第4回 球音を求めて

 これを書いている時はまさに引っ越しの最中で、あらゆるものを段ボールに詰めて、もういいじゃないか、億劫な作業だ、などと思いながらやっているわけで、そろそろ日米野球選手権の記憶も薄れてきていたりするのだが、その余韻が残っている内にこの話を書き綴っておこうかと思う。

 前回では草薙球場の話をしたのだが、実際試合はどうだったのだろうか、という話にそろそろ移行せねばならない。とは言っても試合結果がどうだとか、誰のプレーが、とかそういうものを観に行ったわけでもないので、その雰囲気をつらつらと書いていこう。

 実は日米野球に来るさい、一つの懸念材料があった。応援である。

 大学野球の応援は日本の応援のルーツの一つでもあるように、それこそ学生生活の華と言わんばかりに吹奏楽が、チアリーディングが、応援団がこぞって日々鍛えたものをぶつけあう場でもある。勿論この風習にケチをつけるわけでなく、そこも含めて大学野球の色であると思うので、むしろ歓迎しかしない。

 しかし、今回は純粋に野球が、いや、野球とベースボールの直接対決が見たいわけである。正直欲しいのは球音だけで、それ以上は邪推である。その日はプロ野球でオールスターもやっているのだから、テレビの前に座って中継でも見ながらすればいいのである。どうも応援漬でやってきた日本の野球はその邪推さがわかりにくいようである。誰だってビールを飲むときはつまみだけでいいように、トンカツとカレーなんか求めるのは一部だけなのである。

 そういう懸念を持ちながら球場に入ってみたが、これが驚くくらいまばらなもので、ほっと胸をなでおろすことになる。これで応援の練習なんか始められたらたまったものじゃない。手に持ってたコーラのペットボトルを投げつけてうるせー、と言って帰る衝動に駆られるところであった。衝動に駆られるだけでやらないけれども。

 茜色に染まった草薙球場ではハーフパンツを穿いたアメリカの大学生がノックを受けている。ラフなもので、そこから日本とアメリカの光景の差を見せつけられる。やたら大声を出すわけでもなく、ノックバットから音が出たら誰かが動く。のびのびとした田舎らしい光景が広がる。これがまたコーラに合う。ビールを飲めない程の下戸であることに若干の悔しさを覚えながらコーラを傾ける。アメリカの練習光景は、なんとものどかなのか。それだけでも味わいのあるものであった。

 それが終わると今度は日本の大学生がノックを始めるのだが、もうアメリカとは全く違う。きびきびと動き、前向きにがむしゃらにボールに食らいついていく姿はもう先ほどののどかな田舎の光景はどこかへ消えている。土と泥の似合う日本野球が始まったのだ。今度はコーラなんか飲む暇がない。食いついて挙動一つ一つを見ていく。ガツガツと前に出ていく光景は、先ほどのものと違い、また日本酒のようなピリッとした味わいだったのだ。

 しかし日本の練習というのは金がとれるほど美しい。それが練習であり、練習でしかない、というところを踏まえれば、だが。

 しかし練習ですらこうも違いが出てくるのが日米野球の面白さでもある。それだけでも面白い。これが両軍入り混じって試合をするというのだから期待も高まる者であろう。

 周りを見てみると続々と人が入ってきており、今か今かと試合を待ちわびている。やはりというか、日本代表の方である一塁側に人が集まっているが、楽器の音は一つも聞こえてこない。ああ、よかった。今草薙球場に必要なのはキーボードくらいのもので、球場を圧倒する音は必要ない。クオリティの高いプレーから出されるボールから奏でられる球音を楽しめればいいのだ。

 この時点で私は大分満足しながら椅子に腰かけた。もう太陽も顔を隠しており、今か今かと試合を待ちわびる空気が包んでいる。練習も終わり、誰もいなくなったグラウンドが、それを待っているのだ。

 さあ、試合が始まる。観客席の騒めきが球音を求めていた。

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