第14話 彼女は何を語るのか

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 時刻は午前九時。俺は目的の喫茶店へ自転車を走らせている。

 待ち合わせまで一時間ほど余裕があるが、決して楽しみな訳では無い。

 駅までの道のりは大通りを真っ直ぐだ。ちなみに俺の住んでいる県は交通事故が多いことで有名。

 公道がいていると百キロ出したりすることは、もっと有名。海無し県で周りは山ばっかり。かろうじて南部が関東平野に入っている。

 駅指定の駐輪場に自転車を止める。喫茶店で千代さんと合流だ。

 この駅には商業施設が併設へいせつしているので、まぁまぁ賑わっている。だが、日曜日ということを考えると少ない。

 喫茶店へ向かうと千代さんが壁に寄りかかって待っていた。もう来てるのかよ……。

 緑が強めのカーキ色のワンピースで、落ち着いた雰囲気の装いだ。スラと長い手脚は夏の陽の下でも透き通るように白い。

 声をかけずにしばらく見ていようとも思ったが、待たせるのも悪いので近付く。


「こんにちは、千代さん。待ちましたか?」

「三十分程待ったかな」

「そ、そんなに早く来たんですか?」


 え、ひょっとして俺と会うのが楽しみ……


「あぁ、こうして道行く人達を観察するのは楽しいからね」


 ……な訳ではなかった。当たり前か。


「まだ時間ありますけどどうします?」

「そうだな……そこのドーナツ屋で時間を潰そうか」


 そのドーナツ屋は駅の一階にある。改札口とかホームは二階だ。一階には他にもコンビニ、マク〇ナルドなどがある。


「そうですね。そんじゃ行きましょ」


 俺らは店に入り、ドーナツの支払いを済ませて窓際の席に並んで座る。

 この椅子の幅、少し狭いよ……。そのせいでいい匂いが鼻をくすぐる。何で女の人はいい匂いするの?

 千代さんはドーナツを美味しそうに食べている。もしかして甘いものが好きなのか?

 呑み込む時に白い喉が上下するのがとてもなまめかしく思えて、目を外へと向けた。

 日曜日だからだろうか、リア充達が目につく。お前ら、楽しそうにイチャコラするな‼

 腕を組んで歩くカップルや、人前なのに恥ずかしげもなく抱き合う男女。

 そんな光景を見せつけられたらメシマズだが、女が男を平手で叩いて別れるところを想像すればメシウマだ。

 そんなことを考えながら外に目を向け観察していると千代さんが口を開いた。


「君は……過去の出来事に縛られたことがあるかい?」


 突然の言葉に体が強張り、千代さんの方を向く。


「少なくとも私はそうだ。……未だに縛られている。いや、縛られることで安心しているのかもな……」


 そう言った千代さんは外に目を向けているが、どこか遠いところを見ている様だ。


「すまない、つい言ってみたくなった。気にしないでくれ」


 彼女は俺を見ると笑った……口元だけ。


「……俺だって縛られてます。いや、大半の人がそうだと思います。縛られることは悪いことじゃない、縛られていることに気づかない方がたちが悪い」


 いつだって過去のトラウマに悩まされ、でもそのお陰で今の俺がいる。この俺を、俺は否定しない。


「ふふっ、ありがとう」


 別にお礼を言われるいわれはない。


「……一般論です」


 それだけ言って俺もドーナツを食べる。まぶされた砂糖はとても甘く、生地の味が解らなかった。



 適度に時間を潰して喫茶店の前で待っていたら時が来た。


「恐らくあの人だ。ではここからは別行動だね。君は後から店に入ってくれ。頼りにしているよ」

「うっす」


 そう言って俺は千代さんから離れる。さーて、一仕事やりますか。

 千代さんに近づいた女性は三十代後半に見える。

 腕時計、ネックレス、カバン……どれを取ってもいい値がするのは俺でも分かった。

 千代さん達が店に入ったのを見て俺も入る。俺は通路を挟んで、千代さんの左斜め後ろに座った。

 ここなら声も聞こえるし、ターゲットの観察も出来る。いい所に座れたな。

 喫茶店の内装はシックな雰囲気で、他の客もどこかオサレだ。……これがバイトじゃなかったら絶対来ないな。

 何も頼まないのは不自然なのでコーヒーを頼む。……ねぇ、何でコーヒー一杯で三百円も取られるの? ここだけバブルなの?

 千代さん達を見ると、女性は手を硬く握って膝の上に置いている。手を握るのは相手に心を開いていない証拠だ。それに手を相手に見せないとなれば尚更なおさら

 また、足は斜めになっている事から、早く帰りたいとでも思っているのだろう。

 そう言えば、千代さんはこの人のアポをどうやって取ったんだ?うーん、後で聞かねば……。

 ウエイトレスさんが俺にコーヒーを出すと、続けて千代さん達の所にもコーヒーを出した。千代さんは振り返りこっちを見てウィンクしてくる。

 それは反則でしょ……。まぁいい。今は観察に集中だ。

 千代さんと女性が何か話している。店のBGMがうるさくて聞こえない。何だよ、砂糖とミルクがランデブーって……。コーヒーはランデブーしないのかよ……。

 そのせいで所々しか耳に届かない。

「あな……最近……と……ですよね?」


 千代さんが話しても女性はうつむいたままだ。


「そうだ……あなたは……だ。恐らく……でしょう?」


 千代さんがそう言うと女性はガバッと顔を上げ、千代さんを見る。千代さんは『掛かった』って顔をしてる。一体何を言ったんだ?

 それからは千代さんが何か言う度に女性は驚き、千代さんに心を開いていく様子が良く分かった。

 何を話したらああなるんだ? 脅しをかけた風でもないし。

 それに千代さんはさっきから、いわゆるミラリングをやっていた。

 ミラリングとは、相手の行動を真似まねることで相手に好感を持たせる技術だ。

 女性の表情も明るくなり、会話も弾んでいるみたいだ。ここでふと嫌な予感が頭をよぎる。

 まさかとは思うが、恐らく相手は三十路みそじを過ぎた女性だ。起きてもおかしくない……。

 俺はカップに入った液体に映る自分の顔を見ながら思考を加速させた。

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