第2回 野球を観に行く

 草薙球場で日米大学野球選手権があるというので行くことを決めた。丁度時期的にはプロ野球がオールスターだったものの、あの草薙球場で日米野球がある、と聞いて黙っていられない。早速手配してチケットを手にしたのだ。実際試合を観に行くと思うと心が軽やかになるもので、その日が来るのが待ち遠しくて仕方なかった。もういくつ寝るとお正月、ではないが、日々朝を迎えるのが待ち遠しくてならない。遠足を心待ちにする小学生のようである。

 草薙球場と日米野球、と言ってピンとくる方は少しだけ野球を齧った事がある方だろう。草薙球場ではかのベーブ・ルース、ルー・ゲーリックらが参加した1934年の日米野球でスクール・ボーイ、沢村栄治が8回9奪三振した球場だ。ルー・ゲーリックのホームランが無ければあわやがありえた、あのみっそくそのぼろくそにされたアメリカに一矢報いた試合が行われた場所でもある。そこで日米野球をやるというのだから、それはもう心を大人にして待てという方が無理なのだ。

 それは普段気にも留めなかった服装なんかも気にし始めていたりする。夏の草薙球場で野球を観るのなら、ベースボールキャップよりもカンカン帽子の方がいいかな、いや、別段気構えずふらふらと立ち寄ったかのような私服の方がベースボールを観に来たようでいいだろうか。それとも日本代表ユニフォームを着ていっそ応援してやろうか。そこからが楽しい。少しだけコスプレする人々の気持ちがわかったような気さえする。楽しむべき場所に足を運ぶときは服装さえ気にかかってしまうのだ。

 結局迷った挙句ポロシャツに綿パンという面白くもない服装でいく事になるのだが、それでもいいやと思ってしまう程、球場に行くことが楽しい。試合まで遠いのに、私の試合準備は始まっていたのだ。

 そして当日にもなると。一時間一時間が待ち遠しい。携帯電話の充電はばっちりか。チケットは忘れてないか。ウォークマンの中には野球場へ連れて行っては入っているか……。そんなくだらない事まで考えたりする。

 この際、グローブを持っていく事を検討したのだが、それなりに試合を見ていると、自分の元に、しかも今回は内野席に座るからファウルボールがわざわざ私に待ってましたと言わんばかりにめがけて飛んでくる、という事は考えられなかったため、持たない事にした。ボールパークに行く時は出来るだけ身軽にしたいものである。本音を言えば財布と家の鍵だけで行きたい。しかしこのご時世携帯電話を持たずに外を出る事は社会人としての死と言っても過言ではなかったりする。いつでも仕事場や個人の連絡に出るのが社会人の鉄則である以上、持って行かねばならない。それでなくったって、カメラを持たない私にはカメラの代わりになってくれるし、ツイッターで風景を伝えるアウトプットツールにもなる。やはり置いてはいけない。置いていきたいけど、置いていけないし、置いていきたくないのだ。

 それがまとまったら、ふらふらと散歩に行くように球場に向かう。静岡鉄道に乗れば十五分とかからないから、そこを目指してゆらゆらと歩く。耳からはSister Wynona Carrの歌うthe ball gameが流れている。野球は人生のようだ。その言葉に今から起こり得る様々な奇跡を見るために改札を通り、電車に揺られる。駅に止まる度に駅名を見る。近付いていく事に興奮を覚えてることに気付く。

 そうして電車を降り、改札口を横切った時には、草薙球場は近い。そのまま、ふらふらと私は球場を目指していった。

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