第7話 『ひとりかくれんぼ』

大丈夫かな。ダメな方は薄目で見てくださるかな。

ってことで……ややガチっぽいヤツを投下しても、いい?


みんな大好き。






 ひとりかくれんぼ







結論から言うと、あまりお勧めできないあそびです。


私の研究対象は今までもちょくちょくでてきた通り、民俗学。人類学と分類される事もありますが、特に民間伝承がメインの分野でした。

現代の民間伝承って、いわゆる都市伝説が入ってくるのですが、ちょうど、この「ひとりかくれんぼ」が某所で騒がれ始めたとき、私は都市伝説のレポートをまとめておりました。ちなみに懐かしき人面犬にするか、メジャーなこっくりさんと、海外版のウジャ盤の違いにするかを迷っておりました。

そんなときです。


「ひとりかくれんぼ」


この単語が私のもとへ飛び込んできたのです。


ちなみにきさらぎ駅はもう少しあとにでてきたはず。


新し物好きの私としては、これは発祥までも遡れるかもしれないと飛びつきました。

某所にあまり詳しくない私は、むしろ「住民」と呼ばれていた友人とともに、こいつを検証する事にしたのです。


ルールは一番オーソドックスなやつで、詳しく書くと無駄に広めてしまうので避けますが、全ての準備を整えて、刃物を突き立て


「次は○○が鬼」


といい、浴槽の蓋を閉め、砂嵐を映すテレビを横目に塩水を作りました。


諸説ありますが塩水は隠れる場所に用意しておく事も出来たようです。ですが、私たちが某所から拾った会話では、鬼がくる前に塩水を作って隠れなくてはならないというルールであると思っておりました。


深夜、誰もいない家で一人、なぜか押し入れの下段に踞る大人が一人。


当時はラインはありませんでしたし、チャットをしようにも無線LANを過程に標準装備しているところは少なかったので、私たちが連絡に使用するのはどうしても携帯電話となりました。

ちなみに写真機能もついていなかったような。ついててもとてもシンプルだったようなそんな気がします。

そんな私たちの強い味方。それは


インスタントカメラです。


24枚取りだかのインスタントカメラをもち、5分だったか10分だったか置きにテレビを撮影します。

その際意外と大きな音がしてしまうのが難点ですが、まあそれ以上に私たちは会話をしておりますので、通常のかくれんぼでしたらあっという間に見つかってしまうでしょう。


とはいえ、我々の認識は「都市伝説の検証」です。おかしな事が起こるとも思っておりませんし、何か起こったとしたら徹底的に写真を撮ってやるつもりでした。

ちなみに実行者が私、電話の先で、某所を見ながらAという友人が待機するという役割分担でした。レポートは共同名義で優秀な評価を頂きましたよ。


あ、逸れたな。


深夜の心理状況というのは、あまり心が動かない性質の私ですら疑心暗鬼に捕らわれがちです。

小さな物音も、やけに耳に届く。


私は押し入れの中から、細い隙間を通して写真を撮りつつ、二時間が経つのを待つのです。


最初のピンチは始めてから1時間くらいで訪れました。


むっちゃトイレに行きたい。


トイレには行っても良いのでしょうか。

ターイム!みたいな制度はあるのでしょうか。


ふざけてるわけではありません。実際、タイムは出来ないのかを調べてもらったくらいです。


ですが、残念ながらトイレ休憩を取るという方法は見つかりませんでした。

私は一階の和室の押し入れに隠れていたのですが(ちなみに佐伯君の実家は私の昔の実家なので一階に和室があり、そこから廊下にでると階段を過ぎたあたりにトイレがあります)

トイレは風呂場の手前です。見つかったらトイレには入れないなと、リアルに普通のかくれんぼのような考えをしながら、どうしようかと思っておりました。


それでも尿意は待ってくれません。


明日やり直しをしようという事になり、とりあえずトイレに行く事にしたのです。


普通に襖を開けて、普通にトイレに入りました。

扉を閉めたとき、何か背後で音がしたような気がしなくもなかったのですが、何せ急いでいたもので、すっかり無視して用を足したのです。


そういや、こういう話してるとき私はしょっちゅうトイレに行ってる気がする……


もちろん電気はつけました。

一息ついて、トイレに放置されていた父のゴルフ雑誌をぱらぱらやって、さてでようかというときです。外で何かをかりかりと引っ掻く音が聞こえます。


このとき、我が家では犬を飼っていたのですが、実験に伴い一時的に屋外で待機していただいておりました。ので、犬ではない。

私を震え上がらせたのは、某かの虫ですが、虫ではかりかりはいわない。

流石に、ちょっと怖い。

というわけで、携帯電話の出番です。


かりかり、音がするんだけど。何だと思う?」


「かりかり? ドアを引っかかれてんの?」


それが一番実害がありそうです。私はとりあえず、ドアに手のひらをつけてみました。


「特に振動は無い」


「ってことは別の場所か……ちょっと検索する」










「……ええと、いくつか対処法がでてきた。まず、塩水を口に含んで、怪しいところに吹きかける」

「吹きかける?」


「全裸になって何かを追いかけ回す」

「全裸?無防備感半端ないけど?」


「立ちションする」

「自宅だし、もうでない」


実質選択権はありません。が……ここで更なる問題が。


「塩水、置いてきた」


「……よし、全裸だな」


「やだよ。万が一隣の人とかに見られたら家族会議もんだよ」


「だって、死にたくないだろ?」


「生き死にまで発展すんの、これ?」


どうやら、もう手だては無いようです。


でも、私が置いたのは30センチ弱のクマというか、豚みたいなぬいぐるみです。正直


「負ける気がしないんだけど」


「は? 夏目なにする気?」


「腹パンすれば中身飛び出るだろうし、刃物っっていってもちっさいカッターだよ。アイツの手に合わせて一番小さいキーホルダータイプの買ってやったんだもん。どう考えたって、負ける気がしない」


いくつか脳内シュミレーションをしましたが、やっぱりぬいぐるみ相手に負けるシチュエーションが分かりません。


「よし、もしだよ、まんがいちブタグマが動くなんて事があったら、捕獲しよう。大丈夫、動く人形ならチャッ○ーで耐性があるし、アイツよりは可愛いはずだ。いや……ぬいぐるみが動くんなら、むしろ可愛いんじゃないか」


ちょっと現実逃避があったのは確かですが、何せそんな風に思いでもしなければトイレから出にくい。

私は、何度か襲い来るぬいぐるみにストレートを入れるイメトレをしてから、トイレのドアを盛大に開けました。


「……?」


一瞬、息が詰まるような、何かが張り付くようなそんな圧迫感があって、とりあえず力任せにドアを閉めました。


「どうした!?」


「……呑まれた。完全に呑まれた」


トイレの中は煌煌とライトがついていますが、外というか、他の部分は真っ暗です。開けた瞬間におそらくその異様な暗さみたいなものに圧倒されたのでしょう。


「腹パンとか言ったのが聞こえてたかな。よし……ターイムとか言って出てみたらどうかな」


私の提案にAはあきれたようなため息しかついてくれません。


「とりあえず、全裸か立ちションだって」


「だから、嫌だし出ないって。つか、なんでそれなの?」


「不浄を嫌うらしいよ」


「不浄……立ちションは分かりますが、全裸もですか。そうですか」



私の目にはトイレを掃除するあのブラシが飛び込んできました。


「……汚いのでいいなら、これをこう……聖火のように掲げるのはどうだろう」


私は気付いていませんでした。


この辺りまで、私はだいぶ余裕がありました。いざとなったら普通に外に出て左手にある電気をつければいいと思っていたのです。

ちょっとした不思議な音に、やいのやいの言いながら楽しんでいた節もありました。


が、


「……あ、れ?」


ふと後ろ見てみると、





注意。


トイレに行けなくなったらごめんね。





便器の中の水が凄く減っているのです。もうそこの方に僅かしかありません。

大雨が降ったのでも無い限りこんな事はありませんし、何しろ

「蓋、閉めたような……」

閉めていました。やり取りをしている間も椅子がわりに座っていたのですから。

「まじか」


これはもう、ブタグマの仕業ではありません。何か他の、何か他の。


トイレにいるのがいいのか、外へ出て隠れるのがいいのか、それとも終わらせるべきか。

狭い空間の中で、不安感は膨らんでいき、やがて私の手を捉えました。


比喩ではありません。


実際に私に会われた方はご存知かもしれませんが、私は左手に……数珠をしています。もうずっとしています。このときから。


このときは左手に腕時計をはめていました。銀色の安い腕時計ですが、そのベルトが急にばちんと切れたのです。


とっさに落ちかけた時計をつかもうとしたのですが、つかんだはずの腕時計はやけに


「っ……ー!」


柔らかい気がしました。

気持ちが悪くて、そのまま放り投げ、私はドアを開けて外へ飛び出したのです。

便器近くから目が離せなくて、暫く後ずさった気がしますが、壁を背後に右に行けば風呂場、左に行けば塩水のある押し入れです。

私は。


風呂場に行く事にしました。


真っ暗な中手探りで風呂桶を開けると、そこにはかわいらしいカッターを握った、ブタグマが


もちろんおりました。


濡れたそれを拾い上げ、とりあえずダッシュで押し入れに戻りました。


「人形回収してきた。押し入れ入った」


「は? 何で回収してんの? 終わらせんじゃないの?」


いつの間にか切ってしまっていた電話を再びかけてそういうと、友人は慌てたようにそういいます。


「塩水かけて勝ったって言うんでしょ」


「風呂場でな!!」


「!!」


ぐっしょりと濡れたぬいぐるみを持って、どうしようかと悩みます。


そんなときおばあちゃんの一言が頭をよぎりました。


着ている服のボタンが取れているとき、こんな風に言っていたはず。




「脱ぎました」



そう、そういって脱いだ事にしてそのまま縫ってた。だったら





「こ、ここは風呂場です」




そういって、ここは風呂場だという事にする事にしました。無茶なのは承知の上です。でも、もう一度風呂場に行ってこいつを沈めてって言うにはSAN値が足りない。



私はとりあえず、ブタグマに塩水をかけ、腹にカッターを突き立てて


「私の勝ち」


と三回となえました。そして意を決して押し入れの外に出たのです。


時間としては2時間くらいだったと思います。


家中のあかりをつけて行くと、なんだかふつふつと怒りが込み上げてきました。

何でこんなにビビらされてんだろう。つか、何だったんだろう。

トイレを見ても、もう何もありません。私は勝ち誇ったように見下してトイレを流しました。

最初はごぼごぼと言ってましたが、すぐに普段通りのトイレに戻ります。


ふざけんなと思っていました。

人の家で勝手にしやがってと、原因らしきものを作っておきながら大層な者いいです。

それでも残ってるヤツは家賃取るぞこら、見たいなノリでどんどんと灯をつけ、文明の利器のもとで安心して一息ついたのです。


念のため、風呂場でも終わらせておこうと思い、私はブタグマをもう一度浴槽に入れ、クマのはらからカッターを抜き


「私の勝ち」


と三回言いました。

そしてもう一度腹にカッターを突き立てようとして、驚いたのです。


私は左手に時計をしていたと書きましたが、右利きです。

にも関わらず、私は無意識に左手でカッターを抜き取っていました。

そして、知らず知らずのうちに、刃の部分を握りしめていたのです。


「……」


流石に奥歯がなるような気持ちでした。


そっと手を開けば、もちろんちゃんと開きます。

カッターは安物で、幸い切り傷自体は対した事はありません。


それでも、左手で刃を握りしめていた事実は、私が経験した中ではダントツに不可解な出来事でした。


右手に握り直し、ちゃんとすべてを終えました。


その後、電話で顛末を報告し、ぬいぐるみを燃えるゴミの袋に入れて、私は犬を回収して、彼女(犬)を抱きしめたまま和室で伸びていました。


異常な倦怠感。


何かがいたのかは分かりません。

何もいなかったのかもしれません。


でも、真夜中にあの状況を作り出すというのは、自己暗示という意味では確実に何か影響がありそうです。


降霊だとか、そういうものを妄信するでも否定するでもありませんが、それでもあまりおすすめは出来ないあそびです。特に、自己って結構簡単に崩壊しますので、される場合には、他人に連絡を取るとか複数人とか、そういう保険は必要だと思います。


結構図太い私ですら、こんなもんです。


ちなみに検証ですので、あと2回ほどやりました。

残りは普通に終える事が出来ましたので、やっぱり最初のテンションって凄いな……という


まあ、そういう事にしておきます。


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