第16話 種明かし

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 二階の部屋に行くと千代さんはいつものように紅茶を用意して待っていた。いつもと違うのは紅茶が冷たいことくらいか。


「それでは、紫花の質問に答えていこうか」


 俺と千代さんは向かい合ったソファーにそれぞれ座る。俺は頭の中を整理しながら口を開いた。


「えー……一番気になるのは、どうやってあの女性とアポを取ったかですね」

「簡単だよ。あのターゲットに電話したんだ」

「そ、それだけですか?」

「あぁ、依頼主クライアントに仕掛けをしてもらってね」

「仕掛け……ですか」

「まず、依頼主クライアントがターゲットに浮気の話題を持ちかける。その時に依頼主クライアントが私に連絡する。ここまではいいかな?」

「はい、大丈夫です」

「それで私は連絡が来てから少し時間を置いて、あらかじめ依頼主クライアントから教えてもらったターゲットの電話番号にかけた。するとどうだろう。浮気云々うんぬんで盛り上がっている奥さんに電話がかかって来るわけだ」


 千代さんは紅茶で少し口を休めた後、種明かしを再開する。


「奥さんは知らない番号からかかってくるから当然出ない。だが、夫である依頼主クライアントがなぜ出ないと問えば、出ざるを得ないだろう。出ないと怪しまれるしね」

「それで、何て言ったんですか?」

「あなたは本当に浮気しているのですか? ってね。依頼主クライアントが相談に来たとき、どうも奥さんのことを勘違いしているようだったから」


 だからって、開口一番でそんなこと言ったら軽くホラーだろう……。


「電話越しに息を飲むのがわかったよ。それで、日時と場所を伝えて切ったんだ」

「……ありがとうございました。それじゃ次は、何であの女性は心を開いたんですか? 普通なら警戒するでしょう?」

「簡単さ。コールドリーディングをしたんだ」


 聞き慣れない単語が出てきた。


「端的に言えば、誰にでも当てはまる事を言って相手を信じさせるわざだね。説明は面倒くさいから自分で調べてくれ」


 ……疲れてきたのか説明が雑になって来た。


「コールドリーディングで相手を信じさせ、ミラリングで自分に好意を持たせる。そして、悩み事を聴く姿勢を見せればペラペラと話す様になるよ」


 必ずでは無いけどねと小さく付け足した。


「やってることは詐欺師みたいですね」

「まあ、その点については否定はしないよ」


 お互いに苦笑いをする。


「それで結局どうなったんですか?」

「それが、奥さんは結婚記念日を祝う為にパートをしていて帰りが遅くなっていたんだ。依頼主はそれに気付かず、浮気しているのではと疑った。奥さんは言うに言えず、記念日を忘れている依頼主に苛立っていて、厄介な事になったらしい」

「……人って面倒くさいですね。」

「君ほどでは無いと思うが?」

「……否定はしません」


 千代さんはふぅと息をはいてソファーに沈んだ。これで全て終わったという感じだ。


「あ、千代さん。今回のバイト代はいらないです」


 それを聞いた千代さんは「どうしてだ?」と目で語る。


「今回はただコーヒー飲んでただけですから」

「そうか。ではバイト代の代わりに私の花畑を案内しよう」


 千代さんはそう言うと立ち上がり、俺を見下ろす。俺が立つのを待っているみたいだ。


「いいんですか?」

「あぁ、特別招待だ」


 千代さんはとても嬉しそう部屋を出て行く。



 花畑は屋敷の裏にある。初めてここに来たときに見せてもらった花畑だ。

 花畑は奥に向かって緩やかに低くなっている。屋敷が丘の上に立ってるから当たり前か。花畑の中と周りには土で固められた道があった。

 千代さんは花畑の中をゆったりと歩いて行き、俺はその後を付いていく。

 そこで不思議な花が俺の目に止まった。


「千代さん、この花はなんて花ですか?」

「あぁ、これはアリウム・ギガンチウムだ」


 その花は小さな紫の花が集まって、丸い形になっている。花っぽくない花だ。


「これはちょうど今が見頃かな」


 千代さんは愛しそうに花を撫でる。


「これは私が植えたんだ。大きくなってくれて嬉しい限りだよ」


 その顔はとても優しかった。……瞳が悲しそうなのは気のせいだろう。


「他にも紫陽花あじさい百合ゆり下野しもつけなどが見頃だ」


 青紫、白、ピンクと順に目に入る色が変わっていく。

 千代さんは花畑を一周すると、屋敷を見上げながら話し始めた。

「紫花、君は私の事をどう思っている?」

「ど、どうって……」


 陽射しのせいか、体温が一気に上がる。


「恐らく君は、私の事を令嬢だと思っているだろう。住んでいる家がこんなだしね」


そう言う『思い』か……。なぜか少し安心した。


「違うんですか?」


 実際、俺は千代さんをお嬢様だと思っている。


「私は令嬢などでは無い。この家は安く買ったんだよ」


 俺はその言葉に少なからず動揺する。


「な、何でですか?安いって言っても普通の家よりは高いでしょ?」

「そうだな……だが……罪滅ぼしのため、かな」


いつか聞いた言葉がよみがえる。


「一つ教えて、一つ忠告しておこう」


 千代さんは俺を――いや、俺の目を見る。


「恵は過去の記憶が一部無い。解離性の記憶障害だ」

「なっ……」


 解離性の記憶障害に限らず、記憶障害は強いショックが原因だ。……つまりはそういうことだろう。


「そして忠告だが……いや、何でもない。……忘れてくれ」


 千代さんは俺から目をそらすと屋敷に向かって歩き出した。

 千代さんは何を忠告しようとしたのか。彼女の過去には何があったのか。聞きたいという衝動が首をもたげたが、どうにか押さえる。


「そんじゃ、俺はここらで帰ります」


 そのせいか、声も低くなってしまった。


「あぁ、また来るといい」


 千代さんはそれだけ言うと、屋敷に入っていった。

 俺は自転車に乗り、家を目指す。本格化してきた夏の陽射しが俺を焼いた。

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