体育科高校の特待生

佐藤.aka.平成懐古厨おじさん

体育科高校の特待生

魔法技術の発達により、人類はこの100年間で大きな発展を遂げていた。


しかし、技術の発達には、負の側面が付き物である。


高度な魔法が発達すると、魔法の才能に長ける人間は優遇される一方、生まれつき魔力の乏しい人間は、社会から疎外されることとなった。


そして、疎外された人間は、魔力をほとんど持たなくても使える魔法の道具、アーティファクトの力で、社会に反抗するという皮肉な結果を生んだのだ。


それだけではない、魔法の訓練ばかり行うようになり、自らの筋肉を鍛えようという人間は、めっきりいなくなってしまったのだ。



「やべえよ……やべえよ、誰か暴れてるよ……逃げねえと……」


日曜日の街に爆音が響く。

悲鳴を上げ、逃げ惑う人々。


今日もまた、アーティファクトの力に溺れた者が破壊活動を行っているのだ。


「オラオラ、どうだ俺のアーティファクト《サイクロン・グレネード》の力はよお!」


人々がいるにも関わらず、危険なアーティファクトの力を解放する若者、その目には明らかな憎しみの感情が映っていた。


彼には生まれつき魔力がほとんど無かった。

そのために、家族からは疎まれ、周囲の人間からはバカにされ続けてきた。


やがて、彼は自分自身の力、それ以上に人間そのものを信じることが出来なくなってしまった。


魔法技術に依存する社会の歪みが、彼をこのような悪の道へと駆り立てたのだった。


「これ以上街を壊されたく無かったらさっさと二億円用意しやがれ!ロクに魔力のねえ俺でも魔法の道具を使えば、これくらい出来るんだよ!俺をバカにした社会をブチ壊してやるぜえええええ」


その時だった。どこからか、ただならぬ迫力を感じさせる声が聞こえてきたのは。


「全く、そのような魔法の道具の力を借りて、強くなった気になり、悪事に手を染めるとは、どうしようもない愚か者だゾ。どうして、己の筋肉を信じなかったのだ?」


「なっ、何者だ!」


声の方向に目を向ける若者、その視線の先には、たくましく、しかし美しさを感じさせる鍛え上げられた体を持つ1人の男が立っていた。


「俺の名は、筋肉兄貴。魔法技術を使って悪事を働く人間に、筋肉の力だけで制裁を下す、筋肉の使者だ」


筋肉兄貴。

魔法技術に対抗できるほどの筋肉を持つ者が集められる、筋肉戦士養成機関である体育科高校に特待生として入学を決めた、筋肉の救世主である。

ちなみに、筋肉戦士とは、魔法技術やアーティファクトの力を悪用する者たちに筋肉の力で制裁を加える、愛と正義の使者である。


「筋肉の力だと、そんなもので何が出来るっていうんだよ!」


「筋肉の力があれば、魔法に頼らずとも、何でも出来る。それに、お前は、乏しいとはいえ、少しは魔力を扱う才能があるようだ」


だから何だというんだ、と若者は思った。

今までにも、このような言葉を掛けてきた人間はいくらでもいたからだ。

どうせこいつも心の中では俺の事をバカにしている。今までの経験から、そう考えた。


「それにお前は、魔力を全く持たずアーティファクトすら使えない俺とは違う。お前なら、筋肉とアーティファクトを併用して、幾らでも社会に貢献出来るだろう」


「口だけデケえ筋肉バカめ!俺の《サイクロン・グレネード》で、その説教臭え口を黙らせてやるぜ!」

若者は、兄貴の言葉に凄まじい苛立ちを感じていた。彼は、自分の魔力が乏しいことに対して、安っぽい同情を掛けられるのが、一番嫌いだったのだ。


アーティファクトの力を解放する若者。

その瞬間、爆音と共に、砂煙が舞い上がる。


《サイクロン・グレネード》を生身の人間が食らえば、命は無い。

あいつも所詮口だけの偽善者だった、若者はそう思った。

しかし、砂煙が消えた時、たくましく野太い声が響いた。驚くべきことに、兄貴の身体には傷一つ無かった。


「そんなもん、効かねえよ」

その言葉を聞いた時、若者はただ驚愕した。


「なっ、なんだお前、身体強化魔法でも使ったのか、それとも、強力なアーティファクトの力か!」


「俺には一切魔力が無い。俺は魔法もアーティファクトも使えん。これはただの筋肉の力だ」


「なっ、なんて、奴なんだ……」

それ以上、何も言葉に出来なかった。

生身の人間にこれほどの力があったという事実が信じられなかったのだ。


「生まれつき、魔力の無かった俺は、生まれてすぐに親に捨てられ、自らの筋肉だけを信じて、これまで生きてきた」

突然黙り込む兄貴。

何やら、物思いにふけっているようだった。


しかし、再び自らの生い立ちを語り始める。

「そして、体育科高校に特待生として入学を決めたのだ。あそこは、己の筋肉を信じる者ならば、誰でも受け入れてくれる。魔力の無い俺でさえもだ。どうだ?お前も自分の筋肉を信じて、体育科高校の一員にならないか?」


「なっ、まさか、お前が噂の体育科高校の特待生か!悪いけど、俺は一線を超えちまったんだよ!今さら、更生する気なんてねえ!あんたには勝てねえかもしれないが、こうなったら逃げ……」

「られると思ったら、大間違いだゾ」

気がつくと、若者の周囲に、兄貴と同様に鍛え上げられた肉体を持つ3人の男が現れていた。


「うわああああああああ!なんなんだ!こいつらはああああ!」

絶叫を上げる若者。


「そいつらは、俺の元で日夜欠かさず鍛錬に励んでいる体育科高校の愉快な仲間達だ」

ゆっくりとにじり寄って来る男達、若者は恐怖のあまり何も出来ず、瞬く間に体を拘束されてしまった。


「お前に筋肉の素晴らしさを教えてやる、喰らえ、肉体奥義、《男の饗宴》。見とけよ、見とけよ〜」


宣言するやいなや、助走をつけて若者に向けて突進して来る兄貴。

その姿はさながら筋肉の暴走機関車だ。


凄まじい速度で猛進してくる兄貴の筋肉隆々とした肉体。


もし、あんな太くて硬いので殴られたら……。

若者は、怯えながらも、それを美しいと感じてしまっていた。


ああ、こいつには勝てねえ、俺とは人生も筋肉の重みも違うんだ。

心の中でそう呟くと、若者は目をつぶった。

彼は既に己の敗北を察していたのだ。


刻一刻と近づいて来る筋肉の塊。

もし、若者が目を開けていれば、その様子はきっとスローモーションで見えただろう。

そして、兄貴の肉体が若者に接触したその瞬間、凄まじい爆音と閃光が発せられた。


「アッーーーーーーーーーーー!」

若者の断末魔の叫びが街に響き渡る。

だが、その声は、決して苦しみや恐怖だけでなく、明らかな快楽の色を含んでいた。


「うおおおおおお!流石だぜええええ!兄貴ぃいいいいいいいい!」

筋肉兄貴の愉快な仲間達が、歓声を上げる。


彼らの周囲では、赤い炎が上がっていた。

兄貴の筋肉から発せられたエネルギーによって、空気が燃焼してしまったのだ。


若者は、自分の身に起きた事の凄まじさのあまり気を失っていた。しかし、なぜかその表情は晴れ晴れしく、心なしか微笑んでいるように見えた。


「お前は、これから体育科高校に連行されて、取り調べを受けることになるゾ。俺が、男の世界を教えて、心身ともに美しく更生させてやるから、期待しとけよお」

放心状態となり倒れている若者に向かって、そう告げる兄貴。

それは、厳しさと優しさの両方が込められた言葉だった。




「それにしても、こいつなかなかいい身体してるじゃねえか……」

若者の体を舐めるように見回した兄貴は、そう呟いた。


















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