第7話 思いがけない出逢い

7

 俺と茜は屋敷の門の前に立つ。


「やっぱ近くで見ると大きいねー」


 俺は呼び鈴を押す。少しの間待っていると玄関から白のカーディガンを羽織り、紺のロングスカートを身につけた千代さんが出てきた。


「綺麗な人……」


 茜が目を奪われている。いつもは大人の女性という感じだが、今日はお姉さんといった装いだ。

千代さんが門を開ける。


「待ってたよ。君も一緒にどうぞ」


 茜にも声をかけると、彼女は悠然と屋敷の中に入っていった。


「よ、陽介。あの人とどんな関係なの?」

「俺はここでバイトしてるんだ。取り合えず中に入るぞ」


  そう言いながら俺と茜は門をくぐる。



 いつもの部屋に行くと千代さんが紅茶を用意していた。


「君たちはそこのソファーに座りなさい」


 言葉はぶっきらぼうなのに優しい声音だ。


「し、失礼します」


  茜はガチガチに緊張している。

  テーブルに紅茶セットを持ってきて、それぞれカップに注ぐ。

  千代さんも向かいのソファーに座った。


「まずは、ようこそかな?」

「は、初めまして。天雄てんゆうあかねと言います」

「私は花葱はなねぎ千代だ。名前で呼んでくれ」


 ふと気になったが、何で千代さんは名前で呼ぶことを薦すすめるのだろうか。


「それと、君の報告も聞かなくてはね」


 と言ったが、顎に手を当てて何やら考えている。


「……君ではややこしいな。紫花しばなと呼んでいいかな?」

「好きなようにどうぞ」

「では改めて。紫花、報告を聞かせてくれ」

「えー、石蕗つわぶきの依頼は無事解決しました」

「どうやって解決した?」

「簡単に言うと、相手――記事を頼んだ奴を挑発して、意識を石蕗から俺に向けさせました」

「……斜め上過ぎる。てっきり、交渉して納得させると思っていた」

 こめかみに手を当てながらそう言った。だが、小刻みにプルプル震えている。


「ハハハ、面白い。紫花、君は本当に面白いよ。これからもよろしく頼んだよ」

「う、うっす」

「これはバイト代だ」


 そう言って彼女は封筒を差し出した。


「ありがとうございます」

「よ、陽介。陽介が何をやろうと自由だけれど……危ないことだけはしないでよ」


 俺が封筒を受けとると、懇願するように茜が俺に訴えてきた。


「あぁ、わかってる」


 俺が傷つくのは別にいいが、茜が傷つくのは……嫌だ。


「おや? 招かれざる客が来たみたいだね」


 そう言った彼女は窓から門を見ていた。

 階段を急いで上る音が聞こえたかと思うと扉が勢いよく開く。


「ちーちゃーん」


 そう言って千代さんに飛びついたのは


「り、竜胆りんどう先生?」


 茜が驚いている。俺もだ。ただよく考えてみると二人は友達なのだから、こうして会いに来るのは普通なのだろう。


「あら~、茜ちゃんに陽介くん。来てたのね~」


 相も変わらず、語尾がのびている。


「え? 先生と千代さんって知り合いだったんですか?」

「そうよ~。ちーちゃんとは仲良しよ」

「恵、そろそろ離れてくれないか……」


 千代さんは先生をグイグイ押している。


「あら、ごめんなさい。久し振りだから、つい」


 先生は千代さんから離れて、千代さんの隣に座る。


「それで、何の話をしてたの?」

「紫花の報告を聞いていたんだ」

「陽介くんの働きぶりは、どうだった~?」

「まぁ、よくやってくれたよ。やり方に難有りだが」


 千代さんは苦笑いしながら俺を見る。


「うふふ。私の見込み通りね」

「……先生。バイトを紹介してくれたのは感謝してますけど、カウンセラーにしては口が軽すぎませんかね?」

「うん? バイト先にその人がどんな人なのかを言うのは、普通だと思うけど~?」


  先生は余裕綽々よゆうしゃくしゃくだ。それを見て、嫌な汗が背中を伝う。


「例えばどんな事を言ったんですか?」

「そうね~人間観察が得意で、卑屈で……」


 うん、分かる。


「友達がいないのに堂々してて、人を疑っている目をして……」


 ま、まぁ分かる。ていうか俺、そんな目なの?


「卑猥なことばかり考えてそうで、貞操の危機を感じる」


  あぁ、分か……


「分かるか!! 何で後半は俺が犯罪者見たいになってんの? 千代さんに何てこと言ってんだ!!」

「あら、別に間違って無いでしょ~?」

「盛大に間違ってますよ! そんなの聞いたら、俺の印象最悪でしょ」

「あとトラウマ持ち、とかね」


 パチッとウインクしてきた。


「まぁ、恵の言うことはほとんど信じていないから大丈夫だ」

「そ、そうですか……」


  何だか判然としないな……。

 そう思っていると茜のスマホが鳴った。


「あ、お母さんからだ。私帰らなくちゃ……」

「んじゃ、俺もそろそろ帰るか」

「あら~もう帰っちゃうの?」

「気をつけて帰るんだぞ」


 俺と茜は立ち上がり、二人に会釈する。


「それと陽介くん。明日の放課後、カウンセリング室に来てちょうだい。用があるから~」


 部屋を出ようとしたら先生に呼び止められた。


「わかりました」


  首だけで会釈して部屋を出る。


「き、緊張したー」


 屋敷から出るや、茜がため息混じりに言う。


「お前ほとんど話して無かったもんな」

「ほんと、紅茶飲んでるだけだったもん」


 自転車に跨がり、帰路に着く。


「あ、そうだ陽介。今日も親は帰り遅いの?」

「ん? あぁ……」

「じゃあ、今日は私が晩ごはん作ってあげる。うちの親も出張でいないから」


 これは素直に嬉しい。今までにも何度かこんなことがあったが、茜の作る料理はうまい。


「ってことで、買い物に付き合ってね」


 ……ですよね。

 自転車を押して歩く茜は、心なしか嬉しそうだった。



「ふんふふん~♪」

 台所に立っている茜の鼻唄が聞こえてくる。

 その姿を俺はテーブルに座ってボーッと見ていた。

 茜が着ている水玉のエプロンは、いつだか俺が茜の誕生日にあげたものだ。

  ……やっぱりかわいいよな。制服の上にエプロンは本当にかわいいと思う。少し細かく茜を観察してみる。

 細く長い足は黒のニーハイに包まれている。絶対領域の太ももはなかなか直視出来ない。

 半袖のYシャツの上にエプロン、胸元には赤いリボンがある。

 もしこれが幼馴染みじゃなかったら、速攻で告白して玉砕ぎょくさいしてるだろう。


「はーい、お待たせ」


 そんな事を考えていたら、茜が料理を運んで来た。オムライスとスープだった。


「どうしたの? 顔赤いよ?」

「い、いや。少し暑いなと思って」


 思わず首をさする。


「ま、いいや。早く食べよ」

「そうだな。いただきます」

「はい、召し上がれ」


 オムライスを口に運ぶ。とても優しい味がした。

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