第10話 妹か義妹か、はたまたきな粉棒か

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 ゴメン、俺よく聞こえなかった……。


「もう一回言ってもらえるかしら?」


 どうやら先生も同じらしい。


「妹が欲しいです」


 ……俺って難聴だったかなー? と現実逃避するくらいには動揺していた。

 なに言ってんの? まぁ、その手の性癖に関してはどうでもいい。でも何でこの場で言うの? それに堂々としすぎじゃない?


瓶子へいしくん、それは血が繋がっている方? それとも繋がってない方?」


  あんたもなに聞いてんだよ!


「どっちでもOKです」


  答えてんじゃねぇ! あと、そこはこだわりないんだ……。


「その事は他の人に言った?」

「……親に聞かれました」


 はいアウトォオオオ。よりによって親かよ。しかも聞かれたってことは、一人でブツブツ言ってたの?


「そう……それは深刻ね」


ホントだよ! シャレになんないって……。


「いっそ両親に頼んでみたら?」


 何であんたは提案してんだよ!


「土下座でいいですかね……」


 お前も真に受けてんじゃねぇ! この二人怖いよぅ……。


「あら、もういい時間ね。じゃあ明日、また来てちょうだい」

「わかりました。ありがとうございました」


 ドアが開閉する音が聞こえた。

 やっと出られる……。肉体的にも精神的にもキツかった……。

 俺は中から押し開けて出る。ま、眩しい。


「は~い、お疲れさま~」

「ホント疲れましたよ。あの相談者、キャラ濃すぎでしょ……」

「うふふ、楽しかったわ~」


 先生はホクホク顔で笑う。


「はぁ、それじゃ俺は帰ります」

「明日もお願いね~」


 先生の声を背に受けながら、俺はカウンセラー室を出る。今回は猫探しか……。

 そうだ、これから新聞部に行って見ようかな。

 癒しを求めて石蕗つわぶきに会いに行くとか、決してそういう訳ではない。



 カウンセラー室のある二階から新聞部の部室がある一階へ降りる。廊下の窓からは駐輪場を行き交う生徒がチラホラと見えた。


「失礼しま……ん?」


 俺が部室のドアを開けて挨拶しようとすると石蕗が机に突っ伏していた。

 具合でも悪いのだろうか? 少し心配になり、石蕗の顔を見てみる。……涎を垂らしながら寝ていた。

 はぁ、心配して損した。ま、元気そうで良かった。

 起こさないように帰るかと思いドアへ向かう。ドアに手をかけたその時、背中に何かが飛び付いて来た。え!?


「ふぁあ、挨拶くらいしていったらどうじゃ?」


 ビックリした……。でも、どうやってここに飛び付いたの? 椅子から俺に向かってモモンガみたいにジャンプしたの? なにそれ可愛い。


「会いたかったぞー陽介」


 そう言って石蕗は自分の顔を俺の背中に押し付けてきた。


「お、おい! 俺の背中で涎を拭くな!」


 俺がそう言うと石蕗は俺の背中からピョンと降り、俺を見上げる。


「久しぶりじゃの。少し大きくなったか?」


 田舎のばあちゃんみたいなこと言ってるよ……。


「一週間で変わるかよ。少しは自分の心配をしたらどうだ?」

「う、うるさい! そ、それよりもアレは持ってきたのか?」


 強引に話題を変えてきた。


「アレ? 何のこと……あー……」


 恐らくきな粉棒のことだろう。そういえば、今度来るときにきな粉棒買ってくるって言ったな……。


「忘れたのか?」


 頬を膨らませて、こちらを見る。

 約束したもんな……よし。


「悪い。今日は持ってきてないんだ。だからこれから一緒に買いに行かないか?」


 これなら約束を果たせる。約束を破るのだけはゴメンだ。

  俺がそう言うと石蕗は顔をパアッとほころばせたかと思うと、そっぽを向いた。


「仕方ない……い、一緒に行ってやってもいいぞ?」


 頬が朱に染まっている。


「ほれ、部室に鍵をするから早く出るのじゃ」


 俺をグイグイ押して、石蕗も部室に鍵をする。


「では、正門前に集合じゃ。咲は鍵を返して来る」


 石蕗はそう言い残して、トテトテと走って行った。


 正門で待っていると石蕗が駆け寄って来る。


「待たせたか?」

「うん、めっちゃ待った」

「零点じゃ」


 石蕗がジトーっとした目で俺を見てくる。


「まぁいい陽介、行くぞ」


 石蕗は俺の手を握り引っ張る。小さくて柔らかい手にドキッとする。不整脈かな?


「どこに行くんだ?」

「ふふん。咲の行きつけの駄菓子屋じゃ」


 無い胸を張って言う。ここら辺に駄菓子屋なんてあったっけ?

 ただ石蕗も徒歩だから、それなりに近い所にあるのだろう。

 学校前の通りを出て、路地に入る。路地を進むと左右に田んぼがある道に出た。


「へぇー、こんなとこあったんだな」


 緑の稲は風に撫でられて、サワサワと音を立てる。風に揺れると緑の波が出来た。


「うむ、この道は咲のお気に入りの場所じゃ。そうだ陽介、少し肩車してくれ」


 そう言って石蕗は俺に万歳をする。肩車って……。まぁいいか。

俺は石蕗の脇に手を通し、肩に乗せる。か、軽っ!


「おぉぉ、やっぱりいい眺めじゃ」


 石蕗は俺の上ではしゃいでいる。


「お、陽介見えたぞ」


 石蕗の声が上から届く。石蕗が指差した先には、いかにもな駄菓子屋が道路の脇にポツンと建っていた。


「陽介、ありがとうなのじゃ」


 石蕗は俺から降りると駄菓子屋に向かって駆けて行く。



 駄菓子屋の風貌は、おおよその人がイメージする駄菓子屋だった。


「おばちゃーん。来たよー」


 石蕗が声を張ると奥から七十くらいのお婆さんが出てきた。


「咲ちゃん、いらっしゃい。あら?」


 お婆さんは俺を不思議そうに見る。


「咲ちゃんにも彼氏が出来たのかい、良かったねー」


 ……お婆さん、盛大に勘違いしてますよ。


「な、か、彼氏じゃないのじゃ」


 石蕗も顔を赤くさせながら全力で否定する。


「うふふ。それで今日もきな粉棒を買いに来たのかい?」

「もちのろんじゃ!」


 ホント、きな粉棒に目がないんだな。


「石蕗、どれくらい買うんだ? 俺の財布は気にしないでいいから」


 言っても駄菓子だし、そんなに金はかからないだろ。それに沢山買うって言ってもせいぜい箱買いだろうな。


「陽介、では遠慮なく。おばちゃん……」


 俺はどのくらい買うのかと石蕗に注目し、お婆さんは儲けに目を輝かせている。


「この店にある分のきな粉棒ください!!」

「よっしゃぁあああ!!」


 石蕗の発言にも驚いたが、お婆さんの反応にも驚いた。お婆さんがガッツポーズをしてるよ……。


「おっと、取り乱して悪かったね。咲ちゃんちょっと待っててね。在庫を見てくるよ」


 そう言ってお婆さんは嬉しそうに奥に入って行った。


「いやー陽介は太っ腹じゃのぅ」

「……買い過ぎだ! それに食べきれんのか?」


  箱買い→分かる

  棚買い→まだ分かる

  在庫全部→……分からん

 棚から在庫って、量が一気に増えたんだけど……。

 金足りるかなー……。俺が戦々恐々としていると、段ボール箱を持ったお婆さんが出てきた。

 それから棚にあったきな粉棒も全部とってきて段ボール箱に詰める。お、お婆さん? む、無理しなくていいですよ?


「ふぅー。これで全部だね。えーと、一箱が百本で棚にあったのが二百本だから……」

 よ、良かった。三百本なら払える。それでも痛いが……。


「はい、お会計一万円になりますね」

「え? 一万? な、何でそんなにするんですか。一本二十円で三百本なんだから……」


「お兄ちゃん、違うよ。この段ボールには三箱分が入っているんだよ。つまり五百本だ」


 お婆さん……無理しないでって言ったじゃん!


「うぅ、きな粉棒に一万を払うとは……」


 俺は財布から諭吉を一人取り出す。これで俺の所持金はゼロだ……ハハハ。思わず乾いた笑いが出る。


「はい毎度あり。それじゃあ二人ともまたおいで。あ、お兄ちゃん、これ使いな」


 お婆さんはホクホク顔で俺に業務用の台車を貸してくれた。俺はそれに段ボールを乗せて店を出る。


「おばちゃん、じゃあねー」


 石蕗は嬉しそうに言うと、小走りで俺の所に来た。


「ありがとうなのじゃ、陽介。これで二週間は持つぞ」


 この量で二週間だけかよ……。

 石蕗は段ボールの上に乗り、足をプラプラさせる。

 夕日に照らされた道を石蕗ははしゃいで、俺は肩を落として進んだ。

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