第13話 名前はポチ(犬じゃないよ猫だよ)

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「ニャー」


 ポチが草太郎の膝の上で退屈そうに鳴く。

 俺たちはカウンセラー室で今後について考えていた。


「この猫の巣はあの神社。そこで他の動物に襲われたから巣を離れて学校で療養りょうようしていた……というところかな」


 千代さんは俺らが帰って来る頃に来た。そしてポチを見ながらそう推測した。


「ニャー」


 ポチがタイミングよく鳴く。


「やっぱり、瓶子くんが飼うのがいいんじゃない?」

「咲も同感じゃ」


 茜は自分の膝のうえに石蕗つわぶきを乗せている。石蕗も諦めたのか座り心地がいいのか、そこに落ち着いていた。

 ちょっと君達くっつき過ぎですよ。


「いやー飼いたいのは山々なんだけど、うちじゃ飼えないんすよ。母さんが猫アレルギーなもんで」

「陽介くんは? この子も懐いているみたいだし」

「いや、俺は……俺も猫アレルギーなんですよ」


 先生とポチにジトーっとした目を向けられる。いや、ポチって……。こいつは元々ジト目だからか……。


「と、とにかく俺も飼えません」

「どうしましょうね~。さすがにこの部屋で飼う訳にもいかないし……」


 先生は部屋を見回して言う。


「なら私が飼おうか? 敷地も余裕があるし、何より私は大丈夫だ」


 千代さんがそう言った。まぁあの屋敷なら大丈夫だよな。


「ほ、本当ですか!? その、押し付けたみたいでアレですけど……よろしくお願いします」

「あぁ任せてくれ」


 千代さんは微笑んでポチを自分の膝の上に乗せた。背中を撫でながら語りかける。


「今日から私が君の飼い主だ。よろしく頼むよ」


 ポチは喉をゴロゴロ鳴らして気持ち良さそうだ。


「ところで瓶子へいし君、一つ確認したいんだが、この子の名前は?」


 千代さんは言外に本当にポチという名前でいいのかと聞いている。


「あぁ、そいつの名前はポチですよ」


 やっぱり変わらないんだ……。



 今日は土曜日だ。土曜日って本当に幸せ。一日中ぐーたら出来るし、次の日も休みだから夜更かしだって出来る。

 まぁ休みと言っても、寝るか本読むかゲームするくらいだけども。

 だがリア充達はバカの一つ覚えみたいに休みの日は友達と遊ぶ。これだからリア充は……。

 休みなんだから休めよ。何で休みなのに友達と会うの? 疲れるだけじゃん。つまり友達がいない俺は、真に休みを謳歌おうかしている存在であると言えるだろう。やったリア充に勝った……。

 俺が勝利の余韻に浸っていると、俺のスマホが着信を知らせる。知らない番号だ。放っておこう。

 …………まだ鳴ってる。一分以上鳴ってるんじゃない? 出てみるか……。


「もしもし。どちら様ですか?」

『まったく、その調子では忘れているのだろう……』


 溜め息が聞こえる。


『私だ、花葱はなねぎだよ』

「あ、千代さん。こんにちは。どうしたんです……あ……」


 体温がサーッと低くなる。


『思い出したみたいだね。では待ってるよ』


 千代さんがそう言うと、無機質な機械の音が聞こえてくる。

 やっべぇーすっかり忘れてた。そういえば千代さんに来るように言われてたんだ……。

 俺は急いで支度をする。多分今までの人生で一番早い着替えだった。

 スマホ良し、腕時計良し、顔良し……最後はふざけてみました。

 家に鍵をかけて自転車に乗ると、足に力を入れる。あぁ休みなのに休めない……。

 そんなことを思いながらもうすぐ七月になる太陽の下、全力で自転車を漕いだ。



 屋敷の門は開いている。庭の草木も照りつける陽射しを吸い込んで緑を濃くしていた。

 窓から見えたのだろうか。千代さんが迎えてくれた。今日は白のワンピースで涼しげだ。


「す、すいません。すっかり忘れてました」

「まぁいい。忘れることくらいあるさ。外は暑いから入ろう」


 玄関に入るとポチがいた。暑さで伸びている。

 俺がポチの横を通ろうとするとポチが俺の背中を伝って肩に乗りニャーと鳴いた。


「ふふっ、やはり君はポチに好かれているみたいだな」

「いや、多分二階まで連れてけってことだと思いますよ……」


 ポチのお望み通り二階のあの部屋に行く。部屋に着くとポチは肩から降り、窓際に居座った。


「今日はバイトについて話そうと思ってね。座って待っててくれ」


 そう言って千代さんは飲み物を用意しに行く。


「これしかなかった、すまないね」


 テーブルに置かれたのはアイスコーヒーだ。ガラスのコップに黒の液体が入っているから周りが少し写っていた。


「砂糖とミルクはいるかい?」

「あ、大丈夫です」


 別に強がっている訳ではない。入れなくても飲める。入れたら美味しく飲めるってだけだ。


「バイトの話しって何ですか? また新しい依頼ですか?」

「あぁ、依頼もあるがその前に知識だけでも入れておいた方がいいと思ってね」


 知識? 何だろう……。


「紫花、君はボディランゲージを知っているかい?」

「いや、知りません」

「まぁ直訳すると身体言語というところかな」


 身体言語……相手の身振り手振りってことだろか。


「相手を観察する上でボディランゲージは役に立つ。ただボディランゲージに限ったことでは無いが、これらはその時の状況や文脈でも変わってくる。だから余り頼らない方が良いだろうね」


 それから一時間ほどボディランゲージについての講義を聞いた。人間観察がますます楽しくなりそうだ。



「それで依頼についてだが今回は浮気の調査、日時は明日だ」


 ……は? やっぱここは小さい探偵事務所みたいだ。


「千代さんって先生以外からも依頼が来るんですね……」

「ほとんど受けないがね。受けるのは私の好奇心がくすぐられた時ぐらいだよ」


 結局は千代さんの気分次第って訳か。


「今回の依頼主クライアントは三十歳男性。嫁の帰りが遅いのを怪しんでいるようだ」

「はぁ三十っすか」


 数字がリアルだ……。


「明日の午前十時、駅前の喫茶店でその嫁と会う予定だ」

「え? 浮気の調査って張り込んで写真撮ったり、気づかれないようにやるんじゃないんですか?」


 証拠を掴むだけかと思っていたからつい聞いてしまった。


「本来それが正攻法なんだがね。でもそれではつまらないだろう? だから私は直接話して探るんだ」


 ……無茶苦茶だ。それでも千代さんなら大丈夫だと思えるから不思議だ。


「そこで君の出番だ。君には私とターゲットを観察してもらうよ。客観的な意見も必要だからね。それに私一人で判断するよりも二人の方が良いだろう?」

「そうですね。二人なら片方に責任を押し付けられますもんね」

「本当に君はひねくれているな……」


 千代さんはこめかみに手を当てて苦笑いしている。


「ひねくれてなかったらボッチじゃないですよ」

「ま、そういうところが面白いのだけどね」


 くすりと笑う。夏の陽射しにも負けないくらい眩しく、直視できない笑顔だった。

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