第11話 猫探し

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 きな粉棒で諭吉が飛んだ次の日の放課後、俺はカウンセラー室に来ていた。

 カウンセラー室には竜胆りんどう先生、千代さん、俺、茜がいる。

 茜は俺について来た。教室を出る時に捕まったのだ……。

 千代さんは竜胆先生に呼ばれたらしい。


「今回は私の出る幕は無いと思うが……」

「そんなこと言わずに付き合ってちょうだい」


 千代さんは小さくため息をつく。今日の千代さんはパンツスーツに半袖のシャツだ。いつもは自由にさせている髪も今日は一つに束ねていた。


「そうだ紫花。今週末に私の所に来てくれ。バイトの件で話がある」


 思い出した様に千代さんが言った。


「わかりました」

「そろそろ来る頃ね~」


 先生が時計を見ながら言う。今の時刻はちょうど四時だ。


「でも、こんなに人がいたら入りづらいんじゃない?」


 茜は俺について来たことを少し後悔しているようだ。


「あら、じゃあ皆でかくれんぼでもする?」


 先生がクスクス笑っていると


「し、失礼しますっ」


 昨日の相談者が来た。めっちゃ緊張してる……。だが無理もない。こんなにレベルの高い女の人が三人もいたら俺だってこうなる。


「あら、いらっしゃい。陽介くんの隣に座ってちょうだい」


 名前は確か……瓶子へいしだっけ?

 身長は俺と同じくらいか少し高いくらい。ほっそりしているが、貧弱な感じはしない。少しだけ脱色した髪と銀のフレームの眼鏡。

 あの言動をする人の姿が楽しみだったが、見た目だけならトップカーストにいそうだ。

 瓶子はカクカクした動きで椅子に座ると、目線を上に上げようとはしなかった。


「今日は助っ人に来てもらったの~。それじゃあ始めましょう」


 先生は瓶子にそれだけ説明すると、さっそく本題に入る。


「恵から聞いたが猫を探しているんだって?」

「は、はいそうです」

「猫は放し飼いだったのか?」

「そうですよ。家の中と外を行ったり来たりしてました」


 その声に俺と先生、千代さんが反応する。いつもの声より少し高い。


「名前は?」


 千代さんが試すように質問する。


「えー……ポチです」


 絶対ダウトだろ……。明らかに今考えた名前じゃん。それにポチって犬じゃないの?


「どうして嘘をつくんだい? まさか猫探しの相談そのものが嘘なのか?」


 千代さんが口調を少し厳しくする。瓶子は驚いて、眼鏡の奥の瞳を大きくしていた。


「……本当は飼い猫じゃないんです。野良猫です。だけど野良猫って言ったら断られるかと思って……すみませんでした」

「……そうだったのか。すまない」


 千代さんは早とちりしたことを恥じるように謝った。


「でも何で野良猫を探したいの? 野良猫だもんいなくなるのは普通でしょ?」


 茜は首をかしげながら言う。


「実はその野良猫、怪我してたんです。それを神社の境内で見つけて……」

「介抱しようとしたらいなくなってたって訳ね~」

「その怪我が片耳の傷という訳か」

「それで、その神社は並木通りの神社だな」


先生、千代さん、俺が順に納得する。あ、ちなみに茜は置いてきぼりです。


「まずは神社の周辺を探して見ましょうか~」

「なるべく早い方がいいからな」

「あ、ありがとうございます」


  瓶子はガバッと頭を下げる。


「陽介、あたしクラスの子に聞きたいことあるから先に行ってて」


茜が俺の耳元でこしょこしょ喋る。耳がこそばゆいよぅ。


「わ、分かった。神社に集合な。何かあったら連絡してくれ」

「それじゃあ始めましょうか~。取り敢えず現地集合ね~」


 そう言うと各々が部屋を出ていく。


「はぁー疲れた……」


  瓶子が上を向いて放心している。俺はその光景を尻目に部屋を出ようとした。


「あっ、ちょっと待って」


 瓶子の声が俺の歩みを送らせる。


「せっかくだし、一緒に行こうぜー」


 そう言って瓶子は俺と並んで歩く。


「そういや自己紹介がまだだったな。俺は瓶子草太郎だ。草太郎って呼んでくれ」


 二度目の自己紹介をされた。それに下の名前で呼ばせるとか、リア充かよ……。


「俺は紫花陽介だ」


 必要最低限の情報を言う。これで充分だろ。


「陽介か、よろしくな」

 いきなり下の名前かよ……。妹が欲しいとかほざいてたからもっと内向的なのかと思ってた。調子が狂うな……。



 並木通りから横に逸れて、境内に続く階段を登る。階段を登りきると鳥居、境内、拝殿が見える。

 境内の周りは木々で囲まれており、ここだけが別世界の様な錯覚を覚えた。賽銭箱や屋根は苔むしていて、まるで自然と同化しているようだ。

 俺にとっては綺麗な神社より、こういう方がいいな。


「やっぱり神社に来ると身がパリッとするわね~」


 そう言っても口調まではパリッとしない先生が辺りを見回す。


「瓶子、君はどの辺りで猫を見つけたんだ?」

「えっと、賽銭箱の後ろです」


 皆で賽銭箱まで行き、後ろを見る。そこには少しだけ血が付いていた。


「大きな怪我では無さそうだね。良かった」


 千代さんがそう判断する


「そんじゃ手分けして探しますか」


 俺がそう言うと、神社の敷地の中を各々探し始めた。



 樹の影、軒下、拝殿の後ろなどを探したが一向に見つからない。日もだいぶ低い位置になった。

 ここは周りを木で囲まれているから暗くなるのも早い。


「今日はこの辺で打ち切りましょうか~?」

「今日は収穫なしだな……」


 先生と千代さんの会話が聞こえてくる。瓶子は影の中でも暗い表情をしているのが分かった。

 その時、俺のスマホが鳴った。茜からだ。


「なんだ? もう終わるぞ」

『今、学校の女子に聞いてたんだけど、学校の中で猫を見た人がいるみたい』

「ほ、本当か!?」

『うん。でも、もう暗くて探せないや』

「今日はもういいだろ。茜は正門で待っててくれ」


 俺は電話を切ると三人に


「学校で猫を見たって情報をもらいました」


 と言う。


「ま、マジで!?」

「だが今日は無理だ。明日探そう」


 千代さんがそう言って、今日の捜索は終わった。



 俺と瓶子は学校へ戻り、茜と合流する。瓶子はバス通学なので俺らと途中まで帰り道が一緒らしい。


「そうだ、瓶子。一つ聞きたいんだけど、神社に何しに行ったんだ?」

「瓶子って呼ばれるとむず痒いなー。草太郎って呼んでくれよ」


 別に変わらないと思うが、意地を張る理由も無い。


「分かった分かった。で、草太郎、何で神社に行ったんだ?」

「実はな……妹が」

「分かった、もういい」


 茜はキョトンとしている。


「お、分かってくれたかー。同志よ」

「俺にお前みたいな性癖は無い! だいたい妹って現実の妹がいいのか? それとも二次元みたいな萌え妹がいいのか?」

「どっちでもオーケーだ」


 キリッとした声で返されてもな……。


「んじゃ、俺こっちだから。明日も頼んだぜー」


 そう言い残して草太郎はバス停に向かって行った。


「あの人、面白い人だね。変だけど」

「別に面白くはないが、変な人ってのは認める」


 あいつ、口を閉じてればいいのに……。

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