第8話 幼馴染みってすごい

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 茜が作った料理を美味しくいただいて片付けも終わり、今はソファーでのんびりしている。

 ……しているのだが、何で茜は俺の隣に座ってんの? 電車じゃないんだから、詰めて座らなくてもいいのよ?

 それにさっきからシャンプーの甘い臭いが俺の鼻をくすぐるから、たまったもんじゃない。


「な、なあ茜。そろそろ帰ったらどうだ?」

「えー、陽介はあたしを一人にさせる気? 家に誰もいないんだよ? ってことで一晩泊めて」

「でも、お前の家は隣じゃねぇか」

「隣だからここでも同じようなもんでしょ」


 あー、これは無理だ。俺がどんなに頑張っても、茜は多分折れないだろう。


「わかった、わかった。母さんの部屋でも使え。着替えは持ってこい」

「はーい。陽介、お風呂溜めといて」


 そう言って茜は俺の家を出てった。俺は風呂場に向かい、お湯を張る。

 ……今日はさっさと寝よう。



 茜が来る前にシャワーだけ浴びた。俺が後から入るのも精神衛生上良くないので、シャワーで済ませた。


「えー何で? 昔は一緒に入ってたじゃん」

「昔と今は違うだろ!」

「陽介が入ったお湯でも別にいいのに……むしろそっちの方が……」

「何か言ったか?」

「な、何でもない。お風呂入って来る」


  真っ赤な顔をしながら風呂場へ向かって行った。



 少し静かになり、ふぃーっとため息をつく。

 時計を見ると短針が八を指していた。

 テレビをつけると、バラエティー番組がやっていた。空虚な笑いが響く。

 プツッとテレビを消し、ソファーに寝転がる。

 一人になるとつい考えてしまう。本当に心の傷は、時が癒してくれるのかと。

  傷を負った彼女は俺と距離を置いた。俺と距離を詰めたということは、もう傷は治ったということなのだろうか?

  それとも俺と距離を詰めることで、もう大丈夫だと自分に言い聞かせているだけだろうか?


「何してんの陽介?」


 思考にふける俺の意識を茜の声が現実に引き戻す。驚いて思わず飛び起きた。


「キャッ。いきなりどうしたの?」

「いや、何でもない」


 茜の姿を視界に入れると、また驚く。


「お、お前、何でバスタオル一枚なんだよ……」

「だって着替えを部屋に置いてっちゃったんだもん。陽介を呼んでも返事しないし」

「わ、わかったから早く着替えて来い」


 そう言って俺は後ろを向く。

 何であんなに綺麗なんだよ……。いつもと違い、おろした茜色の髪はしっとりと濡れていた。それにバスタオルだったから、スタイルの良さがよくわかっちまった。

  俺がソファーに後ろ向きで座って悶絶していると、トントンと肩を叩かれた。

  凄い既視感デジャブ……。おそるおそる振り返ると、頬に手のひらが優しく当てられる。

体が固まった。


「ねえ陽介。この後、抱きつくのと首を無理やりあたしの方に向かせるの、どっちがいい?」


 ……俺のドキドキを返せ。


「……痛くない方で」

「素直じゃないなー」


 そう言って茜は、俺の背中に体重をかけてきた。


「たぶん、陽介がさっき考えてた事、なんとなく分かる。でも大丈夫」


 今まで一緒に過ごした時が成せるわざなのだろうか。


「だって、今は陽介が近くにいるもん」


  ……なるほど。茜がそう言うなら、きっとそうなんだろう。自分の一番の理解者は自分だけだから。自分を直視できないなら話は別だけど……。

 俺は少し安心すると同時に、良くわからないもやが心に広がるのを感じた。


「さっ、寝よ」


 茜は俺からパッと離れると、寝室に向かって歩き出す。

 俺もようやく体の硬直が解けた。体の向きを直し、寝間着姿の茜を見る。


「おやすみ、茜」

「うん。おやすみ」


  そう言って茜は、母さんの寝室に入っていった。



 翌朝、自分の部屋の窓から差し込む光で目が覚めた。

  と〇ぶるなら、ベッドの中に服をはだけさせた女の子がいるが、現実にそんな事はない。

  俺は夏服に着替え、歯を磨いて顔を洗い、リビングに降りる。時計は午前七時を示していた。

 茜はまだ起きてないので、俺が二人分の朝食を作る。

 朝はパン♪パンパパン♪と脳内再生しながらトースターにセットし……目玉焼きが失敗したので、スクランブルエッグにシフトチェンジ。

 トースターがカシャンと音を立てると同時に、髪の毛が所々跳ねている茜が降りて来た。

 目をクシクシこすりながら言う。


「陽介、毎朝あたしのご飯を作って」

「作るのは味噌汁だろ。それに普通は男が言うもんだ」


 なんてバカな会話をしてるんだ。学校で人気の美少女は朝にとても弱いのである。


「早く支度してこい」

「うん……」


 身支度を整えても茜は、まだ意識がハッキリしてないようだ。その証拠にトーストを咀嚼そしゃくするスピードがとても遅い。


「茜、このペースじゃ遅刻するぞ」

「大丈夫。あたし達が着く頃には、天校あまこうは廃校になってるから」


 ……寝ぼけてるのか? それとも、あの癖なのか? いまいち判別がつかない。

 試しに茜の顔の前で手を降るとキロっとこちらを見た。


「よし、意識はあるな」

「なに救急隊員みたいなこと言ってんの」


 茜はやっと食べ終える。


「ごちそうさま」

「お粗末さまでしたっと」


そう言いながら食器を片付ける。


「それじゃ、あたしは家に一回帰るから」


 授業の用意でもしてくるのだろう。


「はいよ」


 そろそろ行かないとな……。

 俺は家に鍵をかけ、鞄を肩に引っかける。

 今日のお天道様はお休みみたいだ。今日は歩いて行こう。そう思って歩き出すと、後ろから声が聞こえた。


「ちょっとーなに一人で行こうとしてんの」

「いや、そろそろ行こうと思って」

「そこは待とうよ。普通に考えて」

「ほら、俺は普通じゃないから。そもそも普通って何?」

「面倒臭い事言ってないで、さっさと行くよ」


 俺のあしらいかたは流石だ。茜はそう言って先に行く。

 俺は茜の背を追って歩いて行った。

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