第6話 『友人の背中に赤い手形が浮かんだ話』

良かった! 決定いたしました。

ご投票下さった方々、本当にありがとうございます。


「友人の背中に赤い手形が浮かんだ話」


のんびり語らせていただきます。


2週間だか3週間だかの実習中は、色々なことが起こりました。馬鹿げた失敗やら、不可解な何かまで。


そんな実習中のお話です。


土葬の墓を踏み抜いたあとの話になります。


前作をご覧いただいた方はご存知かもしれませんが、大学時代民俗学っぽいことをやっていた私は、3年次にN県にフィールドワークに出ることになりました。


先生の都合で、私たちに課されたミッションは、民間人の墓の最古を探すというものでした。


ちなみに栗橋が行ったと言ってる実習は、この実習をモデルにしておりますが、作中では触れません(笑)


この地では当時(今はわからない)土葬が許可されていました。私たちが見た最も新しい土葬墓は、平成13年のものだった気がします。


実習では、西暦と元号が並列表記された一覧、柔らかい芯の鉛筆、それに測量野帳という小さなスケッチブックも必携でした。


そんなものを詰めた鞄を持って、その日私は調査を終えて宿に戻ってきておりました。


土饅頭(土葬墓)の件の二日くらい後だったと思います。






「なあ、I先輩のお経って、効くの?」



宿の広い玄関で、まるで私たちの班が帰ってくるのを待ち構えていたかのようにそう言ったのは、学部の違う……ええとS君としておきましょうか。

真面目そうな、好青年です。


この実習が始まるまでは顔も知らない男だったのですが、実習当初の飲み会で、下戸仲間として意気投合し、その後はそこそこ話す仲になっておりました。


「さあ。わかんないよ。なんで」


「あ、まあ、いや……なんとなく」


言い淀んだことに、なんとなく合点がいきました。


「土饅頭、踏み抜いた?」


思わずそう聞いていました。

ほかにも私達のような間抜けがいたのかと、ニヤニヤも止まりません。

大変不謹慎な行為です。


「違うよ」


「まあまあ、正直に言ってみ?」


この時、私たちの班員はみな、仲間を見つけた心境だったのでしょう。

班員たちは口々にSがやらかしたのだと囃し立てていました。


「違うんだって」


そう言ってSはさらに


「もっとやばいかも知んない」


と、言い放ちました。


私たちの班がやらかしたことやその顛末は、ほとんどの実習生は知っています。とはいえ、ほとんどの学生は話半分で、Tの大仰な話しっぷりを楽しんでいるだけのようでした。


それでもSには概略は伝わっているはず。


気まずそうなSは、私とT、それに何名かの班員に部屋に来いと言うのです。

正直気乗りはしませんでしたが、仕方なく私たちはSの部屋に行きました。


宿は時代劇でも使われることがあるほどの、風情のある佇まいで、内装もとてもレトロでした。8畳ほどもある玄関と、広い廊下。二階に伸びる階段も幅の広いもので、二階の廊下は階段の部分だけが切り取られているような作りです。

手すりはないので廊下には階段分の穴が空いているような状態です。


階段を上がろうとすると、二階で、穴のヘリに座っている学生の足がぶら下がっているのが見えるのです。

この、手すりがないというのが、後ほど問題になるのですがとりあえずは置いておきます。


一階は大きな和室と水回り、二階には女子の部屋、三階が男子の部屋ですが、作業が深夜にわたることも多いため、ひとの出入りは激しいものでした。


そんなSの部屋……というか男子の部屋の一つで私たちは畳に腰を下ろしました。


「俺ら、今日、百地地区担当だったんだけどさ……あの、でっかい蜂の巣があるって話した家あるじゃん?」

Sの言う家には覚えがあります。

軒下に一抱えほどもある蜂の巣がある家が、百地地区にあるという話は、昨晩の夕食時に聞いていました。


確か老夫婦が住んでいるはずです。昨日のうちに約束を取り付け、今日は確かその辺りを調べるという予定だったのではないかと、私はぼんやりと考えていました。

見つけたものは明日以降の予定とともに夕食後のミーティングで発表する事に鳴っていましたので、私たちは皆その家が何処にあるのかを知っていました。

国道から幅員4メートルほどの道を山の方に上り、リンゴ畑と思われる畑を抜けた先にある大きな家です。

「畑の先に道祖神があったんだ。道標もあった」

道祖神も道標も収集対象です。彼らも写真を撮ったと言いました。


「道標にさ、違う道の案内があったんだよ。地図に無い道かと思ってそっちを見たら、確かに獣道みたいなのがあるわけ」

「そりゃ……まあ、行けるところまで行くよね」

 班の誰かが言いました。

 地図にない道は、私道でないかぎりは白地図への記載が求められます。


私たちは地図の細かいところを埋めながら、資料収集していたという訳です。

そこで彼らはその道に入ったという事でした。

幸い方向は山の上の方へ伸びています。あまり遠くないうちに道は終わるだろうと思ったという事ですが、きっと私でもそう思うでしょう。


獣道を辿って行くと、小さな広場に出たそうです。

ええと、良くあるというか、私たちは良く目にするのですが、そこには頭部の無い地蔵がたくさん有ったと言っていました。


廃仏毀釈の名残です。

頭部破壊をされた地蔵を写真に収め、彼らは修繕や回収の必要があるかを後々確認するために地図にその旨を書き入れたと言います。

そして地蔵の奥に仏塔があるのを確認したそうです。仏塔といってもいわゆる五輪塔というもので下から、四角丸三角しずく型という形で石が積み上げられているものです。

ただ、この仏塔、どうやらしずく型の下に、香炉のように一部がえぐられた形の、円柱のような者があったというのです。

聞けばその中央には一本金具が立っていて、ろうそくが入るような空間があったとの事でした。

香炉部分と丸の部分には何か文字が彫られているようだったので、彼らはとりあえず周りを掃除して、簡易拓を取ったそうなのです。

すると、そこには見た事も無い梵字のようなものが浮かび上がったそうです。

梵字なら読む事ができますが、どうにも違う文字の様。

本格的に拓を取ろうかと準備をしていると、急に


「おい!」


と耳元で叫ばれたというのです。


「声?」

「うん……おっさんの声で、結構デカい」

 私たちは顔を見合わせました。

「気のせいではなく?」

 他の班員が聞いても、Sは首を振ります。

「うちの班の人は聞いてる。皆耳元で「おい」って言われたって」

 一瞬何を言ってよいのかわかりませんでした


「で、どうしたの?」

 と誰かが先を促すと、

「怖くなって、引き返してきた。拓は取ってない」

「じゃあ、平気なんじゃない?」

 何か不可解なものがいたとしても、注意されて引き返したのならセーフじゃないか。確かにそう思います。

「それがさ……みてよ」

Sはそういって自分のシャツの腕をまくり上げました。

そういえば長袖着てたんだ、とこのとき初めて気がつきました。


Sの腕には、小さなミミズ腫れのような、引っ搔き傷のようなものがたくさんついていたのです。

「……む、虫かな」

誰かがそういいました。

「虫さされかな」

他の誰かがそういいました。

「現実逃避すんなよ!」

Sが悲壮な声で叫びます。

細い細い針を束ねて、彼の腕を引っかけばこんな傷になるかもしれません。

「む、むかでかな」

誰かが懲りずにそういいます。


「あのね……!!」


そんなときだったと思います。正確にはどのタイミングだったのかは覚えていませんが、私たちが虫だとかなんとか言っているそのとき、


「振り向くな!」


Sがそういいました。

私は思わず何度か瞬きをしました。

何を急に言い出すんだろう、としか思えませんでした。でも、そんななかあたりを見れば、六人ほどいた仲間のうち、二三人が、自分の右肩を透かすように様にして振り返っていたのです。

「きこえ、た?」

「聞こえた」

「つか、S、こっちまでとばっちり!!え」

「なになに、何が聞こえたの?」

そんな混沌んとした会話が広がり真っ先に頭を抱えたのは、私の班のインテリ代表……B君です。もうアルファベットがつきてきたよ。

「この声、か?」

不安げな女子もおりました。そんな中、Sは「たぶん」と煮え切らない様子。おっさん臭い大声と言うだけで、音は正確には記憶していないというのです。

当然というか、なんと言うか、私にはそよ風ほども聞こえませんでした。

「……ん? なんで振り向くなって言ったの?」

Sは振り向くなと言いました。

なぜでしょう。

「……うちの班の一人が、振り向いたときに……多分見間違いとは思うけど、思うけどさ、木の隙間にこう、でっかい顔が……あったとか、いうんだよね。あの、……いや、一人じゃないような……」

「マジで?」

私は思わずそういっていました。本当だとは思えません。

「……まあ、きっと見間違いで」

Sの態度が、実際にそういう事を言っている人が複数居る事を裏付けている気がしました。

「I先輩……に、聞いてみる?」

そういうしかありません。もしくは数日前に合流した文学部長でしょうか。教授もまた僧侶です。

「うん」

「……まだ、帰ってこないだろうから……とりあえずシャワー浴びたら? ちょっとはスッキリするよ」この提案に数人が乗り、Sと数名がシャワーを浴びに階段を下りて行きました。

シャワー室はせいぜい5人が入れる程度でしたので、私は先に荷物を整理する事にし、廊下で荷物を開け始めました。畳の部屋だと床に広げた紙に文字が書きにくいからです。

すると、慌ただしい足音が聞こえ、次いであられもない格好でTがやってきました。

ギリ、腰にタオルは巻いています。

「ちょ、ちょっと来て。ちょっと来て」

「え? やだよ。濡れるし……なに?」

あまりにも切羽詰まった様子に、嫌な予感しかしません。

「良いから。お前、こういうの怖くないんだろ!」

訂正させてください。私だって怖いものは怖いし、不気味なものは不気味です。心底怖い思いはした事がありませんが、それでもちょっとヒヤッとする事くらいはあるのです。そんなときには近づかない。

危機管理能力が高いと言ってもらいたい。

だからこそ、全力拒否です。

なんか嫌な事が起きたに決まっていますから。

それでもむくつけきSの力は強く、私は引きずられるようにシャワー室へ行きました。

そこではいじめられっ子が、囲まれているかのような状況で、Sが床にへたり込み

数名の上裸隊がそれを取り囲んでおりました。

騒ぎを聞きつけた数名がシャワー室を覗きます。女子だって興味津々の様子で覗きます。

「え、S?……大丈夫? つか、それ……イジメ?」

そういうしか思いつきませんでした。

背中には大きな手のひらのあと。力任せに叩かれたかのような、ちょっと膨れているような、そんな手のひらのあとがあるのです。

大きな、手のひらのあとが。

「……あ、あれ?」

大きな手のひらのあと。

思わず、自分の手を見ます。横を見ればTも手のひらを見ています。

大きな手のひらのあと。


大きすぎる手のひらのあと


「痛い?」

Sは首を振ります。

触ってみると、少し熱を持っているような、本当に力任せに叩かれたかのようなばかでかい手のひらのあとです。

「ちょっとデカすぎるけど……それ以外は普通の平パンのあと?」

「普通!?」

思いっきりつっこまれましたが、そうとしか思えませんでした。

「シャワー浴びなよ。んで、ちょっと血行よくすれば明日には消えてるんじゃ」

「明日って!」

Sは肩を落とします。

私にだってどうして良いかなんてわかりません。

打ち身? うっ血? あざ?

どれも違う様なのです。本当に紅葉マーク。特大。

隣に居るTを見ると、少し青ざめているようでした

「どうした?」

「……さっき、夏目を呼びに行ったとき……階段のところに、デカい」

言いたい事はすぐにわかりました

「顔か?」

Tにそういうと、彼は細く息をはきました。

数名をシャワー室に送り、他の野次馬と連れ立って廊下を戻ります。

階段を見上げるように上を向くと、そこには柵も何も無い切り取られた空間があるだけです。

「Tが言ってたのは、ココか」

そういったのは誰だったでしょう。

私は「多分」と返してから、念のため荷物を取りに上層階へ戻り、何枚か写真を撮りました。

後日談ではありますが、いわゆるオーブ? のような感光はありましたが、他には何も映っていません。

顔も映っておりませんでした。


その後I先輩をまって、声を聞いた人とSの班員、それからなぜかTがいつぞやの二層式洗濯機の横に並びました。

今度はおもしろがった文学部長直々のお経です。


それを窓越しに見ていると

「夏目は言いの?」

とI先輩が言いました。

「まだ、有効期間内なので」

「……まあ、よくわかんないけど、……あ、Y先生今間違えた」

「……間違っても、良いんですか」

「基本的には、ダメだろうな。でも、まあ、こういうのは……アレでしょ、平穏で居てほしいという、心……?」

正直、蚊の多い裏庭はごめんだと思っただけだったのですが、間違った読経という点で、やっぱり行かなくてよかったかなと、思ってしまいました。

もちろんしらふだったら先生だって間違わなかったのですよ!


その後、地蔵はしかるべき場所に連絡されたと聞きました。仏塔については、その後の話は特に流れてきませんでした。

簡易拓に現れた文字は、カーンに近く見よう見まねでカーンを彫ったような形でもありました。

教授達は普段通りにSの報告を聞き、Sもまたいつの間にか平静を取り戻しておりました。


翌日、まだ手のひらのあとはうっすら残っておりましたが、Sの班は気丈にももう一度あの場所へ行っ……たのかな(笑)


報告書には、百地地区の山に向かう道に、一本だけ新しい線が書き加えられていました。

もう、あの道は、見知らぬ道として白地図の白に埋もれては居ない事だけは確かです。


って、やっぱりオチは無いんだよ。

ごめんなさい……

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