コーヒーは語る。

 さわさわと、とうとうと、ぽたぽたと。芳しい香りを漂わせながら語る。

 僕はそれに耳を傾けながら、透き通る褐色の液体をつくりあげる。


 一応プロとして、それなりに長い間やってきてるけど、豆の選び方から焙煎の仕方、ちょっとした淹れ方で味が変わってしまったりもする繊細な作業。

 お客さんもある意味プロだから、すぐにそういうことを見抜いて、直接味が落ちたねと言ってくれるのは良いほうで、何も言わずに去ってしまう場合もある。

 それも一期一会、だけどね。


 飽きっぽいと言われて育ち、実際色んな職を転々とした僕が、唯一飽きずに続けられたのがこの店だった。先のことなんてわからないけど、コーヒーを淹れていない自分の姿というのが、あまりイメージできない。

 好きな仕事ではあるものの、天職だと胸を張れるというものでもないし、嫌な時もへこむ時もうんざりする時もある。それでも結局この場所に戻ってくるというのは、やっぱり自分に合っているからなんだとは思う。


 ぶらりと立ち寄る一見さんもいれば、毎日来てくれる常連さんもいる。その人が次また来てくれるとは限らない。でもうちのコーヒーを飲んで少しでもほっとしたり、お喋りが進んだり、あそこのコーヒー美味かったなぁとか、いやいや不味かったよとか、近くの桜並木が綺麗だったとか、デートで緊張したとか、人生の中に、何かが少しでも残ったとしたら、それはとても嬉しいことだ。


 そういえば、やたらと紅茶を頼んでくるおばあさんもいたな。

 うちの店の弱点を突かれたみたいで悔しくて、紅茶に関しても自分なりに研究を重ねたおかげで、その後、注文するお客さんも増えた。紅茶の声を聞けるくらいまでになるには、まだまだ長い時間がかかりそうではあるけど。

 コーヒーが苦手だったという彼女は、一度コーヒーを頼んで以来、ここへは来ていない。バイトのサキちゃんには弔いだと話していたそうだから、誰かとの思い出に踏ん切りがついたのかもしれない。


 僕は、今日もコーヒーの声を聞く。

 コーヒーは、お客さんの前では語らない。ただじっと、彼らの話を聞く。

 それが僕の仕事であり、日常であり、祈りでもあった。

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