【第一部・最終話】 別れの朝 ~ 旅立ち

「私には、自分の持っているスキルを他人にコピーする力がある。

 そのはずなのだ。

 い、今のはそのための手続きなんだ」


 とアルトは照れを隠すようにいつもよりぶっきらぼうに言い放ち、


「ハル、スキルを確認できるか?」


 と聞いてくる。


 言われるままに俺はスキルを確認する。


 使えなかったはずの『フロアスキップ』や『奴隷契約』スキルが増えていた。

 それに『デザイアードオーバーリミット』という謎のスキルが手に入っている。

 グレイで表示されているから今は使えないようだが。詳細を確認するのはまた後でいいか。


「どうだ?」


「なんか増えてる。アルトが使える……、使っていたのを見たスキルとか……。

『フロアスキップ』と『奴隷契約』ぐらいだけど」


「やはりそうか……。いきなり全部と言うわけにはいかないのだろうな」


 アルトは納得したようにうなずいた。


「私は生まれつき特殊な体質とスキルを持っていてな。

 簡単に言うと……、その……なんだ。

 興奮……というよりも……よ、欲情?した時にスキルを入手できたり、自分のスキルを相手に分け与えたりできる……はずだったのだ」


 なにか俺の煩悩罰則ペナルティと裏表のような体質だ。

 いかんせん情報量が足りていないために、口を挟まずにアルトの続きを待った。


「正確に言うとスキルを入手するためには、そのスキルの発動を実際に目で見るか、体験する必要などがある。その後にその感情が高ぶった時に、習得するスキルを選べるようになるのだ。

 中には、そういった事なしでも得られるスキルもあったが基本的にはそういうルールがあるようだった。

 そうして私は様々なスキルを得て強くなり、騎士団にも入ることが出来た。それからも実力を付けて行った。

 だが、チームとして行動するためには私ばかりが強くなっても意味がない。

 そこで騎士団では、仲間を強化するために……、その……、今ハルにやったようなことをしていたのだが、どうしてだかうまくいかなかった。

 私がスキルを与えられたのはハルが初めての相手だ。

 ご、誤解しないでおいて欲しいが、誰にでもしていたわけではないからな。

 ちゃんとそれをするだけの相手を選んでしていたことだからな。

 だが、スキルの付与に失敗すると、妙に冷めてしまうのだ。

 相手を変えて一人、また一人と試していったが、結局上手くいくことはなかった。

 それで……そんなことをしているうちに……私は騎士団の風紀を乱したとして罰せられることになってしまった。追放された」


「もしかしてアルトって惚れっぽい?」


「そ、そんなことはないぞ。ちゃんと相手をみているといっただろう。

 ただ、結果が得られないと興味を失ってしまうだけで……。

 だが、ハルは違ったのだ。

 今も……その、愛おしく思っている。初めての経験だ」


「…………」


 なんと答えてよいのかわからず黙ってしまう。


「変な話だが……、スキルが前世の魂の加護だというのなら、私とハルにはなにか運命的なものがあるのだと思うのだ。

 私は前世の記憶なんてものは持っていないが……。

 時折頭の中に妙なメッセージが浮かぶことがある。

 自分の体質や能力を知ったのもそれがあってのことだ。

 ハルは『あーるぴーじー』という言葉を知っているか?」


 アルトの発音は微妙に俺の知っている言葉とは違ったが認識の上では『RPG』と変換んされる。


「なんとなく……」


「そうか……。どうやらその『あーるぴーじー』というものが、スキルという能力と深く繋がっているようなのだ。漠然とした概念でしか理解できておらず詳細まではわからないのだがな。

 ハルと話をすれば、その辺りが解明できるのかもしれんが、今はそこまで私を信頼できないだろう。

 私としても今は深く聞くつもりはない。

 が、私とハルはどこか繋がっている、似た者同士かもしれないということだけは覚えておいてくれ。

 それが私がハルを頼る理由になっている」


 打ち明け話を聞くだけ聞いてしまったが、確かに俺からもアルトに全部ぶちまけるのはまだ時期尚早かもしれない。アルトもいろいろまだ隠しているというか俺には黙っている話も多いだろうし。


「わかった……。

 それって、エリンとの今後の予定とかそんなのとも繋がってる話?」


「一部ではそうだな。

 私がすべきことのひとつではある。

 まだ私一人の力でなんとかなるぐらいの問題だが、いずれ手におえない話になっていくような気もしている」


「そんときには、遠慮せずに頼ってくれよ。

 出来る限り力になるから。

 それに、その時までに……」


 もっと強くなっているように……努力しておく?

 言いかけて言葉に詰まる。

 俺は……、平凡に暮らしたいのではなかったのか。

 だけど……それは……。


「すまんな、私ばかり勝手な話をしてしまって。

 だが、話さずにはいられなかった。

 勝手にスキルを押し付けたのも申し訳ないと思っている。

 本来ならば私の持つスキルの全てを習得してもらうつもりではあったが、どうやら中途半端で終わってしまったようでもある。

 もしかしたら、ハル自身がそのスキルの存在を知り、あるいは体験する必要があるやもしれん。

 不明瞭な話だが心に留めておいてくれると嬉しい」


「わかった……」


 そう言うとアルトは後ろを向いてしまった。


「おやすみ」


 と俺はそっと声を掛けた。






「シュミルさん、お世話になりました」


「また、近くに来たら是非立ち寄ってね~。

 お客さんとしてじゃなくっていいから~」


 アルトもシュミルもやけにあっさりとした挨拶を交している。


「ハルくん!」


 エリンが俺に飛びついてきた。


「あ、あのな。いろいろありがとう。

 ほんまに世話になったし……、なんやろ、言葉にならへん……」


 エリンは涙で湿った顔を俺の胸にうずめてくる。

 いつもはピンと立っている耳も若干しなだれているように見える。


「エリン、アルトも……。

 元気で気を付けてな。

 ほんとに近くに来たときだけじゃなくって、力になれることがあったらいつでも手伝うから……」


 声を掛けるとエリンがゆっくりと体を離す。


「行くぞ、エリン」


 アルトに促されてエリンも旅立ちの覚悟を決めたようだ。


「ほな! また、絶対に会いに来るから!

 シュミルさんもおおきに!」


 それだけを叫ぶとエリンもようやく背中を向けた。


 シュミルと二人で見送る。

 いろいろな思い出を噛みしめながら。

 胸に去雑きょざつする様々な感情を整理しながら。


 二人の姿が見えなくなるまで、無言で立ちすくんでいた。


「行っちゃったね~」


 ようやくシュミルが口を開く。


「うん。まあそもそもアルトは冒険者だし。

 あちこち飛び回ってる奴なんだろうな。

 店を構えている俺とは住む世界が違うよ」


 強がってみたものの。

 俺自身の才覚でいえば、どちらかというとなどと前置きを付けるまでもなく、アルトと同じ側の人間である。


「アルトちゃんとハルって誕生日同じなのよね~」


「そういえばそうだっけ?」


「そう。あの日に生まれた子供って未来の救世主なんて預言されて帝都ではみんな魔力測定とかやってたみたいだけど、この街じゃね、そこまで徹底されてなくって名乗り出た希望者のみってことだったのよ~」


「俺は?」


「ハルは受けさせなかったわ~。

 でも、よくよく考えたら……。

 なんてね」


 シュミルはおどけたように言うが……。

 しばし考え込んでしまう。今のところ俺の住むこの世界は魔物が跋扈しているが平和な世界だと言える。

 だが、いつまで平和が続くのかはわからない。


 アルトはそういう不安と、それに備えられるだけの自分という価値を、周囲から理解されなくても一人で背負って生きているのかもしれない。


「ねえ、ハル? 良かったの?」


「何が?」


「一緒に行かなくて」


「だって、店もあるし……。アルトも自分だけでまだ大丈夫だって言ってたし……」


「お店ならあたしがやっとくわよ~」


「そんな、親父にもなんの相談もなく」


 言いながらも俺の心は揺れた。

 アルトとエリンと旅をする。目的は教えて貰っていないがそれは魅力的であり、また彼女らの助けになれる自負もある。

 だけど、いきなりそんなこと決断できない。


「お父さんなら別にいいって言うでしょうね。

 ハルの人生だもの……」


「でもお金もかかるし……」


「お金なんて幾らでも稼げるでしょ~。

 それにアルトちゃんから貰ったんでしょ~?」


「あれは母さんに預かっておいてって……」


「ハルのお金なんだから好きな時に使っちゃえばいいと思うけど~?」


 より一層こころが揺らぐ。

 この街でたまにダンジョンにこっそり潜りながら、質屋を続けるという生活。

 それはそれでありだろう。

 いつか俺を頼ってくるアルトを待つという消極的な暮らしになってしまうが。


 いや、でもそれでいいのかも。

 まだまだ人生は長い。焦る必要もすぐに進路を決める必要はない。


「まあ、まだしばらくは質屋として地道に働くよ」


「そうね~。ハルは質屋さんだもんね~。

 じゃあ、質屋としての仕事はしっかりとしないとね~」


 シュミルも納得してくれたようだ。

 というか、俺をけしかけていたのは本心だったのだろうか。それとも……。


「そうそう、ハル?」


「なに?」


「質屋さんとしてちゃんと仕事するっていったわよね~」


「そうだけど?」


「あのね~、エリンちゃんの預かり手数料ちゃんと払ってもらった~?」


 そういえばすっかり忘れていた。

 それどころか、エリンだけじゃなくアルトとも奴隷契約を交したままである。


「いや、でも、その分を上回るくらいのお金は貰ったから」


「それはそれ、これはこれでしょ~。

 その辺しっかりしないと~。商売人として失格よ~」


「でも……」


 今ならまだスキルの『メンバーサーチ』で居場所がわかるかもしれない。

 そう遠くへは行っていないだろう。


 別れも済まし、心の整理も付けたつもりだけど。

 またアルト達と会ってしまったら決心が揺らぐかもしれない。


「じゃあ、取り立てお願いね~。

 1か月でも1年でも、好きなだけ時間かけていいから~。

 そろそろお父さんも帰ってくる頃だろうし」


「って、そんな……。すぐに行って貰ってくるだけだから、そんなに……。

 放任主義すぎない?」


「可愛い子には旅をさせろって昔から言うでしょ~」


 そう言うとシュミルは店に引っ込んだ。

 すぐに大きなカバンと、使い慣れた剣を持って戻ってくる。


「はい、旅支度しといたから~」


「ちょ、初めから? そのつもり?」


「じゃあね~、ハル~。

 大きくなって帰ってくるのよ~」


 どうやらシュミルは元より俺をアルト達と一緒に行かせるつもりだったようである。

 ある意味では心を見透かされたというか……。手回しも完璧だ。


 ここまでお膳立てを整えられたら……。

 断わりようもないし……、そもそも自分の気持ちに正直になれば、俺だってこの結論を求めていたのだろうと改めて気付く。


「ありがとう、母さん……。

 ちょっと、行ってくる! 質屋として、取り立てに!」


 俺は駆けだした。アルトとエリンを追って。

 この先に何が待っているかわからないけど……。

 どんな困難が待ち受けているかもしれないけど……。


 じっと店に籠っていたら、大したことは学べない。

 世界に羽ばたくとか、世界を救うためとか。そんな大それたことは全然考えていないけど。


 たまたま知り合った縁の深そうな、それぞれの事情がありそうな少女たち。

 二人の力になるために。

 それすらどうなるのかわからないけど。


 それでも、一歩踏み出す勇気。


 それを与えてくれた出会いに感謝して。


 街を走る俺の視線を流れる町並みは、昨日までとは全く違った輝きを持った世界に感じられた。





   『異世界チート質屋のスキルテイクライフ』


          第一部完

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