第5話 男子高校生の行動理由の七割は「モテたい」だと思う

5

 新館から校舎に続く渡り廊下を石蕗つわぶきと歩いていると


「陽介、さっき断ると言ったがどうやって断るのじゃ?」


 と、聞いてきた。


「まぁ、会ってから考える」


実際、そいつがどんな奴なのかで対応が変わってくるからな。


「そうか。まぁ陽介に任せるぞ」


 そう言ってテクテクと俺についてくる。

 校舎に入り、二年六組の教室に向かう。教室の前のドアから中の様子を伺ってみた。


「あ、あいつじゃ」


  と言って、石蕗が俺の後ろに隠れながら指さす。

 ……何だろう、凄い庇護欲ひごよくをそそられる気がする。

 ……そんなことより、あいつの観察に集中しないと。


「あいつの名前は?」

刺草いらくさじゃ。下の名前は興味が無いから知らん」


 刺草の髪は明るい茶色だ。もうこれだけで、どういう人物なのか見当がつく。

 刺草は教室の後方で男女合わせて五、六人で固まって談笑している。他の奴らも、なかなか派手だ。

 恐らくあいつらが、六組のトップカーストだろう。

 うーん……刺草を観察していると、彼が話題を提供しているということが分かる。簡単に言うと、一番よくしゃべっている。

 ああいう奴らは総じて、その場の空気の奴隷だ。

 今までにもそういう奴らを見てきた。

 大方、あのグループの女子にカッコいいところを見せたい、自分と自分より下の者を比べて優越感に浸りたい……そんなところだろう。

 なんたって、男子高校生の行動理由の七割は「モテたい」だからな。後の三割は「カッコつけたい」「いいとこ見せたい」「目立ちたい」だ。……これ、実質「モテたい」だけじゃない?

 あいつの観察はだいたい済んだが、効果的な断り方を考えなければ……。

 さてどうするか……。

 ああいう奴らは、数が増えるほど攻撃的になる。責任を問われた時に、数が多ければ自分の責任は小さくなるからだ。

 やっぱ刺草だけ連れて行くか。

 そう考えをまとめると


「石蕗。お前は先に部室に行っててくれ」


と伝える。石蕗は


「了解じゃ。頼んだぞ、陽介」


 と言って、素直に部室に向かった。

 さて、一仕事しますか。

  俺は息を吸い込み


「刺草いますかー」


 と声をかける。すると


「あぁ、俺だけど?」


 と言いながら近づいて来た。あぁ? ではない。


「新聞記事のことで相談があるんだけど」

「お、やっと書いてくれる気になったか」

「ここじゃあれだから駐輪場にでも行こうか」


 そう言うと、刺草はグループの奴らに声をかけに行った。


「そういや、あのちっこいのはどうした?」

「あの人は嫌だって言ったから、僕が担当になりました」

「ふーん。ま、書いてくれるなら誰でもいいや」


 駐輪場に着く。人はいない。


「で、相談って何?」


 高圧的に聞いてきた。

 俺の一人称を「僕」にして、少しオドオドした話し方をしたから刺草は俺を自分より下に見ている。

 だが俺がそれをひっくり返したら、刺草は動揺する。そこを狙って、断る。


「いや、実は記事の内容を詳しく聞きたいなと思って」

「あぁ、その事。いや、うちのクラスの奴をいじろうと思ってさ。だから、そいつを軽ーくディスってくれっと助かるわけ」

「ディスるのは、どういう内容?」

「めんどくせーな。そんくらい、お前の頭で考えろよ」


 俺に時間を取られて苛立いらだっているのか理不尽なことを言われる。書くも何も、俺そいつのこと知らないし。


「それに内容を聞くのに、メモとか取らなくていいの?」


 明らかに舐めてる態度で俺を笑う。そろそろ頃合いか……。


「メモなんか、必要ねぇよ」


 怪訝そうにこちらを見る。俺は声を一段低くする。


「だって、記事書かないし」


 それに驚いた刺草は目付きが鋭くなる。しかしその瞳はかなりの量の動揺を含んでいた。


「は、はぁ? お前、さっき書くって言ったろ!」

「いや? 俺は書くなんて一言も言ってないけど?」

「い、意味わかんねぇし。なら……」


「何が目的だ」


 俺は刺草の言葉を遮って言葉を放つ。


「女子にカッコいいとこ見せたかったか? 弱い者いじめして優越感に浸りたかったか? それとも会話のネタに困ったからか?」

「は、はぁ?」

「クラスの奴をいじる? ふざけんな。やる方はネタだ何だって言うけどな、やられる方にとってはこの上なく辛いんだよ」


  まだハッキリと敵対していた方がマシだ。いざとなれば、ぶつかれるから。

 だけどグループ内で隠語を使ったり、遠くからネチネチとやられるのは、どうにもならない。

 こっちが反抗しようとしても何マジになってんだよと言われ、のらりくらりとかわされる。

 こいつらがやろうとしてるのは、そういうのだ。


「それに、お前がこういう事をやるのは自分じゃ出来ないからだろ?」


 一つ布石を打つ。こう言えば、刺草の自尊心は傷つくだろう。 その傷を治すためにはどうするか。答えは簡単だ。力で相手をねじ伏せようとする。


「てめぇ……」


 予想通り、刺草は敵意を剥き出しにする。


「ぶっ殺してやる」

「あーいるよねー。取り合えず殺すって言う奴。お前、脅し文句それしか知らないの?」


 さらに挑発する。会話のペースは俺が握ることが重要だ。


「こ、このっ……」


 今にも殴りかかって来そう。なのに、何で俺が飄々ひょうひょうとしてるかって?

 だってここ、駐輪場だよ? 普段は人はあまりいないが、放課後は別だ。自転車で下校する奴は必ずここに来る。

 …………あれー? おっかしーな。そろそろ一人くらい来てもいいと思うんだけど……。

 内心冷や汗ダラダラだが、表情に出さないように気をつける。


「覚悟しろよ……」


 あ、死亡フラグ。そう思って視線を巡めぐらすと、人影が視界に入った。


「チッ……。覚えてろよ」


 刺草も人影が見えたのか、そう言い残して去っていく。

 はぁー。助かった。マジ感謝。すると、その人影が近づいて来た。

 ……何か見たことある顔だな。今朝ぶりに。


「陽介ー。そんなとこで何してんの?」

「いや、色々あって……」

「さっきの男の人は? どっちが受け?」

「俺にそんな性癖はねぇ!」

「大丈夫、陽介。あたしは陽介の味方だから」

「やめろ! 生温かい目で俺を見るな!」

「陽介うるさいよ。少し落ち着きなって」

「誰のせいだと……」


 茜に遊ばれていたら石蕗つわぶきを部室で待たせていることを思い出した。


「あ、悪わりぃ。人を待たせているんだ。じゃーな」

「あ、ちょっと!」


 茜の言葉を背に受ける。


「待てー」


そう言いながら俺を追いかけてくる。こりゃ、茜は新聞部の部室までついて来るな……。

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