それぞれの夏休み〜榊原恭介〜 8/4

「コーラ、邪魔だなあ。他の食材入れられないんだけど」


 冷蔵庫の大半をコーラが占領している。他に食材やら飲料やらを入れようと思っても、そうはいかない。俺自身コーラが苦手なので、飲んで処理というようなことはあまり気が進まない。だから冷蔵庫をちゃんと整理して使うようにしている。かなり面倒くさいが。

 今日の夜も更けてきたな。高校に入ってからの日常と変わっているのは、人が学校にほとんどいないことと授業がないことだけで、夏休みの実感は全くない。まあいつも通りご飯でも作るか。

 冷蔵庫にある食材は、トマトとレタス、チーズ、玉ねぎ、ベーコン、にんにく、卵、その他調味料ってところか……。タコライスでも作ろうかな。サルサはタバスコがあるし、なんとかなるだろ。挽肉の代用として、ベーコンを使っても良いかな。ピーマン足りないけど良いか。

 とりあえず、玉ねぎとトマトを切り刻む。そして、小さなボウルに入れて、タバスコと塩を少々加えて混ぜ合わせる。ある程度混ぜたら、コーラ冷蔵庫の中へIN。これでサルサは作り終わった。

 その次に、挽肉っぽくなるように、ベーコンを焼いた時に硬くもなく、柔らかすぎもしない大きさに切るようにする。そんでもって、余った玉ねぎとにんにくをみじん切り。レタスを大胆にカット。いつも整備士という細かな作業をしているため、レタスのような食材を切るときが至福と感じるようになってしまった。

 んで、サラダ油をフライパンに垂れ流して、にんにく、玉ねぎの順番に炒める。十分に火が通り、立ち上がる蒸気に混じって良い匂いがしたら、ベーコン投入。ベーコンが嫌な予感しかしないなぁ。フライパンにケチャップを幾らか垂らす。そこからサルサを加えて、十分に炒める。まあこれで完成で良いか。

 さて、すべての食材の調理は大体終わったし、チーズ千切ってから温泉卵でも作っておくか。消費期限近いようだし。

 そこから、ご飯を盛って、レタス、チーズ、炒めた具材を盛り付ける。この時点でチーズがトロトロととろけているが、電子レンジで温めて、より美味しさを追求する。


「こんなもんでいいか。ベーコンが少し禍々まがまがしいけど」


 電子レンジから取り出そうとすると、熱気と共に香ばしい匂いが立ち込める。鼻をツンと刺激する辛みとチーズのすべてを包み込むようなまろやかさが食欲を掻き立てる。

 早く食べよう。そう思った瞬間、チームルームのベルが鳴る。先生かな。


「はい。……どちら様ですか?」


 部屋のドアの前に立っていたのは、見知らぬ女性だった。あまりルックスは気にしていないのであろう。焦げ茶色の髪はポニーテールに纏めようとしているものの、何本か零れ落ちている。


「いつも美味しそうな物、作ってるの君だったんだ。今日のも美味しそうだナぁ」


 人を呼び出してまで言うことなのだろうか。まあいいや。


「食べたいなら、持ってきますよ。多めに作ってますし」


「いいの?お邪魔しまーす」


 いや、戦略のために他のチームルームに入ってはいけないという暗黙のルールがあるから、俺は持ってきましょうかって言ったのに。大空がいたら音魔法は秘匿にしたいから起こっていただろうな。他のチームメンバーには黙っておくか。


「何これ!辛いけど、めっちゃ美味しいじゃん!やるナぁ!」


「タコライスですよ。お褒めの言葉ありがとうございます」


 本心は、早く出て行って欲しい。


「あ、名乗るの忘れてたナぁ。私は3年の蘇芳。蘇芳琉璃。一応整備士やってるんナぁ」


 俺はその自己紹介を聞き、心を整えた。

 相手もそれに気付いたのか、張り詰めた空気になる。


「やっぱり、君は整備士だったか。整備士だったら、私のことは知ってるだろうからナぁ」


「蘇芳琉璃。整備士唯一の10席。この学園中の整備士からは、羨望の的と声を揃えられている。その人こそ、あなたですよね」


 この学園は基本的に戦闘員が注目されている。しかし、整備士にスポットライトが当たる異例中の異例。それぐらい凄い人物。

 目の当たりすると、語尾によくナが付いて、ナが気になる一般人。


「そう言われると、恥ずかしいナぁ。あ、別に自慢するために来たわけじゃないよ。他人のチームのことを整備士が口出すのはダメだろうしナぁ」


「蘇芳先輩、今日のご飯の恩返ししたくないですか?」


 俺は一層の事、賭けに出る。俺が行き詰まることは、この人なら解決できるかもしれない。


「……秘密でならナぁ、やらないこともないナ」


「じゃあ、この冷酷姫暗殺鎌メドゥーサズサイズと大空の音魔法の問題点を洗い出してくれないですか?」


 俺はデバイスの画面をホログラム化して、画面拡大をする。それに蘇芳先輩が真剣な眼差しで見つめている。まるで殺人鬼の目だ。目が合うだけで死んでしまいそうな、鋭い眼差し。そして、何かに気付いたのかデバイスのホログラムにタッチして詮索を始めた。まるで決闘中の雪ノ下のように素早く画面を操作する。迷いがない手つきだ。

 そして、すべてを突き止め終わったのか、蘇芳は一つ頷いてから口を開く。


「まず、鎌だナ。これはうちの鎌使いと似た現象に陥ってるナぁ。ちょっと話しにくいから、言葉崩させてね」


 俺はよくわからないが頷く。


「正常なデータに上書きとして、なんらかの暗号が付け加えられてるやん?それが実際変なことにしてるんやんかぁ。これを取り除けばええねんけど、うちも気になってそのままにしてるんやんかぁ。前の持ち主が残した暗号なんちゃうんかな。下手にいじらん方がええよ」


 なるほど、と心の底から理解しながら、関西弁で話していなかったから、語尾がおかしくなっていたのかということも理解する。いや、よくよく考えると、語尾がナになるのも変だけど、そこは気にしないでおこう。


「それで、大空の音魔法は」


「……彼の魔法なんて言ったか、もう一度言ってくれへん?」


「音魔法、ですけど」


 どういうことだ。音魔法に何かあるのだろうか。


「それがおかしいんよぉ。音魔法っていうより、他にもっと用途が隠されてんのちゃうんかなぁ。多分、これを作った人は作成者名に書いてある通り、大空君なんやろうけど、張本人が意図して作ったのに加えて新たな力が隠れてるって感じやなぁ。こればかりは初めて見る個人作成魔法やからなぁ。自分で調べてみてな。こんなもんでええかなぁ?」


「はい、ありがとうございます!」


 これは凄い収入だ。大空と次会う時では遅い。彼女が帰った後にでも、報告をしよう。


「じゃあ、そろそろお暇するナぁ」


 話し方が戻っている。あれは集中した時限定なのか。


「またご飯食べさせてナぁ。ありがとぉー」


 晴れやかな笑顔で彼女は帰って行った。

 大空にメールしなきゃ。

 ……ってあれ、蘇芳先輩って、駿河先輩のチームメイトじゃ……?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

BRAVE HEARTS 刹那翼 @setuna09

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ