四 ――そういえば椎名君、普段は眼鏡要らないの?

 主の居ない回転椅子を、椎名は覚醒しきっていない眼で眺めた。寝惚けているからそう見えるのだろうか、と思ったがそうでもないらしい。欠伸を噛み殺して見直してみても、やはり胡蝶の席は空だった。片隅のペン立てから、桜色のボールペンが覗いている。

 どこに行ったのだろう。

 真っ先に思い浮かんだのは常磐の部屋だったが、考えた瞬間打ち消した。胡蝶が処理済みの書類を持っていき、そして新しい案件を受け取って戻ってきたのは、椎名が眠りに落ちるよりも前のことである。他にはどんな可能性があるだろう――よくわからない。なにか用事があって席を立ったのだろうということくらいは見当がついたが、その程度ではなにもわかっていないのと同じことだ。もしかしたら、椎名の寝ている隙にどこか喋りに出かけたのかもしれない。それならそうで放っておけば良いだけの話だったが、なぜか座りが悪いような気持ちになった。班室に人が多いせいだろうか。いつの間に、胡蝶が居なければ落ち着かないようになってしまったのだろう。彼女は彼女で、椎名とその他の同僚たちの間で緩衝材の役割を果たしてくれているのかもしれなかった。椎名にとって。

 考えてみれば、自分のことをなにも知らないのと同様に、胡蝶のこともなにひとつ知らない。

 クッション役は居ないくせに、低い棚を隔てて椎名の正面に座っている中年男も、胡蝶の隣の席の若い男も、珍しく相棒と揃って席についている。タイミングが悪い。若い男とその相棒との会話が妙に耳についた。

「――ぬいぐるみかなんかあったら良いんだけどな」

「ああ、そりゃ確かに便利だ」

「とりあえず子供懐かせるにはな」

「借りるの面倒だが」

「じゃ後にするか。……っつかなんでこんな仕事俺らに回すかね。長閑のどかさんとか紅葉もみじとか、もっと向いてそうなメンツが居るってのに」

「人手不足だろ? 死人は出ても『葬儀屋』はそうそう増えない。――」

 かさかさと乾いた音がする。二人揃って書類をめくっているところをみると、出勤前の作戦会議らしかった。そういえば、先程も胡蝶と二人でそんな会話をしたような気がする。もっとずっと、ぎこちないやりとりではあったけれど。

 あちこちから、同じような声が聞こえてくる。耳を塞いでしまいたい衝動に駆られたが思いとどまった。代わりに、ネクタイに指を掛けて力を込める。今更気道確保もあるまいが、襟元をだらしなく緩めると、息苦しさが少しだけ和らいだ、ような気がした。背凭れに体重を預けると、座面が頼りなげに軋む。

 ――ぬいぐるみ、ね。

 隣席の会話を、ぼんやりと反芻した。ぬいぐるみが必要な仕事とはなんだろう。どうやら相手は子供らしい。誕生日前に死んでぬいぐるみが貰えなかった幼稚園児、かもしれないし、大事なぬいぐるみと離れ離れになって死んだ小学生、かもしれない。もしかしたら、部屋をぬいぐるみだらけにした独り暮らしの女子大生かもしれない。否、それなら子供とは呼べないか。いずれにせよ、確かに男二人で向かうような現場ではあるまい。ぬいぐるみと男の組み合わせが悪いとは言わないが、少なくとも隣席の二人組に限って言えば、ぬいぐるみも子供も似合わない種類の男たちではあると思った。

 そのまましばし、思考が止まる。

 ――平和だ。

 嫌になるくらい、平和だった。班室の喧騒も、デスクに落ちた縞模様の陽射しも。暇に飽かせて隣席のお喋りに耳を澄まし、そこから勝手に考えを広げてしまう。こういう状況を、恐らくは平和と呼ぶのだろう。拍子抜けするような苛立つようなこの感覚は、ただ単に「慣れていない」とだけ形容すれば良いのだろうか。考えるのは煩わしいが、なにかを考えずにはいられない退屈な時間。なにも考えずにいたくても、情報は外側から入ってくる。乾いたスポンジは水を吸わずにいられない。

 ――仕事。

 なにかもっと、なにも考えなくても良いことを。

 考えないために考えなければならないというのは、とても皮肉なのかもしれないけれど。

 ――ヴァイオリンがあったら良いね。

 胡蝶の声が、頭の中で不意に響いた。昼寝前のささやかな「会議」で、胡蝶が書類を片手に口にした言葉。隣の同僚が小道具の話をしていたから思い出したのかもしれない。あの書類の内容は――そうだ、あれも子供だった。書類が語っていたのは、発表会に出られなかった少年の物語。事故でヴァイオリンの弓を失くし、現世でそれを捜しつづけているという少年の解放。それならこちらもヴァイオリンを携えていったほうが良いだろう。だが今この場に、ヴァイオリンがあるはずもない。それは情報局で借りてくる必要がある。――そんな話を、確かしたのだったか。

 横目で隣の回転椅子を見た。胡蝶はまだ、帰ってきていない。このまままた眠ってしまっても良かったが、こうも余計な喧騒が多くては、思考が不本意な方向に延びてしまいかねない。また悪夢を見るのはごめんだった。

 辛うじて蘇った記憶にすがりつくように、決めた。

 ――ヴァイオリン、取りにいこう。

 それから、誰にも邪魔されない場所で一息つこう。今度こそ、なにも考えなくても良いように。情報局が占めるフロアの休憩所は極端に人通りが少ないのだ。情報局員は始終パソコンに齧りついているというから、そのせいなのだろう。小道具の調達ついでに少し休憩所に寄って、しばらくなにも考えずにいたい。ここは――ひどく、疲れる場所だから。

 頭の片側が、じくじくと痛みの前兆を訴えている。嫌な予感を振りきるように、椎名は立ち上がった。


 生死の管理を行う「葬儀屋」には、死者の情報が次々と入ってくる。それを書類に書き起こし、魂を実際に処理させたのち、再度確認を行う――そんな神経質な部署が、情報局だった。常磐を通じて椎名や胡蝶に回されてくる書類も情報局で作成されたものだが、書類がどこで作られようと、椎名のような管理局の下っ端には関係のないことだ。下っ端と情報局との繋がりといえば、精々が仕事の小道具を借りにいく程度のこと。例えば、ぬいぐるみやヴァイオリンというような。そんな雑用はもっぱら胡蝶にやらせていたから、椎名が情報局に足を向けるのは随分と久しぶりのことだった。情報局と同じフロアの休憩所になら、惰眠を貪るべく足を向けることもあったが、最近はそれもご無沙汰している。

 いつもの班室では悪夢しか見られないとき、たまにふらりとこのフロアに来ていた。情報局員は外出が少ないし、管理局員もそこまで頻繁に情報局を訪れるわけではない。ましてや休憩所となれば尚更人は少なくなる。独りになるには格好の場所だった。

 だから、ヴァイオリンを借りた帰りにそこで休もうと、そう思っていた。

 しかし、エレベータを降りた椎名が真っ先に足を向けたのは休憩所のほうだった。――結局、口実は口実でしかなかったのかもしれない。

 休憩所とは名ばかりで、廊下の端の少し広い一角に、簡素なソファがいくつか並べられただけのものである。運の良いことに誰も居なかった。いちばん端のソファに腰を下ろすとようやくほっとして、肩の力が抜ける。そこで初めて、自分が苛立っていたことに気がついた。なにか具体的な言葉に対して苛立っていたような気がするのだが――なんだっただろうか。思い出せない。まだ頭が眠っているのだろうか?

 手持ち無沙汰の指をネクタイに掛けてみたが、これ以上引っ張ると解けてしまいそうなのでやめた。代わりに腕と脚とを組み、縮こまるように俯いて目を閉じる。

 静かだった。

 廊下の向こうの情報局から、キーボードを叩く音が聞こえてきそうなほど。

 どうせならサングラスを掛けてくれば良かったか、とも思う。視界が真っ暗になっているときのほうが落ち着くのは間違いないのだ。自分と他者の間に、明確な壁を作ることができる。サングラスの定位置である上着の胸ポケットに手をやろうとしたとき、意識の底から浮かび上がってくる声を聞いた。

 ――そ……ば。

 ――なくん、……らな……の?

 手を止める。

 ――そういえば。

 駄目だ、考えてはいけない。直感が警告したが、声は明瞭になるばかりだった。

 ――椎名君。

 くう、と、頭の片側が痛んだ。

 ――そういえば椎名君、普段は眼鏡要らないの?

 聞き慣れた胡蝶の声。書類を抱えて戻ってきた彼女が、開口一番椎名に向けた言葉。デスクの上に何気なく放り出していたサングラスに、彼女の丸い眼が向いていた。

 ――眼鏡じゃねえよ。

 鬱陶しそうに答える自分の声までが聞こえる。

 ――でもこの前掛けてたじゃない。

 ――どこで。

 ――情報局の前で。銀縁の眼鏡。

 情報局近くの休憩所ならたまに寝に行くから、椎名がそこに居たとしてもおかしくはない。ただ、眼鏡を掛けていたというのが解せなかった。椎名はサングラスしか持っていない。度は、入っていなかった。

 ――お喋りしてたから声かけ損ねちゃった。

 ほとんど上の空で、デスクの上のサングラスを見やった。急速に広がりつつある頭痛が不快だった。不快なだけで済めば良いのだが、などと、おかしな心配をしている自分に気づく。

 ――別人だろ。

 自分の声は微かに震えていた、気がした。なぜだろう。ただの勘違いごときに。

 それとなく、サングラスを上着のポケットに放りこんだ。

 ――えー、似てたんだけどなあ。勘違い?

 ――知るか。死人のドッペルゲンガーなんて面白くもなんともねえぞ。

 理由のわからない不安を振りきるように、口数を増やす。胡蝶は不満げに口を尖らせていた。この震えは、伝わらずに済んでいるだろうか。そもそも、自分はなぜこんなに狼狽しているのだろう。たかだか、似た顔の「葬儀屋」がうろついていたというだけで。

 ――とりあえず仕事だ。

 胡蝶が持ってきた書類の最初の一枚を、椎名はつまみ上げた。震えが指には至っていないことに、まずは安堵する。そうだ、そのとき摘んだ書類に、ヴァイオリン絡みの子供の情報が載っていた。

 仕事の話をして、それきりドッペルゲンガーのことは忘れてしまった。意識して忘れようとした。だから知らぬ間に、眠ってしまったのだろうか。

 なのに――サングラスのことを考えて思いだしてしまったのだ。

 椎名は小さく、溜息をついた。せっかくの静けさが台無しだ。面倒事はなにより嫌いなくせに、結局は余計なことばかり考えてしまうらしい。考えなければならないようなことなど、なにもなかったはずなのに。

 腕を組んだまま、ジャケット越しの二の腕に爪を立てる。――調子が狂う。

「月影?」

 聞き覚えのない声が、聞き覚えのない名を呼んだ。

 反射的に顔を上げると、見覚えのない顔がこちらを見ている。彫りの深い顔をした、胡蝶よりまだ幼いくらいの少年だった。硬そうな髪がかなり短く刈ってある。

 呆然としている椎名に、彼は呆れたような口調でまくしたてた。

「こんなところでなにしてんだよ。賢木さかきが探してたぜ。進めるよりチェック作業に回れだと。お前がガンガン進めるのは助かるけど、俺らの確認が追っつかないから困るんだ。あいつ、今日中に狭霧に全部渡さないといけないってカリカリしてるし」

「……狭霧?」

 知った名前を呟くと、今度は少年がきょとんとした。

「そうだよ、午後に来るじゃねえか」

 ああ、と、椎名は気のない呟きを漏らした。狭霧も狭霧で、情報局に書類を取りにいったり経過報告をしたりしなければならないのだろう。ご苦労なことだ。

 目の前で、少年がひらひらと左手を振ってみせる。小憎たらしい顔の代わりに、腕時計の革ベルトばかりが眼についた。

「おい、見えてないのか? そういえば眼鏡どーしたんだよ」

 だらしなくソファに座っている椎名を、少年は不審そうな眼で眺めていた。よく見ると相手は小柄だ。座っている椎名と、眼の位置がほとんど変わらない。中学生くらいに、だろうか。つり目がなんとなく癪に障ったが、そんなことで苛立っていては流石に大人げないと自重する。

 ――眼鏡どーしたんだよ。

 その言葉だけを口の中で転がした。恐ろしく不快な味がした。

「おい、月影」

「人違いだ」

「へ?」

 言うと、相手は頓狂な声を上げ、そして次の瞬間いきなり息を呑んだ。

 小さな革靴が、半歩退いたのが見える。表情と感情表現は、年相応に幼いらしい。だが幼いといっても判らない。死んだのは子供のときで子供の姿をしていても、案外椎名よりもキャリアが長いかもしれないのだ。そんなことをどこか遠くで思いながら、やはりサングラスを掛けておけば良かった――と再び後悔した。

 組んだ腕に力をこめる。

「そんな名前は知らない」

「……クイエム」

 椎名の言葉を聞いているのかいないのか、少年は低い声を漏らした。表情が強張っている。こちらを凝視してくる眼が、いつかの胡蝶によく似ていた。

「管理局の零度の鎮魂歌ゼロ・レクイエムって、お前のことか」

「煩いな」

 心底鬱陶しくなって、椎名は乱暴に立ち上がった。募る苛立ちに合わせるように、片頭痛が痛みを増す。少年が一歩退く。彼がこちらを見上げる視線は痛いほどだったが、椎名は眼も合わせずに背中を向けた。そして足早に立ち去る――自分の足音のリズムを聞いて、逃げているようだ、と思った。事実そうなのだろう。

 動いているはずのない心臓が、急速に拍数を上げている。唇を噛む。

 ――どうした。

 なにかに反応したことは事実だった。吐き気がこみ上げてくる。

 ――月影?

 知らない。そんな名は知らない。

 不快感を機械的に打ち消しながら、足早にエレベータホールへと向かう。

 ――あいつは俺とそいつを間違えた。

 見たこともない子供に、別人と間違われる。それはまだ理解できる。椎名が初めてあの少年に出会ったのなら、相手もまた、椎名を初めて見たということになるからだ。椎名の顔を、見慣れてはいない相手。それなら、椎名に似た誰かと勘違いして話しかけてきてもおかしくはない。かなり至近距離で話していたということは無視しても良い要素だろうか。そうだ、ただの人違い。なのになぜこんなに気にしている。

 なぜ? ――解っているくせに。

 ――胡蝶が同じことを言っていた。

 無言の呟きが呪いのように響いた。

 胡蝶とは、一日の大半を共に行動している。例え椎名と似た死者を見かけたとしても、わざわざ椎名本人に言うまでのことはしないだろう。彼女は椎名を見慣れている。同一人物か、似ている別人かの判断ができる程度には。

 その彼女が、判断を誤った。

 胡蝶一人の勘違いではない。あの少年一人の勘違いでもない。

 そして、眼鏡を掛けているという符合。

 同一人物なのだ。

 厭な偶然、ではない。椎名に似た顔をした誰かは、確かに存在しているらしい。月影、と、月光の名を持って。

「月影」

 少年の声が、再度廊下の奥で聞こえた。

 思わず立ち止まり振り返る。しつこい奴だと半ば腹を立てていたが、彼がこちらに背を向けているのに気づいて息を呑んだ。小さな後姿の向こうにもう一つ、長身痩躯の立ち姿。

 ――月影?

 椎名は立ち竦んでいる。

 ――あれが?

 少年が、長身の青年のほうに小走りで向かっていく。その肩越しに、青年と、ほんの一瞬眼が合った。

 切れ長の紅い眼。尖った顎。表情の読み取りにくい、しかし見飽きるほど見慣れた顔。ただ銀縁の眼鏡にだけ、覚えがない。スーツもそうだ。椎名はあんなにきちんとネクタイを締めない。そんな、常磐のような隙のない着こなしはしない。否。否。差異が――その程度にしか見つからない。

 ――月影。

 椎名と同じ顔がこちらを見ている。見慣れた鏡像。微かな違和感。

 誰だ。

 あんたは何者だ。

 問いかけるより早く、月影は眼を逸らした。それから少年に軽く右手を挙げてみせる。椎名が浮かべたことのないような、愛想の良い微笑を浮かべて。口を開いたような気がしたが、椎名はそれを聞かずに踵を返した。エレベータホールに辿りついてようやく、あの青年の声を聞くのを恐れたのだと気がついた。

 逃げるようにエレベータに乗りこみ、ボタンを押す。呼吸が乱れている。おかしなものだ。壁に背中を押しつけ、椎名は無意味に深呼吸を繰り返した。苦しい。

 ――なにを気にしている。

 所詮は他人の空似だ。似た顔の人間が、職場の中に一人や二人居ても問題はないはず。そもそも、椎名の持つ「顔」自体、本当に椎名だけのものなのかどうかも判らない。死んで「葬儀屋」になったとき、なにかの手違いで同じ顔が二度使われたというだけなのかもしれない。

 ――違う。

 似ているのではない。同じ顔だった。

 そしてそれを病的に恐れている自分自身が恐ろしかった。

 厭な予感がする。

 この頭痛も悪寒も。

 ――同じ顔がこちらを見ていた。

 どこかで見たことのある顔だ。鏡の向こうにではなく、もっと現実的に。もっと眼の前で。もっと日常的に。ずっと昔に笑いあったことのある顔――。

「椎名君」

 気がつくと、目の前に胡蝶が立っていた。驚いた顔をしてこちらを見ている。いつの間にか、班室が並ぶ廊下を歩いていたようだった。第一班室、第二班室と並んだ先の第三班室から、胡蝶は出てきたばかりらしい。

「なんだ、居たんだ」

「あんた、どこ行ってたんだ」

 反射的に問いかける。責めるような口調になっていることに気づいて、思わず眼を逸らした。苛立ちのせいであることは明白だった。どうも落ち着かなくていけない。胡蝶に八つ当たりしても意味はないというのに。

 案の定、胡蝶はむっとして唇を尖らせた。

「椎名君が寝てる間に紅茶飲みたいと思ったんだけど、ティーバッグ切らしてたから隣まで貰いにいってたの。でも帰ってみたら椎名君が居なくなってるでしょ。しばらく待っても帰ってこないから、ヴァイオリン借りにいこうかなって思って今出てきたところ。知らない間に寝て知らない間に出かけるなんてひどいよ」

 彼女には珍しい饒舌。やはり怒っているらしい。当然だ。だが、弁明する気力もやりこめる余裕も残っていなかった。残っているのは頭痛ばかり。そして、あの不吉な名前。

「……悪い」

「椎名君こそどこ行ってたの」

「なんでも……ない」

 口を尖らせたままの胡蝶に、椎名はゆるりと首を振るだけで答えた。意識が半分朦朧としている。胡蝶の表情に不安げな影がよぎったが、すぐ元通りの不満顔に戻る。

「変なの」

 それだけ言うと、彼女はつんと顔を逸らし、パンプスを鳴らして行ってしまった。

 小柄な後姿を黙って見つめ、椎名は重い脚を引きずって班室へ向かった。不吉な予感がおりのように溜まっていくのを感じていた。

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