クローゼットの中は
異世界へとつながっている。
そんな話と出会えば、確認したくなるのが子供というものだと思う。僕も早速、家の中を探し回ってみたのだが、当然そんな入り口など見つかるはずもない。
そこで諦めてしまうのが普通なのかもしれない。しかし僕は諦めなかった。そもそも僕の家は大きなお屋敷でもなかったし、異世界に繋がっていそうな立派なクローゼットもない。だからイメージに合うものと出会えるまで、親戚や友人宅、商店……思いつく限りの場所を探求し続けた。
そうして夢をこじらせ続けた結果、家具屋に就職した。
流石に未だに異世界に行けると信じているわけではないが、もしかしたらそういうこともあるかもしれない、ほら、世の中には信じられないような出来事が沢山あるわけだし、と思うくらいには抜け出せてはいない。
ただ、子供の頃からひたすらクローゼットやらタンスやら、自棄になって収納と呼ばれるものは何でもチェックし続けたおかげで、自然と家具が好きになり、詳しくなったというのは、これはもう才能だと自負している。
仕事が終わっても他店に足を運び、ひたすら収納用品を見て回る。同僚には才能というより病気だろ、と言われるが否定は出来ない。今日は休みだったのであまり来たことがないエリアまで足を伸ばし、偶然見つけたリサイクルショップへと来ていた。
こういうところには、意外と掘り出し物があるのだ。買うわけじゃないが。それでなくても部屋は収納だらけなんだから。
薄暗く、少し埃っぽい店内を見て回る。
――やっぱり。
僕は己のレーダーの正確さに内心で拍手を送る。店の奥の隅っこに、古い和ダンスがひっそりと置いてあった。味わい深さはあるものの、あまり綺麗な状態ではないし、こんな扱いなんだろう。
少しだけ残る滑らかな手触りを楽しみながら、扉を開けてみる。そこには異世界への入り口はもちろんなかったが、面白いものがあった。僕はパズルを楽しむように指を動かしながら、目的のものを引っ張り出す。
隠し箱だ。
「……あ」
思わず軽く声が出る。中に小さなぬいぐるみが入っていたからだ。店員を呼び、事情を説明すると、彼は頭をかいた。
「すいません、そんな仕掛けがあるって気づかなくて」
アマチュアだな、とか思いつつ、手の中のぬいぐるみを眺める。ちょっと不恰好だが愛嬌のあるライオンのキャラで、首にはピンクのリボンが巻かれていた。
「あの、それ処分しておきますんで」
「これ、もらえますか?」
同時に出た言葉がぶつかり合い、顔を見合わせる。
「姪っ子にあげたくて。こういうの好きなんで」
咄嗟に出た嘘にも、店員は不審げな表情を崩さない。
「つ、作るのがね。自分で作る時の参考になるらしいんですよ。500円くらいでどうですか?」
「ああ、なるほど。……わかりました。いいですよ」
ダメ押しで何とか納得してくれたらしく、僕はほっと息をついた。
◇
最寄の駅から電車に乗って三駅。その後はスマホの地図に従って歩く。
我ながら謎の行動力だが、もう来てしまったものはしょうがない。そこはごく普通の家だった。
ライオンの首に巻かれたリボン。裏に何かが書かれていたのに気づき、つい好奇心で買い取ってしまった。拙い字で書かれていたのはここの住所。不審者待ったなし。
でも、そこに込められた、いうなれば、大切にしているペットの首輪に住所を書くような想いを感じて、そのままにしておくのは忍びなかったのだ。本当に。
しかし、何と言って訪ねればいいのか……そう思ってバッグの中から取り出したライオンを眺めていると、背後から唐突に奇声が聞こえ、僕は慌てて振り返った。
――必死の形相で、女の人がこちらに向かって走ってきている。
「ちょっと!」
「うわぁぁ、すみません! 怪しい者じゃないんです!」
さりげなくその場を去ろうとしたものの、大声で呼び止められ、僕は情けない声で明らかに怪しいことを口走る。
これはやばいんじゃないだろうか。事案というヤツじゃないだろうか。でもそうだったら逃げると余計にやばいかも――。
そんなことがぐるぐると脳内を巡るうちに、女の人はもう目前に迫っていた。
「それ! それ! あたしの!」
「こ、これ?」
「そう、それ!」
僕がぬいぐるみを指差すと、彼女はぜいぜいと息を切らしながら、何度も頷く。差し出した手からぬいぐるみを奪い取るようにし、相好を崩した。
「よかった……探してたんです。これ、どこに?」
「あ、えーと、リサイクルショップで……」
まだドキドキする気持ちを押さえ込み、出来るだけ冷静に経緯を話すと、彼女は何度も頷き、大げさに溜め息をつく。
「ずっと忘れてた私も悪いんですけど、お母さんに聞いたら、タンス捨てちゃったっていうから……お祖母ちゃんに昔作ってもらったぬいぐるみで、ぜひマスコットキャラにしたくて」
「マスコット?」
「はい。……申し遅れました。私この度、ファッションブランドを立ち上げまして」
突然かしこまり、名刺を渡される。そのブランド名を見て僕は目を丸くした。
「これって?」
「知ってます? クローゼットの中が異世界につながってるっていう映画にもなったお話があるんですけど、その名前を入れ替えてブランド名にしたんです。流石にそのままじゃあれだし」
唖然とする僕の前で、彼女は目を輝かせながら語り続ける。
「それでね、その話の中にライオンが出てくるんですよ。だからお祖母ちゃんにねだって、このぬいぐるみ作ってもらったんです。タンスの中に隠して、もし異世界に行っちゃって帰ってこれなくなったら困るから、住所も書いて。その後も色んな家のクローゼットの中覗きまくってたら、段々服のディティールとかに興味が出てきて今の道に――」
聞いてるうち我慢出来なくなって噴き出した僕を、彼女はぽかんと見てから照れくさそうに笑う。
でも噴き出した本当の理由なんか、想像してもいないだろう。
――何がどこに繋がってるのかなんて、本当にわからないもんだな。
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