勇者がいるなら魔王だっている

 日本のある地方都市の某所。そこは、とある理由でご近所に有名な店だった。


 この日、店はいつものようにお客たちで賑わっていたが、そこには金やら銀やら、果ては赤だの青だの緑だの、地球人にあるまじき色彩の髪色も鮮やかな一団、中には明らかに人間ではない生き物も混ざっている。

 そして、そこに同席する、同数の、こちらは明らかに日本人とわかる男女。老若相混じり、とまではいかないが、年齢層はなかなかに幅広い。


 日本人なら、それがどういう集まりなのかは誰でも見当がつく。

 約一年前に起こったリアルポップの関係者ロールたちだ。


 総数三〇万と言えば多いように聞こえるが、日本の総人口から考えれば、七〇〇人に一人程度の割合でしかない。都会ならともかく、地方にしてはかなりの人数が集まっていた。



「こんちはー」

「やっほ、久しぶり」

「今日は大規模になったね」

「遠征組もいるから」

「おお」

「いやあ、お噂はかねがね」

「聞かない聞いてない聞きたくない」



 そんな集団に、キラキラしたテンプレ王子様的な美青年を連れた少女が加わった。顔見知りたちには軽く挨拶を、初対面の人々には会釈を返す。


 現在ではおそらく世界一有名なオンラインゲームとなったMRM、その中でも、下手をすると屈指の知名度を誇るロールメイカープレイヤー、それが彼女である。この地方都市近郊では、トッププレイヤーと言ってもいい。


 その名前ロール名を「もっと罵ってください」という。本人の都合により本名は匿名希望である。



「いやー、でも、ののさんとこは相変わらずっぽいね」

「まあ、うちはもう、ほら、何てーか……諦めた?」

「その関係になって長いし?」

「いかがわしい表現却下」



 ちなみに、「ののさん」もしくは「のの」というのは彼女の通称だ。

 ロール名から取ったものであるのは言うまでもなく、世間の普通の人々は、彼女の名を素で呼べるような感性せいへきは持っていない。


 そんな会話を交わしながら、メンバーの集まるテーブルに席が足りないことに気づいた少女は、おもむろに自分のメインロールつれの背中をどついた。

 逆らう気配も見せずに両手足を床についた青年を見下ろし、当然のようにその背に腰掛ける。

 オーダーを取りに行くことも憚られるような空間テーブルが出来上がるが、少女本人はおろか、この店の店員は誰ひとりとして動じなかった。

 いつものことだ。


 ナチュラルにお冷を運んできた店員にケーキセットを注文し、さて、と少女は集まったメンバーを見回した。

 毎回のように見ている顔もあれば、久々の顔、初めての顔もいるが、彼女は自己紹介の必要性を感じなかった。


 入店してからの行動現在進行形のプレイから、どうせ知られていることだ。



「あたしが最後だったみたいね、遅れてごめんなさい。それじゃ、今日も楽しく始めましょうか」



 この店がご近所でも有名なのは他でもない。

 彼女たち、自称「リアルポップ被害者の会××支部」(一部、プライバシー保護の為のモザイクがかかることをご了承ください)の集会場と化しているせいだ。

 大体は月に一度の集まり、それ以外でも、メンバーは何となくこの店を利用していたりする。


 おかげで、「現実離れした美形その他の集まる店」として名が広まったわけだが、それだけが要因ではないだろうな、と店長始めスタッフは思っている。



 美青年という名の椅子に座って悠然と紅茶を飲む少女は、ふと気づいたように首をかしげていた。



「そう言えば、今日、あいつは来ないの?」

「だれ?」

「アレよ、自称「魔王」」

「ああ、あの子たちね。一応魔王ロールしてんだから、自称はやめたげなよ」

「えー?」

「来れないでしょ、今回はさすがに。「退治」されたのって、前回だよ」

「それで懲りるようなら魔王ロールの資格はない!」

「リアルでやられたら普通に困るでしょうが!」

「根性のない……」

「というか、アレはあたしでも同情する」



 遠い目をする友人を不満げに見て、少女はミルフィーユを頬張る。


 思い出すのは、先月に起きたちょっとしたトラブルだ。

 いや、ただ単にバカがバカなことを言い出したというだけで、本当にたいしたことではなかったのだが。




 「Main Role Makers」、略称MRMは、非常に自由度の高いゲームだ。

 メイキングするキャラクターは、やはり勇者的な何かであることが最も多いのだが、それ以外のキャラクターを作るロールメイカーももちろん数多い。


 それは人間以外の種族や勇者以外の役割であってももちろんかまわないわけで、人によっては、「魔王」をメインロールにしていたりもする。


 というよりも、魔王ロールは割とメジャーなほうだ。



 さて、となれば、そのメインロールたちが現実に現れてしまった今、そのキャラクターはおおいに問題になる。

 いくらそういうふうにAIを設定されていたからって、うっかり「とりあえずこの世界の人間どもを駆逐してやろう」なんて考えられても困るわけだ。


 少女の所属する支部にも一人、魔王ロールをしているロールメイカーがいる。


 見た目も中身も、だいたい平均的なゲーマーといった少年なのだが、見るからに闇の世界に生きていそうなうさんくさい黒ずくめを連れた彼が、前回の集まりで、唐突に言ったのだ。



「けっこう考えてみたんだけど、魔王を名乗るからには、やっぱり世界征服とか目指してみるべきなのかな」



 本人の表情はいたって真面目なものであったので、百戦錬磨の古参メイカーたちはこちらも至極真面目に尋ね返した。



「どうやって?」



 それにしばらくうつむいて何やら考えていた少年は、やがてやたらときらきらした目で顔を上げて、こう言った。



「……やっぱり、基本は幼稚園バスジャックから?」



 その場の全員が彼の頭をどついたことは、当然の結果だとしか言いようがないだろう。その程度しか思いつかないくせに世界征服を目指そうとは、思い上がりも甚だしい。


 だがそのこだわりは評価する、と思ったのは内緒だ。



 まあ当然、ロールメイカーがそんな扱いを受ければメインロールは腹を立てるわけで。

 彼らの関係設定は確か魔王じょうし魔神官ぶかだったはずだが、お怒りになった魔王様(笑)は、すぐにでも不遜なる人間たちを制圧しようとなさった、のだが。


 あまり公言していないせいか気づかれにくいが、少女のメインロールは一応「勇者」設定である。

 ドMだが。

 いろいろと大変にきもちわるい設定やらスキルやらをつけているが、パラメータ的にはチート勇者と言っても差し支えはない。



 魔王がおいたをするならば、それをしばき倒すのは勇者の役目。

 というわけで、少女は自分のメインロールに命令した。「とりあえず、余計なことができない程度におとなしくさせとけ」と。




 ……そこから先に繰り広げられた光景プレイについては、その場にいた誰もが口をつぐむところである。

 ひとつ言うならば、未来ある少年の心に大いなるトラウマが刻まれたに違いない、ということだろうか。

 もしかすると刻まれたのはトラウマではなく新たなる世界への扉かもしれないが。


 まあそんなことがあったせいか、今回の集まりには魔王様(笑)ペアは欠席している、ということらしい。

 きっと今頃は部屋の片隅で膝を抱えてぶつぶつ言っているに違いない、というのがメンバーたちの予想だ。

 どんなロールをしていようとMRMオフ会ひがいしゃのかいの仲間ではあるのだし、早めに心の傷を癒して元気な姿を見せてもらいたい、と、一応全員が思ってはいる。



 ケーキを食べ終わってフォークを置き、少女はしみじみとつぶやいた。



「まあ、そもそも、こんな状況で魔王ロールを完遂しようってのが無理な話だったのよ」



 MRM、国内の総ユーザー数は三〇万人ほど。


 その中で魔王ロールをしているロールメイカーはけして少数派ではないが、勇者的な何かをロールしているのは、その五〇倍ほどはいるのだから。

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