第14話 『呪い箱』
13? 14?
どのくらいお話ししたのでしょう。
ちょっと不思議なエピソード。
実は、重たくて心に落ちているものは避けて来たのですが……暑い日も続きますし、先日友人に会って話しながら記憶を掘り起こしたので。
霊感の有無を判定する方法ってのが、巷にはアレコレと落ちているじゃないですか。
指で輪を作ったり、頭の中で家の中の戸だか窓だかを開けていったり、水に念を送ってみたり……って、最後のは違うか。
一方で、リラックスや瞑想の為に、水に浮かぶってのが有るのをご存知でしょうか。
正確というか、呼称はアイソレーションタンクとか、フローティングタンクとか言うもので、深い集中ができるとか、リラクゼーション効果があるとかで、以前流行した、濃い塩水に浮かび、音と光を遮断するというものです。
心理だかなんだかの実験につきあって、大学も終わろうとしている頃、私はこのタンクに入りました。
院生だった友人たっての願いでした。
基本的に着衣はせず、まあ抵抗がある方は水着や下着をつける事もあるようですが、私は同性の集まりという事もあって、ぽーんと全てを脱ぎ捨てて簡易プールと山用テントで作られたこのドームに入ったのです。
ドーム内は快適な温度で、全裸でぷかりと浮いている事以外はとても快適。
いつの間にかうつらうつらしているのですが、寝てしまってその間にころんとうつぶせになっても行けませんので、何かしようと思っていました。
ふと思いついたのは、家を廻るアレです。
催眠術にも使われるとか言うリラックス空間ですから、ここでならば私にも何か感じられるのでは……と、下心丸出しで目をつぶり、家を想像してみました。
玄関から入り、丁寧に細部を思い出しながら心の目で部屋を見回します。
関にはビニール傘、廊下があって、その先には部屋があって、私は思い描いた自分の家を廻りながら部屋の奥のカーテンを開け、ドアを開けました。そして又閉じて戻る。
結論から言えば、何事もなかったのですが。
がっかりしながらも、素敵な浮遊感を味わえた事に嬉しくなりながら、私はテントを出ました。
次は友人の番です。
私は入れ替わるようにテントに入っていく友人と、念のためという事で見張るスタッフと少しばかり話をしました。
このとき、「何をしていたか」という質問に、前述の様子を応えたのです。
友人も興味をもったようで、自分もやってみようかな、なんて言いながらテントへ消えてゆきました。
アンケートに記入を済ませ、私たちの「協力」は終了です。
この日は大学に行く用事があったので(タンク実験というか……は、某スポーツクラブの部屋を借りて行われておりました)友人と二人、電車に乗りました。
そこでの会話はもちろんこれです
「なんか、いた?」
友人の問いへの応えは、残念ながら否。
友人も「誰か」をみたりはしなかったそうです。
でも
「でも、テーブルの上にマカロン置いてあった」
「マカロン?」
「うん、カラフルなマカロンの箱」
そんな素敵な部屋だったでしょうか。いいえ、この友人汚部屋の住人として名高く、とてもじゃありませんがマカロン様がいられるようなスペースがテーブルの上にある訳がありません。
思わず笑ってしまって
「んじゃ、帰りにマカロン買ってあげようか?」
なんて言いながら、論文も提出し終えてのんびりムードの研究室へとやってきました。
そこでタイトルです。
「ああ、夏目君、良いところに!」
ナイスミドルなおひげの教授は、そう言って私をみるなり大股で近寄ってきました。
「君に頼みがあるんだ」
残念ながら、私はあまり優秀な学生ではなく、論文のお手伝いも、不在時のアレコレのとりまとめも難あり状態です。
そんな私が何を頼まれるのでしょう。
は、はあ」
「ああ、もちろん君でも良いのだけど、多分夏目君が適任だと思うんだよね」
隣にいた友人にもそう言って、教授は私に一つの紙袋を差し出しました。
今でも覚えています。某コーヒーチェンの紙袋。人魚っぽいアレです。
「これを、一週間ほど預かっていてほしい」
教授はそう言って私の手に、無理矢理紙袋を押し付けました。
「普段は家にあるんだけど、ちょっとこれから海外出張で」
それほど重たくはありません。むしろ軽い。
「何が入っているんですか」
私はそう言って袋を持ち上げ、顔の高さで軽く振る動作をしてみました。
教授は困ったように笑いはしたものの、この動作を咎めません。
壊れ物ではないようです。
「ええと……対したものではないんだけどね。
お土産買ってくるからさ、頼むよ。タンスの上にでもポンとさ」
「……そんな扱いで良いんですか?」
「うん。中身はみないでね」
そう言われると気になる。教授には奥様と娘さんがいらっしゃいます。その家においておけないものって。
そんな私の下世話な視線を感じたのでしょう、教授は隣の友人にも
「君はどうだ」
そんな感じで問いかけます。
ともあれ、私たちはそのス○バの紙袋を預かりました。
正しくは、友人の手に紙袋は握られておりました。
「お土産はチョコレートで良いですよ。高級なやつ! ブランデーとか入ってるやつ!」
そんな声に見送られ、教授は出張へ。
ルールは簡単です。
①中身をみない
②教授が帰ってくるまでとりあえず誰かの家に置いておく
③できれば落下させない
できればというのは、教授が壊れても文句は言わないと言ったからですが。
そんなこんなで、私たちは紙袋を手に入れたわけです。
この日は友人が持ち帰る事になり、帰宅前に学食に寄ると言った友人とともに、私も学食へ行きました。
そこには見知った顔が数個。
私たちは事の次第を伝えた後、問題の紙袋をこれだと示してみせたのです。
もちろん、話題は中身に。
「袋の隙間からなら」
「みても戻しておけば」
「多分人には見せられない変態なアレだ」
ああだこうだと言いながら、私たちは申し訳程度にテープで止めてある袋を上から覗きます。
預かるはずの友人は、多分家でこっそりみてやろうという腹づもりなのでしょう、カレーのかかっているうどんを食べておりました。
が。
「あれ? なんか思ってたのと違う」
「ああ、これはさ、愛人からもらったんじゃね」
「中身は違うものなんじゃね」
そんな声が聞こえてきます。
私も、頭を押しのけて袋を覗きました。
「……マカロンじゃん」
そう、袋の中には某有名メーカーのマカロンの箱が入っていたのです。
マカロンバカ高いっていうイメージしかなかったので、突然の登場に夏目の口はじゅるりでございます。
ですが、つい最近、マカロンの話をしなかったか、と友人をみました
案の定、ぴたりとハシを止めた友人がいます。
「マカロンの箱、どんなんだった?」
私はそっと聞きました。
「虹色のマカロンが正面から印刷されていて、地は黒で、金色の文字が書いてある」
そう、その箱はまさにそんな箱です。
周りではてなを浮かべている他の友人たち。
私はテントの事、その間にした事、教授からの依頼の全てを話してみました。
結果。
「これはお前の家に行く運命って事だな」
ってので、友人宅へ預けられる事が可決されたのです。
満場一致ではありません。話の途中から件の友人はかなりビビっておりました。
教授から渡された謎の箱、夢というか想像でみたままの箱。
そして私たちは、普段、曰く付きのアレコレをいじり倒しているのですから。
学校であれば、出先であれば、強気にも出れるでしょう。
でも、こと自宅となれば話は違います。
「夏目! 泊まりに来て!」
「嫌だ!」
私は即答しました。
だって、汚部屋なんですもん。宿敵、絶対いますもん。
「夏目!」
「嫌だったら、嫌だ! 絶対無理」
断固拒否。
「じゃあ、変わりに預かってよ」
そう言った友人に他の連中がブーイング。
そう、何かが起きそうな気配を感じ、皆が目を輝かせていたのです。
「……それは……皆が許さなさそう」
泣きそうな顔の友人に、流石に憐れみを感じました。
そのうちに誰かが
「じゃあさ、皆で一日ずつ回すってのはどう? 5人いるから」
そう言って細い指がいちにさんしと動き、私のところで「ご、ろく」と当然のように二連泊の予定を入れてきます。まあ、そうくると思ってた。
ビビる友人を四泊目にいれたローテンションが組まれ、その日は言い出しっぺの女子が持って帰った気がします。
最初の3泊は平穏無事に済んだようです。
皆、マカロンの箱は開けてない。
これ、オチとしては開ける事を望まれているんだろうなと思いながら、肩を落として紙袋を持ち帰る友人を見送った四日目。
夜中に電話がかかってきました。
「寝られない。気になって寝られない」
他の友人もそんな事を言っていましたので、私は軽くなだめておりました。
「どこにおいてるの? テーブルの上?」
「怖いから玄関においてある。玄関のスニーカーはいってた箱の上」
私の脳裏には、玄関に積まれたスニーカーの箱が浮かびます。
アレの上にちょんとおいてあるんだろうなぁ。
「まあ、寝て起きたら朝だからさ」
「寝られないんだって」
そんな叫びを聞かされても、私は眠い。
適当にいなしているうちに、私は寝てしまったのだと思います。
ふと手に衝撃を感じて目を覚ますと携帯電話が震えています。
時刻は4時。そろそろ朝と言って良いでしょう。
相手はもちろん、あの友人です。
「……どうした?」
こんな時間にかけてくるのですから、何かあったのでしょう。
「……夢を、みた」
押し殺した声は、まるで誰かを憚っているようで、早朝という以上に、ヒソヒソとした声が不気味です。
「夢で……あの箱がテーブルにおいてあって。夢だから良いかなって、そんな気になって、つい」
「……うん」
「つい、開けてみた」
「箱、を?」
沈黙の先で友人が頷いた気がしました。
「長い紐と、なんかちょっと固くて茶色い欠片が入っていて、でも、よく見たら紐が毛羽立ってるっていうか、その」
「髪、みたいで」
「目が覚めたら、もちろんテーブルに袋はないけど、玄関の方からなんか、嫌な匂いがして」
お前の家の匂いじゃないのかと、喉元まで出掛かったのですが、流石に空気を読みまして。黙って先を促しました。
「誰か、いる気がする」
「玄関の所に、いる気がする」
声は震えています。
あいにく、私は実家から通っておりまして、そいつの家に行くには1時間以上必要です。他の連中に迎えにいってもらおうかと思ったのですが、こいつが私に電話をかけたというのは、多分私に来いと言っているのでしょう。
仕方なく、私は用意をして家を出ました。
久々の早朝の空気に、気分はむしろ爽快。電車も空いていてスッキリです。
そんなさわやかな朝から1時間ちょっと、私は問題の家の前に来ておりました。
「ついたよー開けてよー」
玄関前でそう電話をかけたのですが
「む、無理……玄関に行けない」
じゃあ、どうしろっちゅうんだ。空き巣スキルはないし、ここは4階。ベランダまで上るのは骨ですし、いろいろとアウトな気がします。
「目をつぶって鍵開けてよ。どうにもならんでしょ」
「む、無理だよ」
そもそも、汚部屋住人なのに鍵はきっちりかけるヤツなのです。ペットボトルの山を築いても、泥棒は拒否です。まあ、良い事なんですけど。
私はその事を知っていたので、ドアに触るまでもなくそんな会話をしていました。
でも、埒が明かない。
少々いらだって「開けろコラー」と言いながら、借金取りの物まねでもしようかと把手に手を伸ばしたのです。
言い忘れた気もしますが、時期は卒論提出後だったので12月。チラチラと雪もちらつく頃でした。
把手をつかみ、おもむろに下に押してみると
「あれ」
物まねをするまでもなく把手は下がり、ドア独特の音をたてて手前に動きました。
手袋越しにつかんだつるりとした把手は、誰の侵入も阻んでいないのです。
なんだか化かされた気分で、私は部屋に入りました。
相変わらず汚い。
若干臭い。
玄関は外気が入ってくるからでしょうか、外と同じように寒く、そんな理由もあって靴を脱ぐのをためらった記憶があります。
置いてあった紙袋をつかみ、部屋に入ります。
「え? え?」
驚く友人に紙袋を差し出しました。
「鍵、開いてた。閉め忘れ?」
友人は暫く考えていましたが、「そうかもしれない」と呟いて大きくため息をつきました。
その様子があまりにも憔悴していたので、文句を言う気も起きず、今日の所は休むように言って、私は紙袋をそのまま預かる事にしたのです。
その日の夜でした。
同じように紙袋を預かった一人が電話をかけて来たのです、その内容は件の友人が震えながら自宅に来たというものでした。
風呂上がりだったのか、髪を濡らしたまま、徒歩30分はある家に真冬の夜中に向かったというのです。
流石に心配になります。
「「玄関に何かいる」っていって、さっき家に来たと思ったらひっくり返った。
熱もあるみたいだけど……こっちは風邪かな」
他の友人たちにも連絡したようですが、あの紙袋に異変があったというのは聞かないとの事。
私は昨日の事を話しました。
「とりあえず、今日は家に泊めるけどさ……どうするよ」
確かに、こんな事になるのは想定外。
いつだって傍観者の位置から眺めるのが良いのですから。
「……どうするって……どうしようもないよ。帰って来たら教授に聞くくらいしか」
「そうだよね……」
先の見えない話し合いはすぐに行き詰まります。
もう、I先輩もいないのです。
電話を切って、私は持って帰って来た紙袋ととりあえず相対しました。
流石に禍々しい気がしなくもない。
「夢で開けたら、ああなったんだよね」
そう、夢で開けてすらああなったんです。
だったら。
階下にいる恐がりの母には申し訳ありませんが、私は紙袋のテープを外し箱を取り出しました。
オサレなマカロンの箱。
封がされているわけでもなく、どうやらスライド式に横に開くようです。
開けて、みました。
はたして、中には不思議なボサッとした輪っかと、古いビーズのような固まりが数個、小さな紙を折り畳んだものが入っていました。
輪っかは指先で押すと僅かに弾力があり、細い縄のようです。髪と言われたらそんな風にも見えなくはないですが、古いミサンガのような。ビーズの様なものは摘んで光にかざしてみても、なんだか良くわかりません。
肌色に近い白というか黄色というか。でもアレコレみていると、ふと見知った模様が見えてきました。
波、もしくは年輪。均等であって均等でない細い筋。
ぱっとそれを箱に戻しました。
「これ、皮膚、か」
だとしたら、ミサンガが人毛でない理由もない。
「不気味というより、汚い……」
そこをぐっと堪えて、私は紙を手に取りました。
手のひらに載せて開き、思わず「ああ」と声が出た気がします。
まじない、なのでしょう。
そこには♡を鉛筆で塗りつぶしたものが描かれ、その中には消しゴムのかすとしか思えないものが入っています。
ミサンガに皮膚にこの紙。
これはきっとまじない。誰かの思いが形になったもの。
私はそっとすべてをもとの場所にもどし箱を閉めました。
秘密を覗いてしまった気がしたからです。
何かの死骸が入っているよりも、ずっと後味が悪い。
そのまま袋に戻し、手を洗ってから電話をかけました。
熱を出した友人に代わってもらい
「あの箱、開けたから。来るとしたら私の所だから、だから」
「まあ、安心しなさいな」
当てられたのだと思います。不思議な予知夢めいたものをみて、てっきりいろいろな事を考えてしまったのだと思います。
だからこそ、そう言いました。
何かあってもそっちには行かない。
そう言えば良いような気がしたのです。
袋は指定通りタンスの上に置きました。
もちろん何もありませんでした。
余談。
返却日に学校へ持っていこうと居間のテーブルにおいたところ、父が土産か?とあっという間に箱を開けてしまったのです。
不覚!
父もガッカリした様子でした。
オチがないのは仕様!
夏目の怖いかもしれない日常 ナツメ @natsumeakira
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