始めると、必ずと言っていいほど、どこか話の途中でユキがみた夢の 話が出てくる。よく覚えていないことを話すのだから、夢の話はたいてい変なものだが、それでも内容は 毎回違う。

その話をするのがユキの癖なのか、ただ毎回違う話をしたいだけなのかはわからないが、ひとつだけ わかっていることは、ユキが一旦夢の話を始めると、ストーリーが完結するまで何分でもジュンは聞き役に 回らなければならない、ということである。話すことがあまり得意ではないジュンとしては、むしろその方が助かるのだが。

今回の“ストーリー”は、電車の中でいつも見かける人に興味を持ったユキが学校をサボってその人の後を つけていく、というものだった。

「それでね、その人は結局降りるはずの駅では降りなくって、いつもより3つ先の駅で降りるんだけど、 その駅にいる人たちがまたヘンな感じなの。私の知ってる人ばっかりいて・・・ジュン、聞いてる?」

喋りっぱなしだったユキが突然話をやめた。

「え・・・あぁ、聞いてるよ。それで?」

今のユキの話と同じような内容の小説があったな、と考えていたら、いつの間にかあいづちを打つのを 忘れてしまっていた。

「ジュンってさぁ、いつもそうだよね。」

少しの沈黙のあと、ユキはため息まじりに言った。

「いつもそう、って?」

「いつも嘘ばっかり。」

ジュンの言葉を待たずに、ユキは続ける。

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