第25話 アルト
ダンジョンの20階層を3人で進んでいく。
「魔物だな」
アルトがさっそく敵の気配に気づいたようだ。
一旦立ち止まり、距離のあるうちから、パーティ構成を確認する。
グール1体、ロックゴーレム2体というほどほどの――まあ、与し易い――団体さんだった。
「右のロックゴーレム」
アルトが自分の対象を誰に相談するでもなく決める。
「じゃあうちは左の!」
ということで、俺にはグールが回ってきた。
アルトは一瞬で片を付けた。といってもすれ違いざまに連続で剣を振り入れていた。全部スキルなんだろうけど、その発動ラグがないところがすざまじい。
俺もグール程度だと、『ダブルスラッシュ』の一撃で
さっさと倒してエリンの戦闘を見守る。
エリンだってそこそこの強さだしアルトも居るから大丈夫だろうけど、なんとなく気になるからな。
何かあった時のフォローに備えることも必要だ。
パーティプレイというのはそういうものである。
本来ならば、効率と安全性を重視してアルトなり俺なりが片づけるのがより適切なのだろうけど、エリン自身の希望なので、そこは配慮しなくちゃいけない。
「おら! てい! この!」
俺の戦闘中から聞こえてはいたが、エリンの攻撃時の掛け声はちょっと今までのエリンのキャラとはそぐってない感じだった。
こんちくしょーとか今にも言いそうだ。
「こんちくしょ!」
想いが通じたわけではないだろうが、実際にそんな言葉を口にする。
べらんめえとかは言わないだろうな。語族が違うだろうし。
そもそもにして、エリンは身体能力的には俺よりも断然高く、獣人であることの特性もあって動きも素早い。反射神経もよいようだ。
アルトと比べてしまえば見劣りするが、それでもなかなかのものである。
ロックゴーレム程度ならば、十分お釣りがくるくらいの動き。
スキルの力もあるのかもしれないが、素人離れした動きで魔物を翻弄していく。
といっても、ロックゴーレムの耐久力はこの階層では群を抜いている。
アルトだからこそ一瞬で片づけられるのであって、エリンではそうはいかないようだ。
といってもダメージを喰らうようなへまはしなさそうだし、安心して見てられる戦いぶりだった。
「どやさ!」
エリンが、ロッドで突きを入れたところでロックゴーレムは霧散した。
戦闘が長引くのは、ロッドの攻撃力がそもそも剣系に比べると落ちることも関係しているのかもしれない。
ロックゴーレムは俺の全力攻撃である、『ダブルスラッシュ』をもってしても二回分の体力を持っている。
エリンは地道に攻撃を続けて10回近く殴っていたようだった。
剣とは違ってロッドのスキルを使った攻撃は大きく振りかぶるモーションが必要になるようで、ひどく効率が悪い。
突きも突きで溜めの予備動作が必要な攻撃のようである。
まあ、魔法使い用に魔力を増強するのがメーンの武器だから、使い勝手が悪いのは仕方がないことなのかもしれない。
「めっちゃ固いねんな……。4階層の魔物なんか2発も殴ればそれでやっつけられたのに」
「まあ、ロックゴーレムは特別だ」
とアルトが慰めるように言う。
「そもそも、この階層の魔物を一人で倒せるってことが凄いんだけどな」
と俺は自分のことは棚に上げて話を合わせて、エリンを持ち上げておく。
「そうかぁ。ハルくんとアルト見てたら自身失くすわ」
エリンの中では俺もアルトと同類のようである。俺としてはアルトは雲の上の存在にも思えるのだが。
「武器での攻撃よりエリンは魔法主体で戦ったほうがいいのかもな」
アルトはふとそんなことを言う。
確かに理に適った話ではある。
獣人の身体能力を無駄にすることになるが、回避に優れた後方支援役としてエリンが戦うのであれば、前衛は後ろを気にせずに戦うことができる。
エリンであれば、この階層でもっとも動きの速いロトンドッグの一匹や二匹、いやそれ以上に囲まれたところで無傷で戦っていけそうだ。
あくまで近接戦闘はオプションで、魔法攻撃を主体にするのが現状のエリンのスキル構成からすれば、相応しいかもしれない。
「火魔法と水魔法が使えるんだっけ?」
そんな想いを胸にエリンに確認する。
「せやけどうち魔力が少ないから、そないに数撃たれへんよ?」
「魔力回復薬ならアルトが大量にもってるよな?」
「そんなん勿体ないやん。お金は大事に使わんと」
倹約屋さんのようである。
そんなこんなで魔物と戦いながら、ボス部屋の前に辿り着いた。
「まずはエリンは見学していてくれ。
魔物が湧き出たら出来る範囲で対処……できるな?」
「ま、任せときぃ!」
というわけで、いざボス戦へと繰り出す。
アルトは俺には何も言わなかったってことは昨日の戦略をそのままやればいいってことだろうな。装備も大剣と片手剣の二刀流になってるし。
アルトがネペンテスに向って早速剣を振るっている。
俺は狙うべき蔓の先端の頭を識別して、魔術で攻撃する。
『ウィンドスピア』と『ファイアーボール』の連続で
風魔法と火魔法の魔力がチャージする間に『ヒール』を唱えて、アルトを回復。
そうこうしているうちにチャージが終わり再び風・火の連続攻撃。
アルトがとどめを刺す。
やはりあっけなくボスは沈む。残念ながらドロップは、通常アイテムだった。
「すご……」
褒め称えるというよりも、呆れた表情でエリンが呟いた。
今回は雑魚魔物が出てこなかったので、エリンはただ見ているだけだった。
「二人とも……、すごすぎへん?
ボスやで、ボス。それをこんなにあっけなく……」
「ハルが考えた戦略だ。現状ではもっともスピーディに倒すことが出来るからな」
アルトはなんでもないように答え、次戦へと向かう。
次の回では、ちょっとした異変が起こった。
一回目の連携が終わった時だった。俺が魔法を二発打ち込み、アルトが剣で攻撃をする。
捨て身で攻撃しているアルトに『ヒール』をかけた直後。
アルトの剣戟を喰らった頭が、逃げるのではなく俺の方を向いた。
牙の並ぶ口を開き、その中に魔力が凝縮されていくのがわかる。
「ハル!」
とアルトが叫ぶ。
ネペンテスの口から、水弾が俺に向って放たれた。
そういえば、たまに魔法を使うとか……。
避けようと思うが、あまりの速度に間に合わない。
とっさに防御スキルの『フリッカー』を発動させてみたが、魔法攻撃には効果がないのか、水弾を弾き返すべく放った剣をすり抜けて、俺の腹辺りに直撃した。
魔法を喰らう寸前に一瞬俺の体が光った気がしたが、どういう現象だかはわからない。
「ぐぅう……」
思わず苦痛で顔が歪む。
我慢できないことはないし、致命傷には程遠いが、かなり痛い。
痛みとおさらばしたくて『ヒール』を唱えようとしたが、さっきアルトに使ったばかりでまだ使用できない状態だった。
「大丈夫?!」
いつの間にか湧き出した雑魚の相手をしながら、エリンが心配そうな声を掛けてくる。
「ああ……、大したことはないと思う……けど……。
さすがに痛かった……」
うん、痛みは続いているが、動きに支障が出るほどでもない。
魔法だってチャージさえ終われば使えそうだ。
気を持ち直して、戦闘へと意識を向けた。
アルトは、ネペンテスに対して二刀で切り結んでいる。
援護しなきゃな。
多少の痛みはまだ残っているが、回復は後回しにすることにした。
目標を見定めて『ウィンドスピア』と『ファイアーボール』を連発する。
それにアルトが追撃して、ボスが沈む。
それからエリンが仕留め損ねていたロックゴーレムをアルトが一瞬で切り捨てた。
「大丈夫だとは思うが……」
言いながらアルトが近寄ってくる。あまり心配してくれていないようだ。
「いや、かなり痛かったんだけどな」
「本来であればその程度では済んでいない。
といってもそれでも大したダメージにはならないだろうが」
「どういうこと?」
「私のスキルに魔術を軽減させるという効果を持つものがある。
それは、私だけではなく、パーティメンバーにも適用される」
「ああ、それってもしかして、魔法を喰らう瞬間に体が一瞬光った……」
「そうだ。攻撃されたものの魔力を消費してしまうが、威力を和らげる緩衝フィールドを展開するのだ」
「って、それがなかったら……」
「まあ、『ウォーターボール』程度では大したダメージにはならん」
あっさりと言い放つアルト。
良く考えたら、魔法ではないが、アルトはガンガンダメージ食らってるからな。
それでもひるまずに、戦っている。
俺もこんな初級魔法程度で泣き言を言っているわけにはいかないということだろう。
レディーファーストの原則から、先にアルトに『ヒール』をかけて、時間を置いてから自分に対して『ヒール』を唱えた。
時間とともにましにはなってきていたが、しぶとく残っていた痛みがようやくなくなった。
「うちも……、余裕があったらボスに魔法で攻撃して援護しようとか思ってたけど……」
「無理はするな」
「うん、やめといたほうが無難だと思う」
無理に痛い思いをする可能性を増やす必要はない。
三人の意見が一致し、結局エリンは雑魚の相手をしつつほぼほぼ見学という役割を継続することになった。
昨日あれだけ戦った時は一度も使われなかったが、普通に時間をかけて戦っているとちょくちょく放ってくるのかもしれない。
頻度は確かに低そうだが。二度と食らいたくないというほどのものではないが。
なんとかできるならそれにこしたことはない。
「なあ、アルト? 魔法って躱せない?
ってか、アルトだったらどう対処するんだ?」
あんな痛い思いは可能であれば避けたいがために、アルトに問いかけた。
経験豊富なアルトであれば、なんらかの対処法を知っているだろう。
だが、
「残念ながら魔法は躱せない。相反する魔法で相殺というのなら聞いたことはあるが、基本的には食らう前提で挑むしかないな。
特別な装備でもあれば別だが」
と冷たい答えが返ってくる。
なんでもアルトは、飛んでくる矢くらいならひらりと躱せるだけの自信があるらしい。
それなら魔法だって……と思うのだが、どうにも勝手が違うらしい。
物理攻撃と魔法攻撃ではそもそもの考え方を変えなければならないとか。
認識時空の歪みだのタイムラグだの、その現象に対して研究している先人の仮説を説明されたが、よくわからなかった。
魔法因果の逆説的パラドクスなんて言われてもさっぱりである。
結論としては、魔法は躱せない。それがこの世の鉄則のようである。それだけ聞ければ十分だ。
「まあ、痛みに耐え、それでも戦意を繋ぎ留めるのが冒険者としての鉄則だ」
などともっともらしいことを言われれば、はいそうですかと覚悟を決めるしかない。
だって男の子だもんな。
結局その後は魔法を使われることなくさくさくと狩りがすすんだのだけれど。
エリンも加わり、雑魚を気にする必要がなくなったためにほんの若干ではあるが効率が上がった。
一時間ぐらい戦い続けてようやっとレアドロップの『エコーの滴』を手に入れることができた。
「やったなあ!」
「やっとでたか……」
「ああ、ハルの力があってこそだ。礼を言う」
その場でアルトは『エコーの滴』を飲み干した。
「…………」
「アルト?」
黙り込んでしまったアルトを心配そうにエリンが覗き込む。
「どうしたんだ?」
「いや……」
ん? そういやもう慣れてしまっていたけど、アルトは魔法が使えなくなった以外にも声もしわがれていたんだっけ。
一瞬だったがアルトの口から出た声はさっきまでとは全く違っていた。
というか……。
「なあ、せっかく治ったんやろ?
自分の声でちゃんとハルにお礼いわな」
今朝のエリンと立場が逆転している。
アルトは照れを隠すように、俯いてしまったがやがてゆっくりと顔を上げて俺に向き直った。
「あらためて……、その……なんだ。
感謝している……」
ぶっきらぼうな口調とは似あわない、甘ったるくて甲高い声でアルトが喋っている。
すごーく違和感を感じたけど……。
これはこれでギャップがあって可愛いのかもしれない、なんてことを思ったり思わなかったり。
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