第11話 『こどもの日』

久々に短いものを一つだけ。

この時期にお話ししたかったのです。

そうですね、タイトルはやはりこれでしょう。





「こどもの日」





怖いというよりは不思議な出来事でした。


当時私は高校1年生。

入学祝いに買ってもらったマウンテンバイクとアメリカンなスポーツメーカーのリュックがトレードマークの剣道部員でした。

その日も竹刀袋に防具を引っ掛けて、自転車をこいでおりました。

その日はいわゆるこどもの日。部活は夕方5時に終わり、あたりはまだまだ明るかったと思います。

ええ、確かに明るかった。


国道沿いを音楽をガンガンにかけながら(今は禁止されています)、今日の夕飯は何だろうな、なんて思いを胸に私はいつも通りの帰り道。

今も昔も変わらない本好きの私は、丁度家と学校の中間にある、図書館の前で自転車を止めました。

あいにく閉館時間を過ぎており、私は借りていた本をポストに入れると、再び自転車にまたがったのです。

ですが、ふと目に入ったのは子供が持つような可愛らしい財布です。

ポストのわき、植え込みとの間に落ちていたマジックテープ式のピンクのビニール製。漫画雑誌についてるようなアレです。

近づいて拾い上げると、側面には定期を入れる部分がありました。

そこに「かわかみわかな(仮)」と書かれた紙が入っていたのです。




あの、もっと可愛らしい名前を思いつけなかったのかと思っております(笑)




住所や電話番号も書かれています。

私はちょっと迷いましたが、とりあえず電話をかけてみる事にしました。

しかし、だれも出ません。

住所を見ると、ここからはあまり離れていないようなそんな場所を示しておりました。

当時スマホはありません。地図を持ち歩く高校生も少ないでしょう。

私は少々迷いましたが、自転車であるという気楽さも手伝って、この住所に行ってみようと思いました。

留守であってもポストに入れておけば良いかと思ったのです。


残念ながら、方向感覚に恵まれなかった私は、住所を示す看板を辿りながらぐるぐるとあたりを回っておりました。

夕方ですので「夕暮町」とでもしておきましょうか。

夕暮町2丁目を目指す私ですが、1丁目、3丁目はあれど2丁目が無い。

あいにく地図も立ってない。


私は次第にあきらめ始めていて、そろそろ交番にでも預けて帰ろうかと思っておりました。

すると


「夕暮町商店街」


そんな看板が目に入ります。

とてもレトロな商店街です。ちなみに今もレトロなままに残っている素敵な商店街です。


「店で聞こう。ダメだったら届ける」


その決意のもとに、私は目についた和菓子屋のおばあさんに話しかけました。

すると。

「2丁目はずっと向こうなのよ」

と、おっしゃるのです。

今ではわかりますが、飛び地と言って、住所番地が続かぬ土地がある事を、当時の私は知りませんでした。


私はおばあさんと、その娘さんらしき方に書いてもらった地図を頼りに商店街を抜けた先を目指しました。

だんだんと日も暮れてきていて、見知らぬ場所を彷徨うにはそろそろ心も細くなるってものです。

「突き当たりの寺を左。参道を抜けきったところにある駄菓子屋を右」


この間この駄菓子屋に久しぶりにいったな……


あ、逸れました(笑)


駄菓子屋の角は三叉路になっていて、左に行けば駅、真ん中を進むと飲屋街、右側が……なんだか薄暗い細い道です。

そう、この右側を進まなくてはならないよう。

両脇には背の高い植え込み。


古めかしいオレンジ色のライトがついています。

右側の家は大通りに面しているようで、こちらには背を向けていますが、左側の家はこの道に面してたてられておりました。

丁度真ん中あたりに石の板が敷かれ、その下はどぶだったのかもしれません。


地面をがたがた言わせながら進むと、電柱に「夕暮町2丁目」という表記が見えました。

もう、すぐ近くです。

番地を辿りながら進み、私はとうとう目的の家を見つけました。





そして、その瞬間に後悔したのです。




この入り組んだ細い道。これまではみっしりと小さな一軒家が並んでおりました。

片側は空き地、もう片側は寺の墓地という立地の家です。

木製の門があるのですが、朽ちて斜めに落ちこみ、そのほとんどは伸び放題の庭木の中に埋もれています。かろうじて表札は見える。


それだけで後悔したわけではありません。

その家の外壁は墨で塗りつぶされたように真っ黒で、所々に何か白い文字が書かれておりました。

小さな庭には……

無数の鯉のぼり。小さなおもちゃのような鯉のぼりが、ゾッッとするような数で飾られていたのです。


私は中に声をかけたりする事をためらい、ポストに財布を入れて帰ろうと思いました。

しかし、ポストも見当たらない。

おそらくは植え込みの中に埋もれているのでしょう。

軽く枝を掻き分けるようにして手を差し入れ、ポストを探します。

今思えば、敷地の内側にでも置いて帰ることもできたのに、私はなぜかポストを探していました。

思い込みって凄い。

すぐに目当ての物は見つかりました。投入口を手で持ち上げて


悲鳴を上げなかった事を褒めてやりたい。


ポストの向こう側には、見開かれた目のような物があったのです。


息を呑んで、それでも目を離せなかったのですが、やがてそれが鯉のぼりの目である事に気がつきました。

ポストを覗くように設置された鯉のぼり。しかもどうやらしおれないように何か中身でも入っているのでしょう。言われてみればどの鯉のぼりも、風も無いのに程よく膨らんでいるのです。

これはもう、何か意図があって飾ってあるに違いない。

でも、その意図を知りたくはありませんでした。

私はそっと財布を入れて、後ずさります。


あたりは大分薄暗くなってきており、少々不気味です。

さっさと帰ろうと思っていると、







カタン






と、音がしました。思わずそちらを見ると、今までしまっていたはずの窓が動いています。


(人、いたの!?)


電話をしても出なかったのと、あまりの異様な光景に私は住人の存在が頭から抜け落ちていたようです。

私は立て付けの悪そうな窓が開けられるのを思わず見ておりました。

誰かが、雨戸を開けている。

こうなったら


「財布、拾ったんでポストに入れておきました! じゃ!」


と言って帰ろうと、覚悟を決めたところでした。


今度は盛大な音を立てて背後の雨戸が開けられたのです。


シャッターみたいな雨戸を力任せに開けた音に聞こえました。

中からは50代くらいのおじさんが顔を出し、あたりを見回した後で手招きをされました。

私は何事かと思っていたのですが


「良いから、こっちに来い!」


と言われたのです。


訳が分からぬままに、私はその方の敷地に入りました。

おじさんは窓から出てきて(掃き出し窓で縁側がついていました)サンダルを突っかけるとおもむろに自分の家の植木をガサガサと手でかき回します。

暫くそうしていたのですが、やがて手を休め


「もう、帰りなさい」


と言いました。

びっくりしていると


「向こうの家の事は、良いから」


とさらに続けます。


「あの……財布を、届けに来ただけなんですけど」


「うん。でも、良いから」


私はわけもわからずに地面に置いていた防具を持ち上げ、自転車にまたがりました。おじさんがこちらを見ているので、それ以上何も言えず、何もできず、ただ小さく頭を下げてから来た道を戻ったのです。


ちょっと変な家だったな、と思っただけでした。

もしかしたら、とても繊細な方のお住まいだったのかもしれません。


気にはなっていたのですが、無事に家にたどり着きました。

それから数日後、再び図書館の前で自転車を止めた私の目には、あの子供用の財布が飛び込んできました。

怖いものみたさのような物でしょう。拾い上げてみると、あの日私が届けた財布に良く似ています。

ですが、色は違っていますし、何しろ今度は男児用。

少々好奇心はありましたが、図書館のカウンターに届ける事にしました。

あの家は、一体なんだったのだろうと今でも不思議に思います。

立ち去るとき、開きかけていた戸は閉まっていた気がします。

音に反応した家人が音の出所がお向かいさんだと思って、安心して戸を閉めたのでしょうか。

多分、そんなところなのだとは思います。

でも、異様な外観とおじさんの態度が私の足をその場から遠ざけました。


その地域は、有名な寺の門前町です。

映画にも出るくらいの。


今でも門前はあの当時の風情のまま残っていますが、去年の夏に近くまで行ったのでついでにあの道を通ってみたところ、大通りが拡張されて細い路地は途中で途切れ、問題の家は更地というか、木材置き場のような物になっていました。


何が不思議って……どうしておじさんは雨戸を開けて出て来たのでしょう。

だって、問題の家の戸は、小さな音を立てて開いていっただけなのに。

雨戸を閉めていた家の中で、その事がわかるものでしょうか。

今となっては、おじさんの方が不思議です。


やっぱりオチは無いんです。


いっそ、財布が拾った物と同じ物であったらホラーなのに!

と、思ってしまう汚れた大人になりました。


夏目

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