氷の人魚

モンスターなカバハウス

第1話

とある山の中、一年中雪が降り積もる村がありました。

その村ではなぜか村の住人すべてが一人の女の子に冷たくしています。

唯一、女の子のおばあちゃんだけが優しくしてくれていました。


他の子供達は誰も女の子を遊びに誘いません。

他の大人達は誰も女の子に話しかけません。

女の子が話かけても相手にしてくれません。

女の子の相手をしてくれるのはいつも優しいおばあちゃんだけでした。

家にいる間はおばあちゃんが面白い話で楽しませてくれます。

動く雪だるまのお話、空飛ぶトナカイのお話、冬の妖精のお話。

女の子にはどれも眩しく、何度聞いても飽きないお話ばかりです。

ただ一つだけ、おばあちゃんのお話の中でとても悲しいお話がありました。


そのお話とは

「昔、この村にも雪が降っていなかった遠い昔、山の湖の中には人魚がたくさんおりましたとさ。でも村の女達が人魚の美しさに嫉妬し、人魚を一人残して全員殺してしまいました。生き延びた人魚は悲しみ、怒り、村に雪が降り続ける呪いをかけました。生き残った人魚はもう人間と関わるのを辞め、氷の中に閉じこもってしまいましたとさ」


女の子は疑問に思います。

なぜこのお話だけこんなに悲しいのかと。


「さぁね、でも私はこのお話が好きでね。つい話たくなってしまうのさ」


そしてこのお話だけ最後に必ず


「もしも氷の人魚にあってしまったらすぐに逃げるんだよ、あれは見てはいけないものだから」


女の子はおばあちゃんのお話を聞くのが大好きです。

ただおばあちゃんは目が見えません。

一緒に外で遊んだりとかはできません。

女の子は外にいる間はいつも一人で過ごしていました。


外で毎日毎日一人で過ごす日々。

女の子は次第に考えるようになりました。

なぜ、誰も一緒に遊んでくれないのか。

なぜ、誰も私と話してくれないのか。

おばあちゃんに聞いても少し困った顔で


「お前が綺麗だからだよ」


としか言いません。

女の子は考えます。

そんなわけない。

本当に綺麗なら皆遊んでくれるはず、話しかけてくれるはずだと。

目の見えないおばあちゃんに私が綺麗かどうか分からないと。

女の子は考えます。

綺麗なら皆遊んでくれるはず、じゃあ綺麗じゃなかったら?

女の子は考えます。

村の皆が冷たいのは私が綺麗ではなく、自分が醜いから?と

一度疑問に思うとそうとしか思えなくなっていきます。

おばあちゃんだけが優しいのは目が見えないから、他の皆は私の顔が見えている。この醜い顔を


女の子は確信し、そして困りました。

皆と仲良くするためには綺麗になる必要があるのに綺麗になるために必要なものが何も無かったからです。

一年中雪が降るこの村は決して裕福ではありません。

化粧に必要な道具、鏡はこの村では貴重品です。

鏡が無ければ自分の顔の何処がいけないのかが分かりません。

化粧道具が無ければ自分の顔の醜いところが治せません。

女の子は化粧道具、鏡等の存在をおばあちゃんから聞いてはいても見たことすらありません。

女の子は考えます。

ですがどうしても綺麗になる方法が思いつきません。


なんで、どうして


女の子は考えます。

綺麗になれないならどうしたらいいのか。

村の外にいけばもしかしたら遊んでくれる人がいるかもしれない。

思い立ったが吉日、おばあちゃんに黙って村の外に出かけていきました。

ですが、女の子は村の外には出たことがありません。

道も分からなくなり、寒さで凍えそうです。

来た道を戻ろうにも天気も悪くなり、吹雪となってきています。


どこかで吹雪をやり過ごせないかな?


女の子が迷いながらも歩いていると目の前に大きな洞窟が出てきたではありませんか。

ここなら、吹雪も届かないし、外よりは暖かいはず。

そう思い女の子は洞窟に入っていきました。

女の子は驚きました。

その洞窟の中はすべてが氷で出来ており、透き通っていたからです。

それは女の子は見てきたどんな景色よりも美しく、綺麗なものでした。

そのあまりの美しさにしばらく魅了されていたら、一つだけ特に透き通っている壁を見つけました。

そして驚きます。

その氷の壁の中には自分と同い年ぐらいの綺麗な女の子が立っていたからです。


「あなたは誰? どうしてこんなところにいるの?」


女の子は話しかけます。

そしてなんと返事を返してくれています!

ですが凍りの壁のせいか声はこちらに届きません。

こちらが話しかけると向こうも口が動いているのだけは分かります。

それでも女の子にとっておばあちゃん以外で初めて自分の相手をしてくれる女の子です。

女の子は嬉しくなり、氷の壁に手を伸ばしました。

そうすると氷の壁の向こうの子も同時に手を伸ばしてくれるではありませんか!

こちらが笑いかけると向こうも笑いかけてくれます。

氷の壁越しの奇妙な友人。

女の子にとって初めての友達。

初めて自分の目を見てくれる友達。

そして少女はおばあちゃんの人魚の話を思い出しました。


「あなたが氷の人魚さんかしら?」


そうだ、そうに違いない。

だってこんなにもこの子は綺麗なのだから。

私と違って。

しばらく初めての友人と遊んでいると外の吹雪も止み、女の子は帰らなければいけなくなりました。


「また明日も来るから」


そう言って手を振ると向こうも手を振ってくれています。

とても楽しい一日を過ごした彼女は今度は迷わずに村へ戻りました。

家に戻ったらおばあちゃんが聞いてきました。


「今日はいいことでもあったのかい?」


嬉しい様子が分かったのでしょう。女の子は答えます。


「内緒!」


氷の中の女の子の話を信じてくれるわけがない。

それにあそこは私とあの子だけの特別な場所。

私の初めての友達との場所。


それからというもの女の子は毎日氷の洞窟に遊びに行きました。

村の皆は相変わらず女の子には冷たくしていますが、家ではおばあちゃんが、外では氷の中の『人魚さん』が遊んでくれます。

女の子は次第に自分が綺麗かどうか、村の人と遊ぶにはどうしたらいいかと考えることが無くなりました。


やがて時は立ち、女の子は少女から大人の女性へと大きくなります。

するとどうでしょう。

村の対応は相変わらずですが、一部の男達が女の子へ話かけるようになっていきました。

女の子は思います。

何をいまさら。

私にはおばあちゃんと『人魚さん』さえいればいいと。

ただ、最近はおばあちゃんもすっかり年老いてしまい、もうほとんどお話をすることも出来なくなってしまいました。

女の子は家にいることが少なくなり、『人魚さん』に会いに行く時間が増えていきます。

あの子だけは私を見てくれる。

あの子だけは私と一緒にいてくれる。

『人魚さん』はあんなに綺麗なのに私だけの友達。


そんなある日この村に旅人が訪れて来ました。

女の子が生まれて初めて目にした外から来た人間でした。

旅人は珍しいものをいっぱい持っており、一晩の宿代にと村の住人に配っていました。

村の住人はご機嫌になり、旅人を歓迎し、宴会を開きました。

そして今まで女の子を無視してきた村の人達がこの旅人をもてなすように言ってきました。

何で私がとは思うものの、外の話にも興味はあるので仕方がなく旅人の隣でもてなすことにしました。

旅人は言います。


「あなたはとても綺麗な人ですね」


女の子は嫌な気持ちになりました。

自分が本当は醜いはずなのに嘘を言われたからです。


「私は綺麗ではありません」

「そんなことないさ、一目ぼれってやつだよ。僕のお嫁さんになって一緒に旅をしてみないかい?」


少女は怒りました。


「私をからかわないでください」

「からかってなんかいないさ、これでも裕福な方なんだ。ほらこれを見てごらん」


旅人は服のポケットの中から小さな板を取り出し、それを女の子に見せます。

女の子は驚きました。

なんとその小さな板には『人魚さん』がいたからです。


「すごいだろ。こんなに小さな『鏡』が最近出回っているんだ。欲しいならプレゼントするよ」

「これが『鏡』なわけがありません、『鏡』は自分を映すものでしょ?」


だってこれには『人魚』さんが映っている。

ですが旅人の発言が女の子にかかっていた魔法を溶いてしまいます。


「おや。『鏡』を見るのは始めてかな? 確かに普通は全身を映すぐらいの大きさだからね、こんなに小さいと本当に鏡なのかって思ってしまうかもね」


聞きたくない


「でもほら、ちゃんと『キミ』の綺麗な顔が映っているだろう?」


女の子はその場から走って逃げ出しました。

嘘だ、ありえない。

だって『人魚さん』はいつも私を相手にしてくれてた。

一緒に遊んでいた。

声は聞こえないけどお話もした。

女の子は走ります。氷の洞窟へと走ります。

そして辿りつき女の子は絶望しました。

そこに映っていたのは彼女自身だったからです。

彼女は気づかないようにします。

今まで彼女が『人魚さん』と言っていたのは氷で出来た鏡に映った自分の姿を。

笑いかけたら笑いかけてくれる。

話しかけたら声は聞こえないけど話しかけてくれる。

手を伸ばしたら手を伸ばしてくれる。

目を見たら相手もこっちの目を見てくれる。

それは当たり前なのです。だって『鏡』なのだから。


女の子は気づけません。

村の人達が冷たかった理由は彼女が綺麗だったからと。

女の村人達が自分の男が取られると思って男達に無視するようにいいつけていたのを。

子供達も親に関わらないよう言われていたことなど。

自分が綺麗だから嫉妬されていたなんて。

「あの子供は化け物さ。だってあんなに綺麗なのはおかしいわ」

「大人になったら村の男を誑かして外に連れて行くに違いない」

「殺さないだけありがたく思ってくれなきゃね」


女の子は走って村に戻ります。

おばあちゃんに聞けばきっと本当のことが分かるはずだと。

例え『人魚さん』が消えてもおばあちゃんさえ居てくれればいいと。

女の子は家に戻り、おばあちゃんに話しかけますが、おばあちゃんは何も答えません。

女の子は気づいてしまいます。

おばあちゃんが亡くなっていることに。

思えばおばあちゃんは最近何も話さなくなっていたっけ?

女の子は気づいてしまいます。

自分が『人魚さん』と遊ぶようになってから自分が狂ってしまったことに。

おばあちゃんがいつ死んだかもわからない程に。


女の子は気づいてしまいました。

もう自分に残されているのは『人魚』さんだけだと。

だけど自分とは遊べません。自分自身とは友達になれません。

鏡に映った自分自身が友達という魔法が溶けてしまった今は。

だからちゃんとした『人魚さん』を作らないといけません。


そして女の子は旅人のところに戻りました。


「突然どこかへ行ってしまったけど大丈夫かい?」


と旅人は心配してくれています。


「すみません、少し用事を済ませて来ました。ところでちょっと私と出かけませんか?」


魔法を溶いてくれたこの旅人さんをまず友達にしよう。

村の人達も全員『人魚さん』になれば仲良くなれるよね?


その後、とある山の中、雪が降り積もる村でとある美しい女性と出会うと氷付けにされ、とある洞窟で人魚にされるという噂が広がります。


「氷付けにされるまでは分かるけどその後に人魚にされるってのはどういう意味なんだろうね? 雪女じゃなくて?」

「どうなんだろうね、氷付けにされた人は皆『人魚さん』にされるらしいから氷の人魚じゃないかな?」


もしも氷の人魚にあってしまったらすぐに逃げるんだよ、あれは見てはいけないものだから

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