第2話 彼の特技は人の役に立つみたいです
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彼女の視線がある一点で止まる。彼女が見ていたのは俺が持っていた地図だ。
「もしかして君が
「え、あっ、はい」
「話は恵から聞いているが、立ち話もなんだ。ついて来なさい。」
そう言うと彼女は門を開けて先に行ってしまった。にしても綺麗な人だったな……。
門をくぐると玄関まで少し距離がある。やっぱでけぇな。
彼女は俺を待たずに屋敷の中へ消えていった。
玄関で靴から来客用のスリッパに履き替えていると、奥から
「廊下を進んで二階に来てくれ」
と声が聞こえた。それに従って廊下を進む。
屋敷の中は外観からの想像通り、木造でどこか歴史を感じさせられるものだった。
廊下の突き当たりには少しカーブした階段がある。
足に力を入れる度に階段がギシギシと鳴る。階段を登りきると右に大きな扉があり、その扉の前でどうしたものかと考えた結果ノックしてみた。
すると中から、「入っていいよ」と聞こえてきた。
その重い扉を押し開けると、その広い部屋の中で彼女は夕陽を背に椅子に座って足を組み、こちらを向いて笑っていた。
その絵画じみた光景に呆然ぼうぜんとしてしまう。
「そんなとこで突っ立ってないでこちらに来たらどうだい? ほら、この椅子に掛けなさい」
そう言うと、彼女は手招きして椅子を進めてきた。その椅子は座ると少しふかっとした。
「さて、まず何から話したものか……」
顎に手を当てながら考えている。
「では、確認だが君は
「はい、そうです。
緊張からか少し声が震えてたかもしれない。……かっこわりぃ。
「そうか。なら話は早い。君には私の手伝いをしてもらう」
「手伝い?」
「そうだ。恵からバイトの内容は聞いたか?」
「あのー……さっきから気になってたんですけど竜胆先生とはお知り合いですか?」
「あぁ、自己紹介がまだだったね。私は
「そうだったんですか……」
それで竜胆先生のことを呼び捨てにしてたのか。
「君はなかなか面白いみたいじゃないか。恵が話していたよ。電話越しでも楽しそうなのが伝わってきた」
彼女――千代さんは笑いを噛み締めるように言う。
「それはどうも」
あとでカウンセリング室に押しかけてあのゆるふわ女を糾弾する決意をしながら言葉を吐く。
「君の特技は人間観察なんだって? その特技がここでは大いに役立つだろう」
あのカウンセラーはどこまで喋ったんだ……。
「おっと。話が逸れたままだったね。では話を戻そう。君には私の手伝いをしてもらうと言ったが、簡単に言えば人助けだ。ここには恵では処理できない案件が回ってくる。恵の仕事はカウンセリングだ。心の悩みなら彼女が処理する。しかし心でない悩みは彼女では解決できないんだ。学校という組織に入っているからね。君の相談だってそうだ。彼女では処理できないから私に依頼したんだ。まぁこの場合、私も嬉しいよ。誰か一人くらい人手が欲しいと思っていた頃だ」
「はぁ、人助けですか」
「うむ。人助けと言っても難しくはない。相談を聞いて、
「今までの仕事はどんなのがありました?」
人助けと聞いてモチベが少し下がったので、前例を聞いてみる。
「そうだな……。いろいろあったが、家出した犬を探したり、浮気の疑いがある彼氏を調査したりもしたな」
マジかよ……。人助けなんだろうけど、これじゃ小さな探偵事務所みたいだ。
まだまだ気になることはあるけど、これだけは聞いておきたい。
「千代さん……二つだけ質問させてください」
「私が答えられる範囲のことなら、可能な限り答えるよ。」
そう言うと彼女は椅子に寄りかかり、こちらを見る。
「千代さんがやっているのはボランティアですか?」
「いや、これは仕事だよ。いくら友達の為とは言っても、報酬はキッチリもらう。その分出来る限りのことはするよ」
「報酬ってどこからもらうんですか?」
「恵はカウンセラーとして勤務しているから学校からもらう。そして彼女が私に依頼した内容に見あった額を私に出しているんだ。君のバイト代も心配しなくていい。まぁ、君次第だけどね」
「なるほど。二つ目は……何でこんなことしているんですか?」
「私は元来好奇心が強くてね。だからこんなことをやっているのかな……。他に理由があるとすれば……せめてもの罪滅ぼしか。」
彼女の瞳が一瞬陰ったのを見逃しはしなかった。
「そうだ。君に紹介するのを忘れていたよ」
彼女は明るい笑顔でそう言うと、部屋の窓を開けた。
「少し下を見てごらん」
そこには赤、黄、青、橙、紫……数え切れない色が地面を覆っている。よくテレビで見る花畑みたいだ。
「これは私の自慢の庭でね。様々な種類の植物が生きているよ。少しばかり手を加えたがほとんどが敷地内に自生しているものだ」
「なんというか……壮観ですね。」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。それと早速明日、仕事が入っている。午後四時、ここに来るといい」
「わかりました。では失礼します」
そう言って俺は部屋を出る。そのまま玄関を出ると、日がだいぶ傾いていた。
自転車にまたがり、足に力を入れる。
ふと千代さんの陰った瞳を思い出す。笑顔がまぶしいだけに、その影は濃く感じた。まぁ気のせいだろう。何か裏があると思うのは俺の悪い癖だ。
そういえば、俺のバイト代は俺次第って言ってたな……。
今、俺は千代さんの部屋にいる。時刻は四時五分前。千代さんはというと、紅茶の用意をしている。
それに比べて俺はやることもないので、あの花畑を眺めていた。やれと言われればそれなりにはやるが、言われない限りはやらない。それが俺だ。
ただ、昨日会ったばかりで何もしないというのはさすがに気が引けるので
「千代さん。俺は何すればいいんですか?」
そう聞くと千代さんは
「ふむ。まぁ今日が初めてだ。少し説明しておこう」
彼女は紅茶の準備を終えると、椅子に座った。
「君は人が嘘をつくときの特徴を知っているかな?」
「確か、自分から見て目が右に動く。でしたっけ? あと女性は逆に目を合わせる傾向にあるとか、ないとか。」
「そうだ。目が右に動く。正確には右上だな。これは想像力を働かせている証拠だ。だから過去のことを聞かれて、目が右に動いていたら嘘の可能性が高い。それで君はその知識をどうやって得た?」
彼女と目が合う。何か探ろうとしているのだろうか。
「経験則ってやつですかね」
「今の答えにはタイムラグがなかった。これも嘘かどうか見極めるポイントだな。まぁ答えを用意していたらダメだが」
そう言うと彼女は意地が悪そうに笑った。
「その経験とやらはまた今度聞くとして、君の今日の仕事は観察だ。
。その人の癖も分かると助かる。君の持てる力全てを使ってくれ。私は
なるほど。なら俺に適任だな。伊達に人間観察やってる訳じゃない。
それと、あの短時間で俺のことを見抜いてここを勧めた
「任せてください。神経を張り巡らせて観察します」
「ふふっ、頼もしいな。では頼んだよ。そろそろ来るだろう」
そう言うと屋敷の呼び鈴が
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