第2章 花鳥風月

夏と定期 7/4

 太陽がギラギラと照りつける真夏。俺の一番苦手な季節。数ヶ月前までの冬が終わった温かさは、日に日に増して、灼熱の地獄と化す。


「おっす……」


 俺は項垂うなだれながら、榊原の寮室に入る。すると、エアコンも付けずに榊原はニコニコしていた。


「ちーっす」


「エアコン付けてないのか。榊原は良くこんなクソ暑いのに、平気だよなー」


「いや、暑いけど、皆よりかは耐性はあるかな?どうせチームの皆が入るし、エアコン付けるよ」


「ああ、それはありがたい」


 今日は冷姫の頼みで、榊原と冷姫の寮室に来ている。

 寮の部屋は二人一組。俺は紫ノ宮しのみや秦哉はたやと同じ部屋だ。紫ノ宮は掴みどころがない人物で、夜も寮に帰らない日もある。更には、俺が部屋に帰ったら、自分の布団の上に俺の布団を乗せて寝ている時さえある。一体奴は何をしているんだか。怒るどころか、呆れて言葉も出ない。


「さて、今日は何するんだ?」


「あぁ、地獄修練だよ」


「……へ?」


 暑さで榊原の頭がおかしくなってるのかな。地獄修練ってなんだ。そうだ、暑さで頭がおかしくなっているに違いない。


「まあ、見てりゃわかるってー」


 何が見えるんだ。真夏の幻影、お化けってやつか。


「ちゃーす!!!」


 榊原との会話の中に、部屋に入ると同時に元気な挨拶で割って入ったのは、チームの紅一点、鳳だった。この人は暑さに強そうだなぁ、と思う。とりあえず妖怪とか不気味なもんじゃなくて良かった。


「おーっす」「ちーす」


「コーラ買ってきた。俺の分だけ」


「「「ッおい」」」


 部屋に姿がなかった冷姫は、気が利いた事をしてくれているかな、と期待していたら真逆だった。個人の愉悦しか求めない奴だったか……。俺はあいつを過剰評価してたようだ。


「だってよ、鳳との七味唐辛子ラーメンバトルで金使い果たしたし」


「あー、そんな事もあったな」


「さてはて、今日は時間無いはずだよね」


 榊原は冷姫にそう投げかける。


「あー、そうだなぁ。学生の死闘がこの夏には待っていたな」


 冷姫が遠い目でそう嘆く。


「あれ、そんなのあったっけ」


 だが、俺には全く何の事かもわからない。そんな闘いあったっけ?


「「定期テスト」」


 冷姫と榊原のシンクロボイスに、俺は頭にクレッシェンドマークが浮かんだ。そこまで辛いものでもない気がする。


「それが、なんでまた地獄修練なんだ?」


 鳳が苦笑いをしている。ま、さ、か……。


「こいつに勉強教えてやってくれ。俺達にゃあ、無理だ。手に負えねえ」


「はーーーー!?」





「This is a watermelon.(答え、これはスイカです)

 はい、これ略してみて」


 何だよ、この中学一年生レベルの教科書……くれぐれも高校生だぞ、というツッコミを心の中で入れつつ、鳳にそう問う。


「ん、んん?ウォーターメロン。水のメロンだから……これはメロンジュースです?」


 ……俺はムンクの叫びのような顔になった。目の前で盛大な爆破が起こったような気がするぞ……。

 だが、俺はすぐさまに立ち直った。きっとwatermelonっていう単語を知らなかっただけだ。いける。


「じゃ、じゃあ次に行こう。

 Whose is this?(答え、これは誰のものですか?)」


 なんでこのレベルの勉強なんだよ……。俺は鳳に文字を見せながら言う。


「えーとね!それは大丈夫だよ!食べ物はあれですか!食べ物のフーズってwhoseって綴りだったんだね!」


 発音は大体一緒だけどさぁ。教科書見せてるよね。というか俺は人間と会話しているのだろうか。英語とは、いや人間とは一体……?頭がこんがらがってきた。

 そして、フーズの綴りはfoodsだ……。スーパーでもたまに見かけるぞ、この綴り。

 横では、必死に笑いをこらえる男子二人の姿があった。てめぇら……。


「つ、次行こう。This is mine.(答え、これは私のものです)」


 ていうか、どんな会話してんだよ……。こんな会話普通しねえよ。


「これは、地雷です、かな。め、メロンジュースが地雷?すごいねー」


 確かにそうとも略せないわけじゃないけども……。メロンが地雷なら、まだ少しユーモアがあって面白い教科書なんだろうな、うん。

 しかし横の二人は、一応教える立場にも関わらず、笑いを抑えきれず腹を抱えて大爆笑している。こいつらゼッテー許さねー。

 もうダメだ。俺はもうこの人には英語を教えられない。想像の範疇はんちゅうを超えている。何か良い方法はないか。


「……わかった、鳳さん。この武器の名前は?」


「イーグル301」


 俺はVR戦闘バトルの武器カタログを取り出し、あるページを開く。俺が指差したのは、鳳爽乃自身が使うライフルだ。これくらいは楽勝か。


「えーと……じゃあこれは?」


 ページを変えて、俺が指差したのは、冷姫氷牙が使う武器だ。この武器は、有名なVR戦闘でも有名な人(雨冠が名前に入ってたのは覚えている)が使っていたので、一時期流行した鎌だ。この学園の先輩も使っていたんじゃないかなぁ。正確には思い出せない。


冷酷姫暗殺鎌メドゥーサズサイズじゃない?」


「おぉ、流石、正解。チームメイトなだけあるね」


 俺はその後も様々な武器を指差した。それには、鳳はハズすことはなかった。


「うん、記憶力はいいみたいだ。あとは単語の音だけで覚えるんじゃなく、綴りをちゃんと覚えてみるといいんじゃないかな。フーズとかね」


「ほう、大空、面白いことするな。俺には全く想像も及ばなかったよ」


 冷姫は感心したような顔で俺を見る。


「そりゃあ、俺も助けてもらってるんだ。恩をあだで返すようなことはしないよ。

 俺は努力してできないことは無いと思ってる。いつかは必ずできるはずってね。まあVRは諦めたんだけど」


「まあ、晩成型と早熟型とか色々あるしね。一年から強い人もいるだろうし、だんだん強くなる人もいるだろうし、それぞれだよ」


 榊原の言葉に俺も納得する。俺自身はきっと早熟型ではない。その上、才能もない。なら、仲間の美点をどのように活かすか考えるという戦略的な部分に俺の能力を活かすしか他はないだろう。

 それに、まだ俺はチームの三人のことを詳しく知っていない。まずは三人を詳しく知るところから始めていかなければならないな。そのためにも、この地獄修練で頑張らなければ……。




「鳳さん、ここのTPPって何の略だと思う?」


「んーとね、あっ!!!わかった!!!T《タオ》!パ○!P《パイ》!!!」


 お前のせいで某有名漫画読み返したくなったじゃないか……。欲に負けてはならん……じゃなくて。

 俺の様々な闘いはまだ始まったばかりだった……。そして、冷姫と榊原の腹は無事に死亡した。

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