装備という名のプレイ

 ある日本という国の、ある地方都市に存在する、ごくごく平凡な公立学校において、とある種類のささやかな非常識は、ただの日常風景に過ぎない。


 例えば、ある車が毎朝、ひとりの女子生徒を校門前まで送り届けに来ることとか。


 これが、黒光りするおベンツ様やリムジン様だったり、運転手がインカムをつけた黒服グラサンまたはスーツを着こなした上品な老紳士であったり、何より送られてくるのが見るからにお嬢様やご子息様セレブリティであったりすれば、ある意味でまだ受け入れやすい光景であったかもしれない。


 だが現実はと言えば、車はごく一般的な国産車で、運転手はどこの二次元から家出してきたのかというような金髪碧眼の美青年とは言え服装は日本のそのへんの若者と大差ないカジュアルなものだし、ここまでですでにミスマッチではあるが、後部座席から悠然と登場するのは、一見さしたる特徴もない少女である。


 毎朝毎朝、登校中の生徒たちに多大なる違和感を与えてくれるこの光景であるが、実のところ、全校生徒並びに職員はこれに理解を示し、また受け流してもいる。


 何せ、くだんの少女は、別にお嬢様ではないが、まがうことなく女王様だから。



「行ってらっしゃいませ」



 乙女たちが夢見るどこぞの執事もかくや、という仕草で腰を折る美青年には一瞥すらもくれず、少女はあっさりと校門をくぐった。

 いつものことだが、けして振り返ったりはしない。


 背後から、放置プレイあさのごほうびにうっとりした吐息が聞こえるのは気のせいということにしていた。



 そうして非常識な運転手しもべから離れてしまえば、彼女はどこにでもいる女子生徒にしか見えない。


 特別なものなど何も持っていません、という顔をした少女は同じ制服を着た集団にまぎれながら、ごく普通に自分の教室のドアを開けた。



「おはよー」

「おっはよー、女王様」

「あ、女王だ」

「はよ」



 軽く交わされる友人間の挨拶には、ところどころ不適切な単語が混ざるが、彼女はすでに気にしないことにしている。


 すでに学校にまで浸透しているニックネームの由来は言わずもがな、一年ほど前の、憎らしいあの事件である。



「ののさんや」

「何だね、しぃさんや」

「ちょっと見てくれ。こいつをどう思う」

「すごく……素敵やりすぎです……」



 少女が自分の席につくや、うきうきと一冊のスケッチブックを持ってきた友人に、彼女は呆れきった目を向けた。

 その紙面には所狭しと友人の脳内の妄想世界おはなばたけが描き出されている。



 具体的に述べるならば、そこに繰り広げられているのは、幼く可愛らしい子どものファッションショーのような絵面である。


 どうやら次の季節に向けてのコーディネイトであるらしい。

 愛らしく、時に凛々しく、時にコケティッシュに描き分けられた表情やポーズがやけにリアルであるが、それはドラマやドキュメンタリー映像などで見かけるファッションデザイナーのネタ帳に酷似した一冊であった。


 モデルの子どもに、白くふわふわとした兎のような耳さえ生えていなければ。


 つつつ、と、オタクの妄想帳とも言うべきスケッチブックから、友人の得意げな顔へと視線を移す。



「……なに、またこれ全部、作るって?」

「あったり前じゃない! うちのシロにどこにでもあるような既製品なんか着せられますかって」

「その理屈がイマイチわかんない」



 首をかしげると、友人は心底嘆かわしそうに頭を振った。


 この教室内では割と、というか定期的に見かける光景ではあるが、ごく近くの席で話していたクラスメイトたちも、この会話を耳にしたのか何となくうなずいている。

 どちらに同意しているのかは定かではないが。



「せっかくのメインロールきせかえにんぎょうへの愛情がわからぬ、とか申したか。本当、ののちゃんはメインロールへの愛が薄いよねぇ」

「んなことはないと思う。というか黙れ愛情過多ぼんのうまみれ



 スケッチブックを抱え、目をきらきらとさせている友人を、少女は普段、「しぃちゃん」と呼んでいる。


 同じ学校同じクラスの親友といって差し支えないこの女子生徒もまた、一年前のリアルポップの当事者。すなわちロールメイカーである。


 ロール名を「シルヴィア」という彼女のメインロールは「シロ」、スケッチブックにある通り、兎の耳と尻尾を生やした真っ白で可愛らしい子どもだ。



 オンラインゲームというものは、有名なものほどユーザー数は跳ね上がるが、その中で広く名を知られているような有名プレイヤーというものはひと握りに過ぎない。


 だが、類は友を呼ぶというべきか、その希少な有名プレイヤーである少女の友人もまた、少女ほどではないにしてもMRMでは名を知られた方だった。



 別に少女のようにネタプレイに走っていたわけでも、プロのゲームデザイナー顔負けの緻密な自作フィールドを作ったわけでもない。


 ただ、彼女の世界に存在するのが、メインロールの兎を筆頭に、猫やら犬やら狐やら熊やら、果ては鳥類にまで、徹底して動物の耳や尻尾や羽根を生やしたキャラクターのみだった、というだけである。


 彼女は生粋の獣フェチケモナー、ケモ世界の先駆者フロンティアとしてMRM一部に熱狂的な賛同者ファンを持っているのだ。



 そんな彼女のメインロールであるシロは、十二歳ほどの、少女とも少年ともつかない子どもの姿をしている。

 シルヴィアによると、「性別はシロ」らしい。


 その目で確認したわけではないが、少女は男の娘四割、ふたなり六割でどちらかだろうと思っている。


 根拠は友人の棲息ジャンルせいへきだ。



 そんなシルヴィアのもっぱらの趣味は、自分のメインロールに着せる衣装の考案と製作、及び着せ替えで、いわく、



「せっかく何を着せても大丈夫な相手なんだし、やらなきゃもったいない」



ということらしい。



 ちなみに、全国のメインロールたちの服装はと言えば、これが見事にバラバラである。


 元が二次元ゲームキャラだと知れ渡っているせいか、どんなに奇抜な格好をさせていたところで、注目はされても冷たい目で見られるようなことは少ない。そのため、コスプレまがいのものを着せられている者もけして少なくはないのだ。


 幸か不幸か、日本という国はそういった衣装が手軽に手に入るお国柄でもある。



 咎められるのは、銃刀法に反する装備やどう考えても公然猥褻ストリーキングに値する衣装くらいのものだ。


 剣とか全身甲冑とか紐だけとか。



「いやあ、シロに似合う服を考えるのはヘヴンだよ! 可愛い子を飾らないのはむしろ罪だと思うね」

「まあ、シロちゃんは可愛いから別にいいけどさ。だいたい似合ってるし」

「ののもやればいいのに。おたくのトンちゃんなら何でも似合うでしょ。何せ、ユニク○やし○むらしか着せられてないのにあの美青年ぶり」

「一緒に歩きたくないような服装コスプレなんかさせないよ。そもそも、そこに掛ける費用がもったいない」

「えー? あの見てくれスペックなら、MRMで着せてたみたいなガチ勇者装備させてたって誰も何とも思わないだろうに」

「あれ、しぃちゃん、知らなかったっけ?」



 残念そうに言われて、少女はきょとりと首をかしげた。


 考えてみれば、彼女たちはMRM内でメインロールたちにパーティを組ませて冒険させたことは数知れないが、そのときでも画面上に示されるのはお互いのHPやらMPやらくらいのもので、その他ステータスやら装備品やらは自分のメインロールのものしか見えないのが仕様だ。


 少女はそのプレイスタイル上、自作フィールドの設置キャラクターにはメインロールのステータスを晒させるという公開プレイおしおきをしたりもしたが、他人とパーティを組ませるときにはそういったことは多少なりとも自重していた。


 となれば、彼女が今のあの平凡なカジュアルスタイルの下を知らなかったとしても無理はない。



「ゲームの時の装備なら、あいつ今も変わらず身につけてるよ。お気に入りだし」

「え? でもゲームん時のって、あの王子様みたいにキラキラした軍服っぽいやつに軽鎧とか組み合わせたのでしょ?」



 ぱたぱた、と手を横に振る。まさかそんな平凡なことをするわけがないのだ。


 いや、確かにプレイの一貫として、見た目は本当にコテコテのテンプレ王子様的勇者っぽくしてはいたのだが。



「ちがうちがう。それはグラフィック用のアクセサリハリボテ。やっぱりほら、慎みとか恥じらいとかチラリズムって、二次元三次元問わずに大切だと思わない?」

「えーと。ののちゃん、この親友に、君のメインロールの装備について詳しく! 教えてくれないかな?」

「いいけど」



 聞きたいような聞きたくないような。

 そんな雰囲気を察したのか、気が付けば、近くの席だけでなく、けっこうな数のクラスメイトが少女たちの会話に耳をそばだたせていたが、二人の廃人ゲーマーは気にもしていない。


 なぜなら、だいたいがいつものことだからだ。



「まず、胴体装備は、「赤い荒縄」ね。さすがに腕は外してあるけど、亀甲縛りで。オプションとして胸装備に「針ピアス」。皆まで言わずとも分かるよね? 足装備は「小型指締め」で、本当は腕装備とセットなんだけど、こっちでは邪魔だから普段は外させてるよ。頭装備の「目隠し」と「ボールギャグ」もそう。「首輪」は今も着けてるかな。ああ、腰装備はもちろん「貞操帯」ね」

「…………」

「スペックも言う?」

「……いや、いい」



 力なく首を振りながら、彼女シルヴィアはつくづく思った。少女がチラリズムを愛していて良かったと。


 というか、まさかあの勇者装備の下が、そしてごく普通の青年にしか見えないユニク○の下が、そんなことになっていたとは思わなかった。

 いや思いたくなかった。


 考えれば想像のつく話ではあるが、きっと自分は今まで、それについてはあえて考えないようにしていたに違いない。


 MRMではネタプレイに全力投球していた少女が、その部分にだけ手を抜いているはずがなかったのだ。


 少女の世界の店売りの装備品に、「鞭」だとか「蝋燭」だとか乙女が口にするのは憚られるようなゲーム上では伏字で表示されていたようなアイテムだとかがあったのは確かで大爆笑した覚えもあるのだけれど。



 周囲で聞き耳を立てていた生徒たちは、あまりの会話内容に、とっくに撃沈している。仲間内でこそこそ話し合うならともかく、朝の教室で堂々と言うようなことではないであろう。


 まして、ただの願望だとか妄想だとかの話ならともかく、現時点においては疑う余地すらなく本当にやっていることじっさいのプレイないようだ。


 だが、何というべきだろうか、こんな会話もこの学校このクラスにおいては、少々ばかり現実離れしな日常でしかない。



 やはり、一部では有名なだけのメイカーマニアと、真のトップメイカーへんたいは違うと、少女の友人は心の底から思うあんしんする


 というか、この少女はどこまでネタプレイに本気だったのだろう、と。



「ののちゃん、ひと言だけ言わせてもらうとね」

「うん」

「それはすでに装備じゃないと思う。仮に装備だったとしても、装備という名のプレイだよ」

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こんな勇者に誰がした もじ茸 @mojibon

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