第24話 再ダンジョン

「この店で一番いいロッドを見せてくれ」


 武器屋に入るなり、アルトが店主に声を掛ける。


 まあ、昨日一日で稼いだ額が半端ねえ金額になっているので、今後のことも考えると良品を買ってしまうのがいいだろう。エリンのことを考えてもそれがふさわしいように思える。


「は、はい……」


 気押されたように店主が応じる。びくっと体を震わせると、逃げ去るように店の奥に引っ込んでいく。

 しばらくして一本の棒を持って帰ってくる。


「こちらなどいかがですか?」


 店主が出してきたのは『聖木鋼のロッド』という品だった。


「こちらは、打撃用武器としての用途のために、素材的には鋼鉄を使用しており、攻撃力、耐久性ともに優れております。

 また、魔法攻撃力の上昇のために、特別に清められた木材を施してありますので、魔術師の方にもご使用いただける一品でございます。

 お値段は少々お高くなっており、12000シドルでございますが、値段分以上の価値はあると存じますです、はい……」


 アルトが手に取って眺めている。


 ちらりと、俺を見たのは鑑定してみろということか。


 意を汲んで鑑定するも、特に目新しい情報はなかった。


 価格は8500シドル。まあ下取りに出せば半値から6~7割になるから妥当な線だ。

 とりたててエンチャントもなく、空スロットもないという状態なのだろう。

 まあ、エンチャントは買ってからするのが一般的なので、新品で売り出されている武器に掛かっていることは滅多にない。ダンジョンでの拾い物なら別だが。


「同じものが幾つかあるか?」


 アルトが尋ねる。


「ええ、うちにある在庫は3本だけです」


 言いながら店主は同じロッドを追加で2本持ってくる。


 アルトがそれらを俺に手渡す。


 どれも、さして変わり映えしない。

 鑑定結果も、100シドル前後の幅はあるものの、特に良品が混ざっているわけではなかった。


「……、多分全部似たようなもんだと思う。値段的には似たようなもんだ」


 と俺はアルトに耳打ちした。


「エリンはどれがいい?」


 アルトは今度は使用者であるエリンに尋ねる。

 どれを選んでも一緒ということなら、エリンに決めさせるのが良いだろうということか。


「うちが選んでええの?」


「ああ、まあどれも同じものだが、手になじむとかそういう微妙な違いがあるかもしれん」


 エリンはひとつずつ受け取ると、それを振ってみたり、握りなおしてみたりといろいろ試しているようだった。


 それを3本分繰り返す。


「あんまりわからへんけど……。

 これがいいかなと思う」


 エリンはそのうちの一本を選んだ。


「なら、これと……、そうだな。

 予備にもう一本買っておくか」


 と、アルトはもう一本は自分で選んで、残った一本を店主に返す。


「2本お買い上げですね。

 24000シドルになります」


 店主は、とびっきりの笑顔で応じた。


 この辺にはそれほど高レベル、高ランクの冒険者はあんまり居ない。

 こんな高額商品が売れるのは珍しいのかも知れない。


 アルトは、早速即金で支払った。

 一本を、マジックバッグに仕舞い、一本をエリンに手渡す。


「おおきに!

 大事に使わせて貰うわ!」


 エリンも笑顔で答える。


 とまあ、装備は整った。


 店を出るなりまた、訳の分からない方向へと歩き出すアルトを引きとめて、ダンジョンへと向かう。


 入り口で、冒険者カードの確認を済ませ、ダンジョンに入ろうとすると、


「ちょっと待ちな」


 と声を掛けられた。


「……?」


 アルトは無言で振り返る。


「お前らだろ? 20階層で戦っているなんてうそぶいている奴は?」


 絡んできたのは冒険者、剣士風の男であった。


 アルトは無視して行こうとする。


 が、その男の仲間が行く手を塞ぐ。


「待てって言ってるだろ!?」


「何か用があるのか? 手短に頼むぞ」


 アルトはめんどくさそうに、それでも相手をすることに決めたようだ。


「話をしたのはこちらだ。

 まずは名乗るのが、礼儀だろう」


 と、剣士風の男が、頼んでも居ないのに自己紹介を始めた。


「俺達はナムバール一の冒険者パーティ、『疾風の牙』ってもんだ。

 俺が前衛を務める、バレット。

 回復担当のアゼル。

 後方支援の魔術師マゾロン。

 探索要員のレーミス。

 4人揃って『疾風の牙』」


 何やら男臭いパーティである。

 ゴリゴリのむきマッチョ揃いというわけではないが、剣士バレットもいい感じのおっさんで、他の3人もおっさん揃いである。


 周囲で様子を見ていた冒険者たちがざわざわしている。


「なんだなんだ?」

「『風の牙』がまた絡んでいるんだよ」

「ああ、いつもの奴か……」

「あいつらいつもああだよな」


 などあまり好意的ではない印象だ。それでも知名度はそこそこあるようだ。

 俺はさっぱり知らなかったが。


「俺達は、このダンジョンでのトッププレイヤーを自負している。

 そんな俺達でも、ようやく先日10階層を突破したところだ」


 10階を突破ということは、10階に居るボスぐらいは倒せる力は持っているのだろう。

 ナムバールという男の装備は鋼で統一されており、しかも特注のようで、デザインが一般的な鎧とは異なっていたりする。

 まあ、金もあって、自己顕示欲の高い、ちょっと痛いパーティなのかもしれない。

 それでも、他の一般冒険者と比べれば、格段にレベルが高いのが見てわかるし、本人達の態度にも表れている。


 それにしても話が見えないな。


「用がないのなら、行くぞ」


 アルトは冷たく言い放つ。


「どうだ? タイムアタックで勝負をしないか?

 今から同時にダンジョンに入ってどちらが先に10階層を突破できるか?

 勝ったほうが、名実ともに、このダンジョンのエースパーティの称号を手に出来るっていうわけだ」


 バレットが勝手に話を進める。


「すまんがそういうのには興味がない」


 アルトはあくまでも冷静である。


「ふん、おじけづいたか!?

 それともやっぱり吹かしなんだろ。

 20階層どころか、低階層でピーピー言いながら魔物から逃げ惑っている軟弱パーティか。

 お笑い草だ」


 勝手に勝ち誇っているが、もちろんアルトは相手にしていない。


 くるりと背を向けるとダンジョンの入り口に向って歩き出した。


「どうしたの? ハル」


 肩を叩かれて振り返るとミライアさんの姿が。今日も前のパーティメンバーと一緒だった。

 むさくるしさ全開の『風の刃』とやらとは違ってこっちは女子ばかりの華のあるメンバーだ。

 槍使いのアラルとかいう少女は、ちゃんとこちらに挨拶してくるが、相変わらず魔術師のフランは視線も投げずにそっぽを向いていた。


「いや、なんか変なのに絡まれちゃって……」


 と小声で返した。


「ああ、『風の牙』ね。

 確かにこのダンジョンじゃあ、いっとうまともな戦力をもったパーティだけど。

 プライドが高くてすぐに勝負とかふっかけるのよ。

 いきなり現れて20階層とかそんな冒険者が現れて嫉妬してるんだわ」


 そういや、俺達が20階層を探索してるなんてミライアさん以外には言ってなかったような。この人が言いふらしたんじゃないだろうな。


 怪訝な目を向けると、言いたいことが伝わったのか、


「あたしは、言いふらしてないわよ!

 でも、もともと『エコーの滴』を探してるって話は広まってたし。

 噂になっちゃってるから。酒場ではもうその話でもちきりで」


 悪目立ちしてしまっているな。まあ、仕方がないか。

 悪く言えば冒険者の掃き溜めみたいなこのダンジョンで、アルトの力はあまりにも突出しすぎている。


 と、アルトに目をむけようとすると、既にダンジョンに入ってしまったようで姿が見えない。


「すみません。俺も行かなきゃ」


 と、ミライアさんに断わってアルトを追ってダンジョンに入った。


 相変わらず、装備も貧相な冒険者たちがたむろしている。


 アルトとエリンを探すと、もう奥の入り口、インヴァイトゲートの手前でスタンバっていた。


「行くぞ……」


 俺の到着とともに、アルトはゲートをくぐる。エリンに続いて俺もそこをくぐり、スキル『フロアスキップ』の力で20階層のエントランスに出た。


「変なんに絡まれたなあ」


「どのダンジョンでもああいった輩は居る。

 特にメリットもないが、探索階層で競い合っている連中だ。

 相手にしないのが身のためだ。

 それに私たちはこのダンジョンを根城にするつもりもないからな。

 目的を果たしたら、もう来ることはないだろう。

 ならば、関わり合いにならないのが良策だ」


 そうか……。良く考えたらアルトもエリンも、もうひとつの『エコーの滴』が手に入ればもちろんこのダンジョンに潜る理由もなくなる。この街に留まることもなく、どこかへ行ってしまうのか。


 少しさびしい気がする。

 俺はそれからどうするんだろう。


 ダンジョンに潜って探索するだけの力はあるということは確認できた。

 たまにこっそり一人で探索するのか。それはそれでむなしい気がする。


 かといって、ダルトさん達と一緒だと、刺激も儲けも少ないし、経験もたまらないだろう。

 ミライアさん達のパーティだとまだましましかも知れないが……それに女子率が高いから楽しそうだ。

 でも、入れて貰えるという保証もないしな。


 来るとしたら一人でか……。

 唯一戦力的にまだつり合いそうなさっきの『風の牙』とやらの面々とは性格的にあいそうもないし。


 そんなことを考えていると、アルトがエリンに11階からここまでの魔物のレクチャーをしているところだった。


「……最後の19階の魔物は、ロックゴーレムだ。マッドゴーレム、ストーンゴーレムの上位種になる。動きは遅いが耐久力が高い。

 まあ、18階のロトンドッグと並んで一番手間のかかる魔物だ」


「アルトもハルくんも、余裕なんやんな?」


「まあ、そうだな」


「うちも戦ってみていい? 時間はあるやろ?」


 エリンはどうやら戦う気まんまんのようである。確かに時間的余裕もある。

 のんびり行っても、20階の突破には2時間もかからないだろう。


 上手くすればお昼前にはボスと連戦を繰り返して、レアドロップにありつけるかも……というぐらいの目算だ。


 なかなかドロップしなかったとしても、今日中には間違いなく目的は果たせるだろう。


「なあ、アルト。正直エリンの強さってどのくらいなんだ?」


「うちかて、十分戦えるで。

 前は、ロッドが折れてしもて、囲まれたけど、ちゃんといい武器買うてもろたし。

 魔法かて、水魔法だけやけど使えるんや」


 そういえばそうだった。

 たかが4階層レベルだったが、エリンは最小限の魔物を倒し、残りは躱し、囲まれて武器を失いつつも、致命傷は受けずにいたくらいの実力である。

 エリンのスキルでいえばロッドのレベルが4。

 なんとか20階でも戦える程度のレベルは所持している。


 良い武器を持って、俺とアルトのフォローがあるのなら、戦力として数えてもいいくらいだ。ただ、アルトさんが強すぎるから、バランスがおかしいってだけで。俺もひとのことは言えないかもしれないが。


「まあ、ダメ―ジ喰らったら俺の回復魔法もあるし……」


 ちょっとやる気になっているエリンに水を差すわけにもいかないかなあと思い、俺もフォローに回る。


「まあ、いいだろう。

 元々、これほどハイペースでボスと戦えるとは思っていなかったからな。

 それほど時間に余裕があるわけでもないが、ロスは少ないだろう」


 というわけで、ダンジョンの捜索はアルト無双、時々俺って感じの昨日のように進むのではなく、3人で手分けして戦っていくことに決定した。


 

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