第2話

 停電はもう治っているらしく、夜になってもこうこうと明かりが灯っていた。俺はあまり眠れなかったが、周囲は静かであった。

 翌日、一ノ瀬に話しかけられた。

「手伝って」

「何を」

「これでパーテーションの上を覆うのですよ」

 一ノ瀬は大きな布を持っていた。正直、まだ事態がうまく飲み込めていないためか、眠れなかったからか、何もやる気になれなかった。とはいえ、右も左も分からないので従っておく。俺以外の人たちは、誰もが協力的だった。一ノ瀬に何か提案している人もいた。

 バン!

「アッラーは偉大なり!」

 避難所にいた人全員がその方向を向く。男がいる。黒い布に全身を隠し、花火のようなもの数十本をたすきの形にしてかけている。

「さあ、本題の前にクイズを出そう。コーランの第23章には何が書かれている。答えられるなら、ここから出してやろう」

 誰も話し出さない。重い沈黙が続く。テロリストは

「そうだろうなあ!あんたら、アッラーどころか唯一神すら信じていないもんなあ!」

 男は右手を掲げた。その手にはスイッチが握られている。こいつ、自爆する気だ。その時、一ノ瀬が男の前にやってきた。覚悟の決まった目をしている。彼女は男の前にひざまづく。男が不思議そうに一ノ瀬を見ていた。

「うりゃあ!」

「おうっ!」

 一ノ瀬は、あろうことか、男の急所に大胆な攻撃をした。男はしばらくうずくまった後、そそくさと体育館を出て行った。終わってみればあっけなかった。と、いうか、あっけなさすぎだ。

「ねえ、元、神の牧野さん」

 とは、一ノ瀬。そのまま俺の顔を覗き込んで、

「最近、こういう人が出てきたの。ねえ、まえいた世界で、同じようなことは無かった?」

 と質問してきた。また一ノ瀬の妄想が始まってしまった。しかも、そういうことがあったから困る。バングラデシュのテロ事件。

「なんなんだよ。」

 俺はその場から離れた。その勢いで外に出てみる。

 いかにも地震の後という感じだった。崩れている建物。倒れた電柱。だが、異世界感はない。一ノ瀬があんなにも主張しているにもかかわらず。それどころか、無傷のスカイツリーが、ここは東京だと告げている。

 避難所に戻ったら一ノ瀬がスマホを見ている。俺も持っているスマートフォンだ。

「何見てんですか、一ノ瀬さん」

「おかえり。さっきはだいぶ戸惑ったようだね。いま、富士山の情報を見ていたんだよ。おっと。」

 一ノ瀬のスマホは、手回し充電器付きのラジオとつながっていた。電池が切れかけたらしい。一ノ瀬はそのハンドルを回しながら、

「なんかしらんけど、噴火警戒レベルか1になると噴火するんだよね。こうなったのもここ数年の話。そうだ、心当たり・・・あ、」

 一ノ瀬は黙ってしまった。そして、

「さっきはなんで逃げたの?前の世界で何か、嫌なことがあったの?すごい困った顔してたからさ」

 と聞いてきた。

「いや、この世界と前いた世界のつながりがわかんないんだよ。正直、今いる世界と前の世界は同じ世界だと思う」

 勢いで一ノ瀬を説得しようとする。一ノ瀬の両肩を持って、

「ここは異世界じゃないんだよ」

 と告げた時だった。例の充電器付きラジオが、速報を流したのだ。北朝鮮のミサイルが秋田県に落下したというニュースだ。

「えええ!やばいじゃん。戦争じゃん」

 しかし、一ノ瀬は、

「世界中こんな感じだよ」

 と、告げる。いつも世界中で災害やテロや戦争が起こる。そして、この町も常に災害に巻き込まれているのだ、ということだった。これからもきっとそうだろうからと、

「富士山噴火したら、灰の片付け手伝ってね」

 と一ノ瀬は頼んできた。この世界は「災害が異常に多発する」異世界なのかもしれない。

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