第13話 『事故物件』(書き下ろし)
ツイッターに書きにくい話なので、こちらで書かせていただきます。
そしてアレコレぼかすために、少々事実をいじっています。申し訳ない。
私の実家……というか、父の生業は不動産業です。
根っからの不動産屋では無く、いわゆる脱サラ組。私が高校生の頃に生命保険会社を退職し、暫くはビルの管理をしたりしていましたが、縁あって不動産屋に就職し、独立開業して今に至ります。
私も数年前に宅建の資格は取ったものの、いわゆるペーパーというやつで。
今回は、不動産屋とは切っても切り離せない「事故物件」についてお話させていただきます。
私はかねてよりお伝えしております通り、霊感と呼ばれる物を感じた事がありません。幽霊も見えないし、不思議な予感をぎゅぎゅっと感知した事も、妖怪アンテナが立った事もありません。
それでも、不穏な空気は感じる物で。
その日は車を運転しながらも不思議な気分がしておりました。
晴れているのに、どこか空気が重たいような。
簡単に言えば、気乗りのしない朝のような。
この日、私たちが向かったのはいわゆるゴミ屋敷です。
住人の方が家賃を滞納されて14ヶ月、流石に大家さんの堪忍袋の緒が切れて立ち退きを勧告してから3ヶ月後の事でした。
立ち退きの案内を差し入れ、住人の方との話し合いのもとで定めた立ち退き期限になっても明け渡しのなされない部屋。
私はげんなりするのをなんとか取り繕ってその部屋のチャイムを押しました。
「Bさーん。おはようございます。お引っ越しの準備はお済みですか?」
ちなみに引っ越し先というのもウチでご紹介しました。ここよりも格安の少々手狭で古いアパートです。
Bさんは入居後にお体を悪くされて、いろいろと不便があったという事は聞いております。そのため大家さんも1年近く家賃を待ってくださり、挙げ句の果てに滞納分はチャラにするので出て行ってくれという話になっていたのです。
次の家はBさんの収入条件にも見合う物件で、引っ越しが住めばBさんの生活は今よりも良い物になるのではないだろうかと、素人ながら思っておりました。
「Bさん? いらっしゃいますか?」
返事か無いのを不思議に思って、私はチャイムが壊れている可能性を思い浮かべながらドアを叩きました。
ほんの少しだけ、最悪の事態も頭をよぎりました。
皆様も「事故物件」という単語は耳にした事があると思います。
事件や事故があった物件と言うのが一般的な認識でしょうか。代表的な物は殺人事件や自殺、そして事故や火災で死亡者が出た物件を呼ぶ事が多いのかもしれません。事故物件はそれだけではなく、何らかの「問題」を抱えている物件を広くさす場合があります。
空き巣に入られたり、何らかの物理的な欠陥が存在していたり、ケガをした人がいたり、場合に寄っては事件性の無い、病死といった過去を持つ部屋等もこのカテゴリーに入る場合があります。
実はこの数ヶ月前、売買を予定していた物件で殺人事件が起こり、少々ぴりぴりしていた事もあり、この日も少々語気強くBさんの名前を外から呼びました。
「あの……」
家の中から返事があったときの私の安堵をお分かりいただけるでしょうか。
不謹慎ながら
良かった。死んでない!
と、こころの中でガッツポーズ。
もう生きてりゃ良いんだよ、生きてりゃという心境です。
「Bさん? どうしました?」
私は、少しだけ開けられたドアの隙間から中を覗き込みました。
「あの」
「はい?」
「夏目さん、ちょっとお聞きしたいんですけど」
「はい」
Bさんは困った表情のままこちらを見ています。
ふと気がついたのですが、Bさんどうやら床に座っているようで、私もいつの間にか廊下にしゃがみ込んでおりました。
「ここって、前の住人の方、どんな方なんですか」
「え? 前の、方……ですか?」
前の方と言われても、3年……いや5年は前の事、正直私は存じ上げておりません。
帰って父に聞けばわかるかもしれませんし、大家さんに聞いても良いでしょう。いずれにしろ、この場で即答できないなと思って、そのように正直に伝えました。気になるようでしたら、お調べしますと付け加えて。
「いえ、もう出て行くから良いんですけど」
「はあ」
Bさんはやっとドアを開けてくれました。
物件の間取りは2LDKだったと思います。
入り口からまっすぐに伸びた廊下。右側には4畳ほどの洋室があり、その並びにキッチンが。相対するように廊下を挟んで水回りがあり、廊下の先にはリビングともう一つ洋室があるという間取りです。
「あの。夏目さん。お恥ずかしい話なのですが、部屋が全く片付きませんで。持っていく物はまとめたので残りを処分していただきたいのですが」
正直、あまり嬉しくないご提案です。ゴミの処理には費用と時間がかかります。敷金を充当しても足りるかどうか。
ゴミは足の踏み場も無いほどに広がっています。ですが、ここは仕方が無い。業者に頼むかと腹をくくっていた所、Bさんがぽつりとこうおっしゃいました。
「捨てても、捨てても、捨てても、どんどんとゴミが出るのです」
まあ、ゴミ屋敷になってしまったのですから、処分が苦手な方なのでしょう。
「とりあえず、今日付けで退去という事にしましょう。ええと、こっち側全部が要らないもの、ですね?」
「はい。すみません」
「いえいえ。お体お大事になさってくださいね」
私は営業スマイルを貼付けたままそう言いました。
「……もう、大丈夫だと思います」
「と、言うのは?」
どうにも不思議な物言いですので、私は思わずそう促しておりました。
「実は、体を壊して暫くした頃から……物が増えている気がするんです。私、元々あまり物を持たない方でして」
私は思わず部屋を見渡しました。
見渡す限りのモノ、モノ、モノ。
これをして、どうして物を持たない方だなんて単語が出てくるのでしょう。Bさんもそれを察したのでしょう。すぐにこうも言いました。
「私の荷物はこっちです。捨てていただきたいのは
私の物ではない荷物
です」
何も言えずにBさんの顔を見てしまいました。
なんとか、心を落ち着かせて
「こっち側の荷物は、Bさんのじゃ、ない?」
「はい。買った覚えの無い物ばかりです。いつの間にか増えて、なんだか気味が悪かったのですが、大きな物も多いし、処分に困ってしまって」
確かに、見ればBさんが買ったとは思えない陶器の人形や、よくわからない布ばりの箱、Bさんは女性なのですが、ズボンプレッサーや工具箱、果てはシェービング材の缶等も転がっています。
「元々あった物ではないんですよね」
「最初は何も無い部屋を見て借りました。体を壊すまでも、いつの間にかゴミ箱がいっぱいになっていた事はあったんですが、思い過ごしだと思っていて。でも」
いくつか考えられる事はあります。
Bさんが夢遊病よろしく何かを買って来ては忘れている可能性。
Bさんがゴミ置き場から収集しているのだが、それを隠して処分を促している可能性。
それらの合わせ技の可能性。
不法投棄。
そして……これらが本当にBさんにかかわり合いの無いゴミである可能性。
敷金の充当では済まない事ですので、Bさんに相談した所、なかなか金策は難しいとの事。大家さんにもご連絡いたしました。
すると
「またか」
と、おっしゃるではありませんか。
「また、というのは?」
「その部屋、いっつもゴミがたまって。住人が出ていってから掃除するはめになるんだよ」
と。
聞けば、この物件、何も事件や事故は無いのですが、いかんせん住む人住む人がゴミを溜め込む。Bさんもここ数年平気だったのに、今ではこのようにゴミがわんさかたまっています。
「まあ、明日にでも業者を呼ぶよ。それより出て行ってもらってくれ」
そう言われたため、私はBさんに処分を請け負った事と敷金を充当する事を伝え、Bさんには新しい部屋に移っていただきました。
この部屋で何かが起こった訳ではありません。
新築当初から、普通の方が住み続けたはずの部屋。
にもかかわらず、いつの間にか「必ずゴミをためてしまう」部屋と化したのです。何が原因かはわかりません。
今ではすっかり壁紙も張り替え、素敵な部屋に生まれ変わり、とあるご夫婦が住んでおられます。ゴミ部屋になった事、リノベーション済みという事はお伝えしてありますが、現在の部屋の中がどうなっているかはわかりません。
これもまた、事故物件というのでしょうか。
必ず、ゴミ部屋になるという物件。
余談ですが、ゴミ掃除をする際、大家さんとBさんから「欲しい物があったらどうぞ持っていってください」といわれました。苦笑してとりあえず掃除の為にあれこれを分別していたのですが、父が
「おい、これ、本物かな」
といって金杯を差し出してきました。
「重たいんだ。本物かな。それとこの人形、高そうじゃ無いか?」
私にはちっともわかりませんが、こういう事に鼻の効く父です。すぐに二人の了承を得て、金杯と人形を手に入れ、そのまま売りにいきました。
何と。
金杯7万円。
人形、二束三文と。
寿司、美味かったです。
******余談******
応答の無い部屋には基本的に単独では入りません。
いつだったか、電気も止められた滞納部屋に父が知り合いと入った所、何処にも住人の影が無く「いないなー」と言ったとたん、知り合いが強ばった表情で「夏目さんの隣にいらっしゃいますよ!」と言ったというのを聞きました。
暗かったためぶら下がった住人に気づかず、あたりを探していたという……まあ、ホラーな状況です。
普段は明るい不動産屋ですが、稀にお札がびっしりの二階を持つ古民家とか、執拗な目張りがなされている部屋とかに行き当たるそうです。
今日も夏目不動産(仮)は営業しております。不定休!
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