第15話 おしゃべり

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 ……ヤバい。そう、あの年頃の女の人は、一度しゃべり出すと止まらない。井戸端会議と長電話がいい例だ。

 それだけなら何ら問題ないのだが……コーヒーを飲むペースが早すぎた。おかわりも百円で出来るみたいだが、この店にこれ以上金を払いたく無い。

 かと言って、コーヒーを飲まずボーッとしていれば怪しまれる。ど、どうする……。

 千代さん達を見ると楽しそうに談笑していた。あぁ……女性の足も千代さんの方に向いてるよ……。

 一時間……もしかしたら二時間かかるかもな。俺はガックリうなだれる。

 とりあえず今は観察をと思い、重たい頭を持ち上げようとする。すると上から声をかけられた。

 驚いて見上げると、そこには草太郎がいた。


「よっ、陽介。こんなとこで何してんだ?」


 片手を挙げながら挨拶してきた。


「いや、まぁ……草太郎は?」


 答えることがはばかられるので、質問に質問で返す。


「俺はここに良く来るんだ」


 そうなのか……。やっぱり俺はここに二度と来ないと心に決めた。


「店も混んできたし、相席させてもらうぞ」


 そう言って草太郎は俺の正面に座る。私服もオサレだなー……。黙っていればカースト上位にいるだろうに。


「すいませーん。アイスコーヒー下さい」


 草太郎が頼んでいる間にチラッと千代さん達を見る。

 ……まだ話しているよ。でも女性の方が一方的にしゃべっていて、千代さんは少しゲンナリしている。頑張って!

 運ばれたアイスコーヒーを飲みながら、草太郎が口を開く。


「なぁ陽介、妹って最強だよな」


 いきなり何言ってんだ。


「こう、上目遣いで『お兄ちゃん』って呼ばれたいよな」

「妄想を垂れ流すのは一人の時にしろ。それと、その願いが叶うことは無いから安心していい」

「陽介、世の中には『挨拶したら友達』って名言がある。つまり、挨拶の回数を重ねれば兄妹きょうだいが出来るって訳だ」

「どういう訳だよ。お前、順接って知ってる? 知らないよな? 『つまり』は順接だぞ」


 こいつの頭、どうなってんだ? 俺が軽く恐怖を覚えている間も草太郎は続ける。


「妹ってのはな、血が繋がっている女の子だぞ? 興奮しないはず無いよな」


 こいつはシスコンより、妹萌えって感じかな……。シスコンなら姉も対象だと思うし。


「興奮するのはお前だけだ」


 熱く語る草太郎を冷たくあしらう。

 そのあとも草太郎の熱弁は続いた。



 それから一時間。俺はグッタリ、千代さんは顔に表情が無い。開いた口から魂が抜けてそうだ。お互い頑張ろう!


「草太郎、お前ってそんなに話す奴だったっけ?」


 草太郎の言葉をまるっと無視して、俺の質問をぶつける。


「へ? 何で?」

「いや、前の猫探しの時はあまり口数が多くなかったから」

「あぁいや俺、女の人の前だと緊張しちゃってさー」


 見た目と言動の差が激しい。


「ま、お前はそれくらいの方が良いと思うけどな」

「だろ!? そん通りだ陽介。つまりこれは仮の姿。世を渡るには、俺の真の姿を隠さないといけないからな」


 眼鏡を人指し指で押し上げながら言う。


「中二病……だと?」


 妹萌えの上に中二病とか……。キ、キャラが濃すぎるよぅ……。


「お前、すごいな」

「いやー、そこまですごくないって言うかー、大したことじゃねぇよ」

「いや、褒めてねぇから」


 あきれて草太郎から視線を外すと、千代さん達はそろそろ終わる頃だと分かる。


「んじゃ、俺行くわ」


 そう言って席をつ。


「おう、またな」


 爽やかに草太郎が言った。……なんかムカつく。

 俺はレジで会計を済ませると店から出て、少し離れる。千代さんも俺を見ていたのか、俺の後から女性と一緒に出てきた。

 女性はしきりにお辞儀をした後、去って行った。

 これで終わりかと思い、顔を後ろに傾けると首と肩が凝っていることを実感する。

 千代さんが近づいて来た。


「お疲れ。どうだい、観察は出来たかな? 途中でハプニングがあった様だけども」


 ハプニングとは草太郎のことだろう。


「まぁ観察は出来ましたけど、千代さんに聞きたいことが山ほどあるんですが」


 ジトーっとした目を千代さんに向ける。


「ま、まぁ、その事は私の家で話そう。一旦お別れだ」


 あ、逃げた。千代さんは何で来たのだろうか。あの距離ならバスかな。車は持って無いだろうし。

 そう思いながら千代さんの背を見ていると、腹が鳴った。うーん、食べている時間も無いし、今日は昼抜きかな……。



 屋敷に着いて門をくぐると、何やらいい匂いがする。その匂いに反応したのか、腹がまた鳴った。


「おじゃましまーす」


 屋敷に上がり、そう言うと


紫花しばなー、ちょっと手伝ってくれー」


 廊下を少し進んだ右の部屋から、千代さんの声が聞こえて来た。

 その部屋は大きなテーブルと台所があった。恐らくここが食事をする部屋なのだろう。

 千代さんはエプロンをして台所に立っていた。


「千代さん何やってんですか?」

「見れば分かるだろう。紫花はお腹が空いたか?」


 千代さんはこちらを見ずに言う。


「めっちゃ空きました」

「ふふ、まぁ私もお腹が空いているが……。唐揚げは好きか? 昨日の揚げていない分を使うが、勘弁してくれ」

「い、いえ。それに唐揚げは好物です」


 千代さんは「よかった」と小さく言うと、鶏肉を揚げ始めた。


「ご飯は炊飯器に朝の残りが入っている。適当な茶碗に入れればいい」

「わかりました。千代さんは食べますか?」

「頼む。多くなくていい」


 俺は二人分の茶碗を棚から取り出す。棚には高そうな食器がたくさんあった。

 保温されていたのだろうか、炊飯器の蓋を開けると湯気が漂う。米をよそって、テーブルに置く。唐揚げも出来たみたいだ。


「さぁ食べてくれ。口に合うといいが……」


 千代さんは心配そうに俺を見る。

 俺は唐揚げを口に放って咀嚼そしゃくする。一日漬け込んだお陰か、味が良く染みていた。

 唐揚げを食べてご飯を食べる。その様子を見た千代さんは破顔して、自分も箸を動かし始めた。



「ご馳走さまでした」


 全て腹の中におさめた後、手を合わせてそう言う。


「ふふっ、よく食べたね。私も嬉しいよ」


 千代さんは満足そうに言うと、皿を片付けようとする。


「お、俺がやります。千代さんは休んでて下さい」


 さすがの俺もやられっぱなしだと居心地が悪いので申し出た。


「そうか、それではお願いするよ。私は二階で待っているから、終わったら来てくれ」


 そう言って千代さんは部屋を出ていった。俺は手早く食器を洗って、乾くように立て掛けておく。

 さて、この後は尋問……じゃなくて質問タイムだ。

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