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 「人間にはできることと出来ないことがある」というのは昔の言葉だ。

 遠隔分子移動の技術が発展した今、人類にはやってのけないことがらは存在しなくなった。

 例えば、古典の授業で習った漫画に出てくる「どこでもドア」という道具は、この技術開発に於ける黎明期に既に実現していて、現在ではそんなデカブツを用いる人はいない所謂オールドデバイスとなった。

 いまは自分が行きたい場所に、行きたい時に、"そう思うだけで"移動できるデバイスが一般的には用いられている。

 大昔は、人がせっせと歩いたり、すごく長い大型の輸送機に人々を荷物のように詰め込んで走っていた時代があるらしいけど、そんなことは今では想像もつかない。


 この大規模な分子移動は世界中に配備された情報統括機によってもたらされている。

 情報統括機は、この世界に存在する全ての分子の場所を把握し、超重力によって移動する術を持っていた。

 世界経済はこの装置のお陰で急成長を見せ、世界はこれ以上無くせっかちになっていった。


 そんなときのことだ。


 世界から、人が一人、消えた。


 それ自体は何ら珍しいことじゃない。その人が望めば地球上どんな所まで移動できるこの世の中だ。

 その人が望んだ場所が、人目の付かない所だった。という話なら、どんなに良かっただろうか。


 情報統括機には分子移動のログが残っている。

 そのログによれば、その人物を構成していた分子は南は南極から北は北極まで、世界中に分散していた。


 霧散していたのだ。


 すぐさま情報統括機の緊急メンテナンスが計画され、分子移動デバイスはその全てが動作を停止した。

 そのはずだったのだが。


 世界では一人、また一人と人々が連鎖的に消えていく。

 情報統括機は狂ったかのように人々を、物々を分子の霧へと変化させていく。

 その勢いは留まることを知らず、積もり積もった分子の霧は雨となって地上に降り注ぎ、世界は真っ白に覆われた。


 事態が沈静化したのは、それから7日後のことだった。

 情報統括機が自身を分子移動させたのをきっかけに、世界を襲った災害的分子移動は終焉を見せた。

 地球に存在した重力は全ての分子を自らの中心方向へと引き寄せ、所々で分子同士の衝突による雷が発生した。

 一酸化炭素は二酸化炭素になり、水素と酸素は激しく混合し水となった。


 そこで新たな生命が誕生することになるのだが、それはまた別のお話。

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