第26話 大剣アーツ

 レアドロップである『エコーの滴』の2つ目をを手に入れたことで一応の目的を果たすことができた。


 一応というか、まあそれ一点が今回の目標だったわけだけど。


「で、これからどうすんの?」


「あまり……、じ、時間に余裕があるわけではないが。

 今日一杯は、旅の準備やなにやらでこの街に留まるだろうな。

 出発は明日になるだろう」


 やはり本来の声だとはいえ、俺の前で話すのにためらいがあるのか、多少つまりながらアルトが言う。


 そっか、アルトとエリンはやはり居なくなってしまうのか……。

 まあ、そもそもにしてエリンだって3日預かるだけだったし。

 アルトには俺には言えない事情があるのだろうし。


 とはいえ、このまま別れるのも惜しい。


 少し前から温めていたことをアルトにぶつける。


「もうちょっとだけなら時間あるだろ?

 アルトって回復魔法とかも使える?」


「まあな。一応は習得している」


「じゃあ、お願いがあるんだけど」


 ここまで高効率にボスを狩れたのは俺の助力や助言があってのこと。

 ならば少しぐらい付き合ってもらってもよいだろう。


 俺が切り出したのは、もう一度ボスであるネペンテスと戦うということ。

 それも、アルトと俺の役割を入れ替えてだ。


 アルトが後方支援に回り、俺は前衛でボスを引き付ける。

 もちろん、うまくいかなかったらすぐにアルトと交代するつもりだ。


 それを伝える。

 さらに、もう一点。これが受け入れられないと話はおじゃんになる俺にとってはもっとも大切な提案。


「それでさ、アルトの大剣貸してくれない?」


「かまわんが……」


 アルトが言いながら大剣を手渡してくる。


「ハルくんって、大剣も使えるん?

 スキル持ってるん?」


「まあ、一応は……」


 茶を濁しつつ、アルトの大剣を手に取り、鑑定してみる。


 灰輝銀ミスリルの剣

 状態:中古―良好

 価格:780000シドル


 78万シドルもする良品だ。普通は一生かかっても買えないくらいだぞ。

 おそらくエンチャントもかかっているんだろう。

 しげしげと眺めてみると、灰色にくすんでいるようで、なおかつ輝きを放っている。

 初めてみた希少金属である灰輝銀ミスリルの不思議な質感に感動を覚えかけた。


「すげーな、灰輝銀ミスリルかあ」


「固い魔物相手に頻繁に使えば、欠けることはないが、しなりが生じるんでな。

 多用はしていない。

 が、一戦くらいならばよいだろう」


 アルトは太っ腹に応じてくれた。


 スキルを片手剣から大剣に付け替える。


 初めて装備する大剣だ。

 片手剣の時には使えなかったスキルアーツを再度確認してみる。

 元々使えた『バッシュ』『ブレイドガード』『ハードバッシュ』『BGカウンター』に加えて、新たに使用可能となったのは……。


 『アラウンドバッシュ』という範囲攻撃を行う技とアルトも使っていたと思われる剣で突きを放つ『ピアスポーク』に連続攻撃用の『コンビネーションラッシュ』だ。


 突き技の『ピアスポーク』はアルトが使っているのを見ているから、『コンビネーションラッシュ』辺りを試してみたいところだ。


 というわけで、話がまとまり、ボスともう一回だけ戦うことになった。

 エリンはやはり見学兼雑魚対応である。




 いざ接近戦を繰り広げると考えると、ボスのネペンテスはかなり厄介で恐ろしげな相手だ。

 その2メートルは優に超える大きな体躯もそうだが、20本に迫ろうかという無数の蔓とその先の牙を持った頭が、俺の気持ちを挫かせかける。

 あれをかいくぐるのは大変そう。


 だが、自分で言い出したこと。

 力試しの一環である。


 さらに自分を追い込むことにしようか。


「アルト、しばらく一人で戦ってみるから、攻撃魔法の援護は頼んだ時でいい!

 やばそうだったら適当にヒールかけてくれ!」


 言いながら俺はボスに向って駆け出した。


 距離が近づくなり、4~5本の蔓が一気に俺に迫る。


 とっておきのスキル技『コンビネーションラッシュ』を発動させる。

 発動した瞬間に剣を振るうべき軌道が頭の中に入ってくる。


 時間がスローに感じられるというか未来予知というか。

 剣の達人として目覚めたように意識がクリアになる。片手剣での『ダブルスラッシュ』の二撃目の時と同じような感覚だ。


 予備動作なしで放ったラッシュの一撃が一本の蔓の先端の頭に叩き込まれ、力なくしなだれる。


「い、一撃やん!」


 エリンが何やら叫んでいるが俺としてはそれどころではなかった。


 落としたと言っても一本。

 まだまだ数が残っているのも一因だったが、脳内に溢れかえるイメージを処理するのに必死だったのだ。


 剣を振り終える直後から、次撃のイメージが頭に湧いてくる。

 それを忠実になぞると、さらに一本の頭にヒットして、そうこうしているうちにさらにもう次の攻撃イメージが浮かんでくる。


 あっという間に、5本ほどの蔓を斬り落し、敵も警戒したのか、攻撃の手を一瞬休めた。


 いや、違うな。攻撃手段の切り換えだ。


「魔法が来るぞ!」


 アルトの叫び。


 見ると上空高く浮かんでいる頭の口が大きく開いている。


 もはや、これは避けきれないな……。


 一撃食らうのは仕方がない。痛いけど、戦いに支障が出るわけでもない。

 今ならすぐに『ヒール』で回復することもできるしな。アルトも控えてくれている。


 諦めかけたその時に、とっさにひとつの考えが浮かんだ。


 確か、魔法を喰らう時にはダメージを軽減するフィールドが展開されるはずである。

 アルトのスキルのパーティメンバーへの適用効果だ。


 ならば、そのフィールドを自動的に発動させるのではなく、俺自身の魔力放出をもって強度を高めたら?


 そんなことができるのだろうか。


 が、前回は感じなかった俺の中での魔力の高まり、高揚感を今回は認識できる。


 やるだけやってみるか。


 フィールド展開のタイミングに合わせて、魔力を集中、一気に放出するイメージに努めた。


 俺の目の前に展開された淡い水色のフィールドが、徐々に強固なものになってゆくのを感じた。

 薄い膜ではなく光の盾となる。


絶対魔法防御陣アンチマジックウォールだと?」


 アルトがなにやら驚いている。


 ネペンテスの口から放たれた水弾が魔力の障壁にぶちあたって掻き消えた。


 魔法を封じられたので、相手は再び物理攻撃へと移行してくる。


 が、何回やっても同じこと。


 大剣のリーチを活かしてアルトほど接近していないのが功を奏している。

 向けられる攻撃はほぼ前方に集中している。

 すべてを再び発動させた『コンビネーションラッシュ』で葬っていく。


 1つ、2つ、3つ……6つ、7つ……。


 ここまで来れば敵も破れかぶれのようだ。ダメージを意に介さずやみくもに攻撃してくる。

 が、その全てに対して対処可能である。


 一気に10数本の蔓を迎撃しては沈めていく。


 残るは一本の頭のみ。


 それはさすがに安易に向かってはこない。


 また魔法の攻撃を試みているようだ。通じないとわかっていても、やはり攻撃パターンが限られているのだろう。


 何度やっても同じこと。


 大口をあけて魔力を集中させている気配を感じた俺は、再び魔力での障壁を作ろうと意識を集中させる。


 先ほどとは違い、魔法の防御はスキルとして身に着いたようである。魔力の集中などを念じる手続きも必要なく、『アンチマジックウォール』と念じるだけでそれが発動する。


 水弾が掻き消えるのを確認してから、魔物の本体へと向けて突きを放つ。『ピアスポーク』の一撃。

 さすがに、それだけで決着はつかないが、上空を彷徨っていた頭が下に垂れ下がるように落ちてくる。


 こうなれば、あとは脅威でもなんでもない的をただただ切り刻むのみ。『コンビネーションラッシュ』を念じて、4撃ほどぶち込んだ時点で、ボスは沈黙した。


「おっ! 『エコーの滴』じゃん!」


 ドロップはもう取り立てて必要のないレアの『エコーの滴』だった。


「20階層のボス相手に……、

 これほどの短時間で……、

 一人で……、

 絶対魔法防御陣まで繰り出して……、

 無傷で……。

 あ、呆れてものがいえん」


 ものが言えないとか言いながらも、律儀に感想を述べてくるアルト。


 エリンはエリンで、


「な、なんやの? アルトもすごかったけど……。

 ハルくん……、め、めちゃめちゃや……」


 などと呆れ半分、おそらく尊敬とか畏怖的な何かが混ざったような声を掛けてきた。


「アルトの大剣の力もあるんじゃない?」


 などと言葉を濁してみるが、


「私もさっきは同じ武器で戦っていたのだがな。

 それに、その大剣よりもこっちの片手剣のほうが、より上等な武器なのだ」


 とあしらわれた。


「ありがとう、いい経験になったよ」


 と俺はアルトに剣を返す。


 するとアルトは神妙な顔つきになる。


「私や……、エリンの前ではよいが……。

 その力……、人には見られないほうがいいだろうな」


 それは俺も思ったことだった。


 アルトは続けて、


「大きすぎる力は嫉妬や悪意を生み、災いを呼ぶこともある。

 大剣術もそうだが、魔術も片手剣も、高レベルの技は控えておくほうがいいだろう」


 俺と同じく一般的には強すぎる力を持ったアルトの言葉だからこそ重みがある。

 さらに言えば詳しくは聞けていないが、いろいろなトラブルや不幸、あるいは悪評にまみれているアルトである。

 かつての自分が辿った道を俺に歩ませたくないという真心なんだろう。


「もちろん。

 相手がアルトだからこそ、見せたわけで。

 なかなかこんなとこに来る機会もないしな。

 俺ってしがない質屋の息子だから」


 と多少おどけてみせつつ、


「いろいろ気を使ってくれてありがとな」


 とアルトに礼を言う。


 エリンにも、


「付き合ってくれてありがとう。

 ほんま、おおきに」


 と言って置いた。


「じゃあ、引き返すか……」


 アルトのスキルを使えば奥に出来たインヴァイトゲートから一階層まで一瞬で戻ることが出来る。


「そうだ……」


 とアルトが何やら切り出した。


「昨日の探索も合わせて、得られた魔珠マジュや素材などの報酬なんだがな。

 一部はハルの倒した魔物でもあるし、ボスはほぼ二人で倒したようなものだ。

 エリンの装備に使わせて貰った分もあったが、本来であればハルに飲ませる魔法回復薬で消える程度の金額だと思っていたのだが。結局使わなかっただろう?」


 そういえば、かなりの儲けになったとは思うが、一銭ももらっていない。

 無理にくれとは言わないし、こちらからは言い出しにくいことだけど……。


「半分はハルに受け取ってもらおうと思う」


「どれくらいの金額になりそう?」


「ざっと見積もって200000シドルほどになるかな。

 もちろんちゃんと換金しないとわからない。私が飲んだ魔力回復薬の値段を引いたとしてもそれくらいにはなるだろうな」


 ちょ、ちょっと桁がおかしい。20万って。


 うちの店の利益の数か月分に匹敵する金額だ。一人で慎ましくなら一年は暮らせるだろう。


「そんなになるの?」


「ああ、そもそも11階層以上の魔物の魔珠は400シドルを超える価値だし、最短で進んだとはいえ結構な数を倒している。

 ボスのネペンテスの魔珠は8000シドルにはなるだろう」


 そうか……。ボス相手に連戦したもんな。

 あっけにとられて黙っていると、


「まだ必要だというのなら、少しの間はボス狩りに付き合うが?

 手っ取り早く稼ぐのなら、ボス戦を繰り返すのが一番いい」


 などとアルトが聞いてくる。


「うちもどうせ見学やし、大丈夫やで」


 エリンも同意してくるが、


「いや、大きすぎる力が災いを呼ぶのと同じで……。

 ちょっと今のままでも信じられないくらいの金額聞いてびっくりしてるところだから」


 などと返しながらもついつい換算してしまう。

 アルトが居なくても、ボスと戦えそうなことがわかった。

 一時間で4~5回かそれ以上は倒せるだろう。

 それで一回8000シドル。時給にして4万シドル。うちの月収レヴェルである。

 アルトと二人なら一時間で20体。

 16万シドル……。アルトがくれるといっている金額とほぼ同額が稼げてしまう。


 なんて割りのいい仕事なんだろう。と思いかけて考えを打ち消す。

 現状貰えそうな20万シドルでも、十分な大金。

 一人でだってちゃんと準備して挑めば一日で稼げそうな額でもある。


 だけど、ダンジョン探索には危険も付きまとうし思わぬ落とし穴に落ち込むこともある。

 それに一人で『アンチマジックウォール』が使えるかも試してないし、なによりそんな量の魔珠や素材をギルドに持ち込めば注目を集めることは必須だ。


 ハルは静かに暮らしたい。慎ましくでよいのだ。現状でも金に困っているわけではないし。


「いや、それだけもらえれば十分だよ。

 旅の準備もあるだろうし、これで引き上げよう」


 後ろ髪を引かれる思いを断ち切ってそう答えた。


「そうか、すまんな。気を使わせてしまって」


 とアルトは言い、


「まあ、正確に半分も要らないから。

 旅支度もあるだろうし、余った分で適当にくれたら」


 と俺は予防線を張って置く。それでもまあかなりの金額を得ることになるのだろうけど。


「ならば、換金と、買い物をしてから夕方ぐらいにハルの家に行くことにしよう」


「あっ、じゃあ、折角だから、今晩も泊まっていったら?

 母さんには言っとくし、喜んでくれると思うから」


「ええのん?」


 とエリンが尋ねてくる。


「もちろん。エリンだってちゃんと母さんに挨拶したいだろ?」


「うん、お礼もいわなあかんし。世話なったし可愛がってもろたから」


「アルトもいいだろ?」


「かたじけない」


 というわけで、1階層に戻ってからダンジョンを出た。


 そこで別れることになった。


 方向音痴のアルトだが、エリンも居ることだし大丈夫だろう。


「じゃあ、また後で」


 と言いながらも行く方向は同じ。

 なんとなく気まずくなりそうになりながら、冒険者ギルドの前で二人と別れたのであった。

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