第4話 彼と彼女の過去&きな粉棒

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 土曜、日曜と対策を考え、今日が月曜。

 対策と言っても、石蕗に会わないとどうにもならない。だから、対策を考えるよりは人を観察する上で役立つ知識をグーグル先生に教えてもらっていた。

 何でこんなに月曜って憂鬱ゆううつなんだろ。あー、学校行きたくないよー。と考えても体は自然と家に鍵をかけ、自転車に跨がり、漕ぎ始める。

 俺は徒歩でも自転車でも登校できるが、遅刻しそうな日は自転車が多い。川に沿って自転車を漕いでると、後ろからチリンチリンと自転車のベルが鳴った。何だよ、抜かすなら早く行けよ。

 自転車のベルは事故りそうな時だけ使うんだよ。と考えている間もベルは鳴っている。

 あぁもう、うるせぇな。後ろを振り返ると、朝日を背にしたあかねがいた。


「陽介ー、おはよー」


 少し距離があるため、間延びした声が聞こえる。スピードを落として茜と並ぶ。


「おう」

「何よ、冷たいなー。もっと明るく挨拶したら? 挨拶が暗いと心も暗くなるよ」

「生憎と俺の心は、挨拶くらいじゃ明るくならないんでね」


 それに、俺には挨拶するような友達いないし♪


「あ、陽介。今日一緒に帰ろ」

「別にいいけど。何なら今から帰るか?」

「違ーう。放課後!!少し買い物に付き合ってほしいの」


 あー、荷物を全部持たされるやつだ。それに今日はちゃんとした用事があるし。


「悪いな。今日は用事があるんだ」

「え、用事? 何の?」

「あー、いや、友達に遊びに誘われててな……」

「ふーん……友達。ボッチの陽介に友達ねぇ」

「違う!! 俺はボッチじゃない。精神的ボッチだ!!」

「怒るとこそこ? それに何が精神的ボッチよ。普通のボッチと何が違うのよ」

「物理的に周りに人がいないのが、普通のボッチ。周りに人はいて、会話をしても、心がボッチなのが精神的ボッチだ」


 昔は俺も物理的ボッチだった。だが、それじゃ守れないものがあったから、今は周りと必要最低限の会話をしているんだ。


「心がボッチって……」

「そういうわけだから、今日は荷物持ちは無理だ」

「つれないなー」


 そう言うと、茜は腕時計を見て、少し顔を強張こわばらせる。


「陽介、あんたの時計、今何時?」


  と聞いてきた。そう言われて自分の腕時計を見ると、時刻は八時二十五分。あと五分で遅刻だ。少しゆっくり漕ぎ過ぎたか……。


「遅刻だーー‼」


 唐突に茜が叫ぶ。近所迷惑だからやめろ。


「このまま遅刻したら、なに月曜から遅刻してんだって怒られて、宿題増やされて、宿題終わるまで学校に残されるーー‼」


 はい。出ました。茜の癖。今日は軽いな。


「そんなこと言ってる暇があるなら急げ」


 そう言って俺らは一生懸命にペダルを漕ぐ。たぶん間に合わねぇな……。



 チャイムが俺の意識を現実へと引き戻す。今日は朝から疲れた。結局間に合わず、俺と茜は説教を受け、罰として今度雑用をすることになった。

 気が付けば、もう昼休みだ。午前の授業はほとんど寝ていた。寝てても予習はしてあるから、特には困らない。

 クラスメイトに声をかけられる前に教室を出て、俺は購買こうばいに向かう。

 基本的に俺は昼飯を教室で食べない。居場所がないとか、そういうわけではない。話しかけられるのが面倒だから、俺専用の場所で食べるのだ。

 その場所は新館の屋上。新館に生徒はほとんど来ないし、屋上に続く階段は椅子と机が積んである。だが、屋上へのドアは鍵が壊れているのか、コツを掴つかめば簡単に開けられる。

 俺はパンを二つ買い、廊下を進み、階段を登って、屋上へと出る。

 うん。今日はいい天気だ。上を見れば心なしか、青空を近くに感じる。

 パンをかじりながら、ふと今朝のことを思い出す。

 ……あの時は、あれしか手段がなかった。

 俺が持っていた手札で最善のカードだったはずだ。

 それでも相手にとっては、そうじゃなかった。

 結果、相手を――茜を傷つけた。

 中学で茜は勉強にしても、運動にしても、成績が良かった。

 だが、自己顕示欲じこけんじよく自己承認欲求じこしょうにんよっきゅうが強まる年頃だ。周りにとって茜の存在は邪魔だった。だからあいつらは、団結して茜を攻撃した。

 俺はボッチ――物理的ボッチだった。そんな俺には大した影響力などなかった。だから茜を助けたい一心で、あの方法を取った。

 結果、攻撃対象は茜から俺になった。俺にとって、あいつらの攻撃は、日常にスパイスが振りかけられたぐらいのものだった。

 しかし俺が茜を傷つけたということが、一番つらかった。

 高校に入学する頃には、茜は俺と会話してくれるようになったが、その頃から茜のあの癖が始まった。まるで現実逃避をするかのように……。

 ……悔いはない。悔いたところで過去は変えられない。なら、悔いることに何の意味があるのだろう。

 はぁ、青空を眺めて、トラウマを思い出すとか……。青空を眺めても心は晴れないことだけはわかった。



 午後の授業も寝て過ごし、やっとこさ放課後だ。さーて、石蕗《つわぶきのところに行くか。確か、二年六組って言ってた4

 土曜、日曜と対策を考え、今日が月曜。

 対策と言っても、石蕗に会わないとどうにもならない。だから、対策を考えるよりは人を観察する上で役立つ知識をグーグル先生に教えてもらっていた。

 何でこんなに月曜って憂鬱ゆううつなんだろ。あー、学校行きたくないよー。と考えても体は自然と家に鍵をかけ、自転車に跨がり、漕ぎ始める。

 俺は徒歩でも自転車でも登校できるが、遅刻しそうな日は自転車が多い。川に沿って自転車を漕いでると、後ろからチリンチリンと自転車のベルが鳴った。何だよ、抜かすなら早く行けよ。

 自転車のベルは事故りそうな時だけ使うんだよ。と考えている間もベルは鳴っている。

 あぁもう、うるせぇな。後ろを振り返ると、朝日を背にした茜あかねがいた。


「陽介ー、おはよー」


 少し距離があるため、間延びした声が聞こえる。スピードを落として茜と並ぶ。


「おう」

「何よ、冷たいなー。もっと明るく挨拶したら? 挨拶が暗いと心も暗くなるよ」

「生憎と俺の心は、挨拶くらいじゃ明るくならないんでね」


 それに、俺には挨拶するような友達いないし♪


「あ、陽介。今日一緒に帰ろ」

「別にいいけど。何なら今から帰るか?」

「違ーう。放課後!!少し買い物に付き合ってほしいの」


 あー、荷物を全部持たされるやつだ。それに今日はちゃんとした用事があるし。


「悪いな。今日は用事があるんだ」

「え、用事? 何の?」

「あー、いや、友達に遊びに誘われててな……」

「ふーん……友達。ボッチの陽介に友達ねぇ」

「違う!! 俺はボッチじゃない。精神的ボッチだ!!」

「怒るとこそこ? それに何が精神的ボッチよ。普通のボッチと何が違うのよ」

「物理的に周りに人がいないのが、普通のボッチ。周りに人はいて、会話をしても、心がボッチなのが精神的ボッチだ」


 昔は俺も物理的ボッチだった。だが、それじゃ守れないものがあったから、今は周りと必要最低限の会話をしているんだ。


「心がボッチって……」

「そういうわけだから、今日は荷物持ちは無理だ」

「つれないなー」


 そう言うと、茜は腕時計を見て、少し顔を強張こわばららせる。


「陽介、あんたの時計、今何時?」


  と聞いてきた。そう言われて自分の腕時計を見ると、時刻は八時二十五分。あと五分で遅刻だ。少しゆっくり漕ぎ過ぎたか……。


「遅刻だーー‼」


 唐突に茜が叫ぶ。近所迷惑だからやめろ。


「このまま遅刻したら、なに月曜から遅刻してんだって怒られて、宿題増やされて、宿題終わるまで学校に残されるーー‼」


 はい。出ました。茜の癖。今日は軽いな。


「そんなこと言ってる暇があるなら急げ」


 そう言って俺らは一生懸命にペダルを漕ぐ。たぶん間に合わねぇな……。



 チャイムが俺の意識を現実へと引き戻す。今日は朝から疲れた。結局間に合わず、俺と茜は説教を受け、罰として今度雑用をすることになった。

 気が付けば、もう昼休みだ。午前の授業はほとんど寝ていた。寝てても予習はしてあるから、特には困らない。

 クラスメイトに声をかけられる前に教室を出て、俺は購買こうばいに向かう。

 基本的に俺は昼飯を教室で食べない。居場所がないとか、そういうわけではない。話しかけられるのが面倒だから、俺専用の場所で食べるのだ。

 その場所は新館の屋上。新館に生徒はほとんど来ないし、屋上に続く階段は椅子と机が積んである。だが、屋上へのドアは鍵が壊れているのか、コツを掴つかめば簡単に開けられる。

 俺はパンを二つ買い、廊下を進み、階段を登って、屋上へと出る。

 うん。今日はいい天気だ。上を見れば心なしか、青空を近くに感じる。

 パンをかじりながら、ふと今朝のことを思い出す。

 ……あの時は、あれしか手段がなかった。

 俺が持っていた手札で最善のカードだったはずだ。

 それでも相手にとっては、そうじゃなかった。

 結果、相手を――茜を傷つけた。

 中学で茜は勉強にしても、運動にしても、成績が良かった。

 だが、自己顕示欲じこけんじよく、自己承認欲求じこしょうにんよっきゅうが強まる年頃だ。周りにとって茜の存在は邪魔だった。だからあいつらは、団結して茜を攻撃した。

 俺はボッチ――物理的ボッチだった。そんな俺には大した影響力などなかった。だから茜を助けたい一心で、あの方法を取った。

 結果、攻撃対象は茜から俺になった。俺にとって、あいつらの攻撃は、日常にスパイスが振りかけられたぐらいのものだった。

 しかし俺が茜を傷つけたということが、一番つらかった。

 高校に入学する頃には、茜は俺と会話してくれるようになったが、その頃から茜のあの癖が始まった。まるで現実逃避をするかのように……。

 ……悔いはない。悔いたところで過去は変えられない。なら、悔いることに何の意味があるのだろう。

 はぁ、青空を眺めて、トラウマを思い出すとか……。青空を眺めても心は晴れないことだけはわかった。



 午後の授業も寝て過ごし、やっとこさ放課後だ。さーて、石蕗つわぶきのところに行くか。確か、二年六組って言ってたな。

 鞄を肩に掛けて、六組の教室へ向かう。

 しかし、その途中、廊下で石蕗を見つけた。だが、あっちは気付かないみたいだ。……少しついてくか。

 彼女について行くと、新館の一階にある部屋に着いた。彼女がこの部屋に入ったのを見るに、どうやらここが新聞部の部室らしい。


「失礼しまーす」


 そう言いながら、ドアを開ける。


「うひゃぁ!!」


 何だ、その声。可愛いな。


「ど、どちら様……あっ」


 どうやら俺のことを覚えていたらしい。


「えーと……」

「そういや自己紹介がまだだったな。俺は、紫花しばな陽介だ。」

「陽介か!! なら、素の口調でもいいのじゃな?」

「あ、あぁ。」


 相変わらず、子供っぽいな。いきなり呼び捨てする辺り、パーソナルエリアも狭そうだ。そんな性格に、この口調はギャップが凄すぎる。


「今日は何用じゃ?」

「あぁ、この前の依頼について相談しに来た」

「そうか。なら、空いてる椅子に座るとよい」


 改めてこの部屋を見回す。


「部員が一人じゃと、学校も金を出さぬのじゃ」


 なるほど。この部屋にあるのは、長テーブル、壁際に積み上げられた椅子と机、パソコン、コピー機くらいだ。

 積み上げられた椅子を取って、テーブルの近くに座る。


「早速だけど、例の新聞を見せてくれ」


 そう言うと、石蕗はパソコンの近くにあるプリントの束から一枚取って、俺に渡した。


「ほれ、これじゃ」


 その記事は一見すると、クラスメイトを取り上げた普通の記事に見えるが、所々にその人をディスるような表現があった。


「これはまだ発行してないのか?」

「うむ、またじゃ」

「なら、簡単だ。これを書いてほしいって言った奴に、俺がこの記事は書かないって言ってくる。それと、安心しろ。きな粉棒は俺が買っておいた」


 そう言って俺は鞄からきな粉棒の束を取り出す。


「な、なぬ!? きな粉棒じゃと?」


 そう。俺は休みの間にきな粉棒を大人買いしたのだ。


「あぁ。だから、安心して断れるだろ?」

「う、うれしいぞ陽介。さ、咲は感激じゃー!!」


 石蕗は目に涙を貯めながら、俺に抱きついてきた。


「わ、わかったから、離れろって。お、お前、俺の制服で鼻水拭くなって」

「えへへー。よ、陽介。そ、その……た、食べてもいいか?」

「あぁ。そのために買ってきたんだから」


  そう言うが早いか、石蕗は目にも止まらぬ速さできな粉棒に飛びつき、封を開けかぶりついた。

 彼女はカッと目を開く。


「ふおぉぉ。この柔らかな水飴みずあめと、素朴なきな粉のうま味。やはりきな粉棒は美味しいのぅ」


 頬に手を当てて、うっとりしながら食ってる……。

 喜んで食うのはいいのだが、きな粉をこぼしまくってるよ。こういうところも子供っぽいよなぁ。


「ありがとうなのじゃ、陽介。この礼は、きっといつか返すぞ」

「そんじゃ、気長に待ってるよ。それから、今から断りに行くとするか」

「ま、待て。咲も行くぞ」


 そう言って俺らは部室を出る。薄暗い廊下には、俺と石蕗の会話が響いた。

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