第6話 突然の出会い

6

 全力で校舎の廊下を駆け抜け階段を一段飛ばしで登り新館の新聞部の部室を目指す。

 振り向けば幼馴染みも全力ダッシュ。

 ……シュールだ。

 俺は茜から逃げることを諦めて歩くことにした。それを見た茜は俺に並んで歩き出す。


「もう、何で逃げるの?」

「だから用事があるんだって」


 少し語気が荒くなる。


「な、何よ用事って」

「茜には関係ない事だ」


 あぁ、ダメだ。言葉に怒りが混ざってしまう。

 そうしている内に、部室の前に着いた。


「か、関係ないって何よ。あたしがあんたのこと……」


 ガラガラガラ。


「陽介! 待ちわびたぞ! 早く入るのじゃ」


 俺が茜を部室に入れるかどうか迷っていると、内からドアが開き、石蕗つわぶきがひょっこり顔を出して嬉しそうに言った。


「うん? 後ろのおなごは誰じゃ?」

「え? じゃ? ……小学生?」


 茜が咲の口調に困惑している。石蕗つわぶきも石蕗で素の口調になっているが


「だぁれが小学生じゃ! 咲は高校生じゃぞ」


 そこに意識が行って、口調の事は気にならないみたいだ。


「か、か……」


 か? 茜が言葉を詰まらせる。


「かわいいぃぃ」


 そう言うと茜は石蕗に近づき、しゃがんで顔を寄せる。


「ちっちゃいのに、おばさんみたいな口調……かわいいよぅ」

「ちっちゃいとは何じゃ! 失礼じゃぞ!」


 そんな石蕗の言葉も聞こえないくらい夢中になっている。

 ……おばさんも十分失礼だと思うのだが。


「よ、陽介、助けんか!」


 茜に抱きつかれて困っている。しょうがねぇな……。

 俺は石蕗をひょいと持ち上げて、近くの椅子に座らせる。茜はゲームを没収された小さい子どもみたいだ。


「ふぅ。陽介、記事の事はどうなったのじゃ?」


 茜に構われて、少し疲れたようだ。


「その事なら安心しろ。キッパリ断って来た」

「ありがとうなのじゃ。これで咲も心置き無くきな粉棒が食べられる」


 安心するとこ、そこかよ……。

 まぁ依頼も解決したし、そろそろ帰るか。千代さんのとこにも行かなくちゃな。


「そんじゃ、俺はそろそろ帰るわ」

「そうか、いつでもここに遊びに来ていいからの」


 少しだけ寂しそうな顔をされる。


「あぁ、そん時はきな粉棒たくさん買ってくるからな」

「うむ、頼んだぞ。約束じゃ、ほれ」


 そう言って石蕗は、指切りげんまんをしようと、手を出した。

 俺はその手に小指を絡める。

 石蕗が決まり文句を歌い、手を放す。


「よし、じゃあな。ほら、茜も行くぞ」


 俺は床にペタンと座って石蕗を見つめている茜に声をかける。が、反応がない。

 仕方ないので茜を引きずって部室を出る。


「茜、いい加減目を覚ませ」


 そう言って茜の頬をペチペチ叩く。


「……はっ‼」

「ほら、帰るぞ」

「咲ちゃん、かわいかったなぁ……。」

「まだ言ってんのか……。」


 そう言いながら、渡り廊下に出る。もう日は沈みかけていた。



 駐輪場に寄って自転車を取り、茜と正門で別れる。茜には後で説明しないと……。

 茜はあの癖のせいで思い込みが激しい。だからちゃんと説明しないと後が大変なのだ。

 ボーッとしながら自転車を漕いでいると、いつの間にか千代さんの家に着いていた。

 木造の屋敷は、暗闇と同化するように佇たたずんでいる。

 呼び鈴を鳴らして反応を待つが、何もない。


「おじゃましまーす」


 勝手に入るのは気が引けるがこの際仕方ない。小さい声で断りながら屋敷に入る。

 二階の部屋の扉の前に行くと、少し明かりが漏れていた。


「失礼します」


 千代さんは椅子に座って読書していた。


「あぁ、君か。待ってたよ」


 そう言って彼女はパタンと本を閉じ、眼鏡を外す。


「依頼はどうだった?」

「取り合えずは解決しました」

「そうか、詳細を聞きたいが時間が時間だ。明日、また来てくれ」

「俺もそのつもりで来たので。では、失礼します」

「わざわざ来てくれたのに、すまない」

「帰りに寄っただけです」

「ふふ、玄関までは送らせてくれ」


 屋敷から出て、自転車を漕ぎ出す。後ろを振り返ると千代さんはまだ手を振っていた。

 雲の切れ目から月が顔を出す。その月は屋敷を後ろから、優しく照らしていた。



 気づくと放課後になっていた。今日も今日とて授業を寝て過ごした。

 別に眠い訳ではない。時間を潰す方法の一つが寝ることなのだ。

 他には、ひたすら思考力を働かせてくだらないことを考えたり、ノートにコンパスだけで幾何学模様きかがくもようを書いたり、ボーッとするなどの方法がある。

 それらを駆使して学校生活を送る。かなり快適だ。冬の炬燵こたつでゴロゴロするくらい快適だ。

 HRホームルームをすべて聞き流し、帰りの支度を済ませて一番に教室を出る。教室も廊下もどこか開放的で騒がしい。

 廊下に溢れる人の間をうようにして歩く。今日は真っ直ぐ千代さんのとこに行くか。

 乗降口しょうこうぐちで靴を履いていると


「陽介ー、捕まえた」


 その声と同時に、背中に衝撃が走る。


「痛いってぇな。何で捕まえたって言ってんのに、タックルかましてんだよ」


茜はてへ♪と笑う。この野郎……。


「今日こそは買い物に付き合ってもらうよ」

「あーすまん。今日も無理だ。ってかお前、俺以外に誘う人いないの? もしかしてボッチ?」

「陽介と一緒にしないでよ‼」


 ……良いこと思いついた。俺は千代さんに報告に行けるし、茜にも説明することが出来る。よし。


「茜、今日は俺の用事に付き合ってくれないか?」

「へ? ……う、うん」


 何故だか嬉しそうに頷うなずく。


「つ、付き合ってくれないか……。えへへー」


 今日はここで発症したか。頬を赤く染めてモジモジしている。

 ここで時間を潰す訳にもいかないので、茜の腕を掴み駐輪場に連れて行く。

 ちなみに俺はリア充ではないので、手を握るような失態はしない。



 茜と一緒に千代さんの家に向かって自転車を漕ぐ。


「ねぇ、陽介。どこに行くつもりなの?」

「あの屋敷だ」


 そう言って俺は屋敷を指差す。


「あ、あそこに行くの? あそこって幽霊屋敷とか、自殺した人がいるとか、噂話がたくさんだよ?」


 怯えたような声で言う。


「所詮、噂話だ」


 ……ペダルを漕ぐ足に力が入ったのは気のせいだろうか。

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