第22話 レアドロップ

 再びインヴァイトゲートをくぐり、3回目のボス戦へと突入する。


 既に見慣れた光景だが、部屋の奥の床が光って、ネペンテスが現れた。


 アルトは先程と同じ、片手剣と大剣という二刀流スタイル。攻撃重視だ。


 俺はというと、前回の2回とは違って部屋の隅ではなく、若干前寄りに位置どる。


 というのも戦闘前にちょっと、アルトの話し合ったのだ。

 さらに効率を上げる方法を。


 アルトは、超至近距離による打ち合いではなく、初戦でとったやや離れ目の位置で戦闘を開始した。


 無数のつるがアルトへ向かう。


 それを迎撃するのは先ほどと同じ。

 だが、どちらかというと攻撃に専念というよりも、躱すことも視野に入れた戦術。


 あまり攻撃重視で護りをおろそかにするとダメージ的にはそうでもなくても痛々しくてやりきれないからな。


 さて……。

 と、俺はネペンテスを観察する。

 幹から伸びる、多数の蔓の動きを見定めるのだ。

 やはり、攻撃に加わらない一本の蔓が存在している。


 あれだな。

 照準を絞り、魔力を集中させる。


「ウィンドスピアー!!」


 風の刃が、真空の槍の穂先となり狙った蔓の先端の頭に見事に命中する。


「ファイアボール!」


 続けざまにもう一発。これも綺麗に決まる。


 確固たる弱点が存在するのなら、それを集中的に狙うのが得策だ。

 とはいえ、乱戦の中では判別が難しく、さらには他の蔓からの攻撃もいなさないといけないため、的として絞りにくい。


 が、離れて魔法を撃つ分には十分狙うことができる。

 避けられることも考えていたが、どうやら魔法の命中率は高いらしい。


 さすがに、魔法の二発程度では沈まないが、追い打ちをかけるようにアルトが片手剣を振るって真空波を放つ。

 さらにアルトは、もう一撃。大剣で同じ頭に突きを入れる。


 その際のアルトは無防備だ。ダメージを喰らってしまうが、即座に『ヒール』で回復させる。


 弱点を狙った連続攻撃はそこで途絶える。

 アルトからすれば、それでまたあの頭は他に紛れてしまったことだろう。


 さすがに、一回の連携では仕留めきれない。


 まあ、それぐらいは計算のうちである。どうも、他の蔓の頭と比べて耐久力は高いようだ。

 他の蔓であれば、今の一連の連携で沈めることができただろう。


 とはいえ、ぶっつけ本番にしては上手く攻めることができた。


 アルトが戦っている位置からでは、弱点である特別な蔓を判別するのは困難である。

 仮にそれができたとして他の蔓からの攻撃を全て無視するわけにもいかない。


 そこで俺の出番である。遠隔攻撃手段を複数持つ俺が、離れた位置から弱点を見極めて、魔法で攻撃する。


 さらにそれは、アルトに対しての合図ともなる。

 あれが、弱点であるとわかりやすく――魔法が炸裂するので認識は戦いの流れの中でも容易なはずだ――、伝えることで、アルトからの続撃につなげることができるのだ。


 その際は、さすがのアルトもダメージを喰らう覚悟であるが、そこは目をつぶろう。

 そもそもにして二戦目の戦いは、防御を捨てて無駄ともとれる攻撃を延々とくり返すという戦術だったのだから。


 風魔法のチャージが終わったことを確認する。


 雑魚魔物が沸きだす光が目に入ったが、ここはあえて無視することにした。


 効率重視のために、ボスの弱点へ向けて魔法を放つ。

 雑魚は後回しでいいだろう。


『ウィンドスピア』が炸裂し、続けて放った『ファイアーボール』が直後に爆裂する。


 攻撃力という点では風魔法の上位である『ウィンドスピア』の威力が勝っているようだが、『ファイアーボール』も弱点属性を突く、火魔法であるためにそれなりのダメージを与えていると信じたい。


 魔法の再チャージを待つ間はアルトに任せる。

 また片手剣から放つ鎌鼬カマイタチと大剣による連続攻撃。


 アルトとしてはあれが最大威力の連携なのだろう。そもそも狙うべき頭は上空に存在しているため通常の剣技ではとらえきれないからな。


 と、たった二回の連携でボスであるネペンテスは撃沈した。


 残った雑魚を手分けして剣で倒す。これはほとんど時間が変わらない。

 なにせ、アルトが一刀――実際は連続で剣を振るっているが誤差の範囲だ――の元に切り捨ててしまうし、俺だって魔物一匹ぐらいであれば、スキルを使えばわずかな時間で倒せる。


 初回は10分以上。二回目は5分ちょっとだったボスとの戦闘が、3分を切るまでに短縮した。

 アルトに『ヒール』をかけてドロップを確認する。


 残念ながら、また通常ドロップの『砂糖蔓シュガーランナー』だった。


「上手くいったようだな」


 と俺はアルトに話しかけた。


「こんな倒し方があろうとはな……」


「いや、普通だと思うけど?」


「そうか。ひとりでは考えつかなかったことだ。感謝する」


 アルトは頭を下げるでもなく応じた。


「いや、でも、パーティ組んで戦うんなら、同じことができるんじゃない?

 後方から見ていれば弱点の頭がどれかってわかりやすいし。

 それを魔法で狙うのは簡単っぽいけど」


 そもそもにして前いた世界のRPGなんかでは、常識レヴェルの戦術である。


 真なるダメージを与えられるのは本体である頭だけ。脇を固める他の蔓は倒しても復活する。ならば、攻撃の的を絞るというのは当たり前の効率プレイだと俺は思う。


「まあ、私とハルだからこそ為せる戦術なのだろうな。

 あの風魔法、ウィンドスピアか。

 あんな魔法の使い手はそうそうおらん。

 それにハルのファイアーボールも並みの術者に比べて威力は高いようだ。

 なんとかこの階層に辿り着いた程度の冒険者パーティであれば、そこまで高火力の攻撃手段を持っていない。

 なまじ、弱点がわかったとしても攻めきることはできず、他の蔓の相手も必要だ。

 さらには、時間がかかると魔物が沸いてくる。それの相手もこなさねばならん」


 まあ、そんなものなのか。

 アルトはもちろんのこと。俺だって、魔法と剣術を駆使すれば20階層ぐらいは一人で攻略できるだけの力がありそうだ。


 ボスとはいえ、若干拍子抜けしてしまうくらいで倒せるのはそういうことなのかもしれない。

 俺としてはあれだけの数の蔓と近接戦闘を繰り広げる気は未だに起きないが。


「ハルはまだ魔力は大丈夫なのか?」


 魔力回復薬を飲み終えたアルトが尋ねてくる。


「うん。一応くれた奴あるし、やばそうになったら飲む」


「おそろしい魔力量だな」


 アルトは呆れるが世間一般の基準がわからないから返答しようもない。


「自分でもよくわかってないんだけどな」


 アルトが説明してくれたところによると、個人差があるものの、ほとんどの魔術師は『ファイアーボール』のような初歩の魔法でも5発撃つのがやっとだったりするらしい。

 覚えたての頃などは、2発目撃つのもかなり時間を置かねばならなかったり。

 それに『ウィンドスピア』のような高レヴェルの魔法はせっかく身に着けても、1発か2発ぐらいしか使えないで終わる者も多い。


 魔法っていうのは使い勝手がいい分だけあって、数が撃てない。というのが世間一般の常識。

 とっておきの手段として温存しておくか、それこそ金にあかして魔力回復薬を飲み続けながら戦うのが、王道。


 そんな話を聞くと自分に与えられた才能を軽く恐れてしまう。


「ハルならば、魔術だけでダンジョンの深階層を単独探索することも可能かもしれんな。さらには剣術の腕もそこそこだから、より万全だ。回復手段も持っているしな」


 アルトの言う深い階層がどのくらいを指しているのかわからないが、実力は認めて貰っているようだ。


 生まれたて……から性に目覚める前の俺なら、土以外の基本属性、つまりは水火風と、加えて光魔法の高位魔法が使えたはずだから……、チャージタイム無しで4連撃ができたはずだ。ある意味では無敵モードである。

 それに比べれば今は、レベルが高いのは風となんとか火魔法が使い物になっているという状態。

 惜しいことをしたという思いと、まあ風と火だけでも残しておいて良かったという思いが錯綜する。


 それにしても、魔術は褒めてくれも剣はそこそこか。実戦経験も少ないし、本職は大剣でそれはまだ使ってないからそこまでの評価ではないのだろう。


「では、次行くぞ」


 目的の品を求めて、ボス戦を繰り返す。


 この分だと、眠たくなるまでに20戦くらい出来るかも知れない。

 1時間で5回の戦闘がやっとだった初戦に比べれば、格段の進歩だ。


 ひたすら連戦を繰り返す。


 24戦目にしてやっと目的の『エコーの滴』を手に入れることができた。


 おそらく、夜も更け、そろそろ眠りにつく人も多くなっている時間帯だろう。


 なんとか今日中に、ひとつ手に入れることができた。


「これが、『エコーの滴』か?」


「そうだ。中に魔力を帯びた液体が入っている」


 アルトが拾い上げたそれは、葉っぱが変形してできた壺のようなものだった。きちんと蓋がされていて零れないようになっている。


「それは、アルトが今飲んじゃわない?」


 と俺は提案してみる。


「どういうことだ?」


「いや、アルトも本来なら魔法が使えるんだろ? 今は封印されてるけど。

 で、それを飲んだら、解消する。

 ってことは戦力アップでボス戦がもっと楽にならないか?」


 だが、アルトは渋い顔をする。


「確かに効率は上がるだろう。

 だが、確実に二個目が手に入るとも限らん。

 一つ目はエリンに飲ませると決めてあるのだ」


 決意は固いようであった。


「じゃあ、一旦引き返すか。時間も時間だろうし」


「そうだな。あまり無理はしないほうがいいだろう。

 一応寝具は用意してきているが」


「風呂にも入りたいし」


 まあ、時間が遅いから今日はこのまま寝て、明日の朝に入ることになるだろうけど。


「体を拭く分の水くらいならあるぞ?」


 アルトと二人でダンジョンに泊まるというのも、悪くない選択だ。

 アルトと体をぬぐいっこしたり……。

 一緒の毛布にくるまって寝たり……。


 いやいや、妄想が膨らむと例の奴が来るから。

 折角上がったスキルレベルを下げるのはもうちょっと強さが安定してからにしておきたい。

 どうせ、いいところであの賢者タイムに突入してしまうんだろうし。

 万一のことがあったときの代えのパンツを持ってきてないし。カピカピパンツで一日中過ごすなんて苦行に晒されたくない。


 というわけで。


「アルトさえよければ、一旦帰ろうぜ。

 エリンはもう寝てるかもしれないけど、それだったら明日の朝一でエリンに薬を飲ませられる」


「まあ、ハルがそういうのなら……」


 アルトは、若干残念そうであった。


「また、明日の朝一から付き合うよ。

 このペースで戦えるんだから、午前中にはまたもう一個手に入るだろ」


 ボス部屋の奥に出現したインヴァイトゲートに向って歩き出す。


 しぶしぶといったふうにアルトもついてきた。


 アルトがスキルを発動して、一階へと赴くのに続いて入る。


 やはり夜中間近。1階層エントランスはがらんとしていた。


 酔客でまだ賑わった街を歩き、家に帰りつくと、静まり返っていた。

 シュミルもエリンも寝ているようだ。


「やっぱりエリンに飲ませるのは明日になりそうだな。

 じゃあ、また明日。

 おやすみ……」


 とアルトと別れようとすると、アルトはもじもじしている。


「なに?」


 なんとなく言いたいことはわかってしまったが、あえて冷たく言い放つ。


「いやな、そのな……」


「一緒に寝るだけだぞ?」


「すまん、恩に着る」


 ということで、アルトと一緒にベッドイン。


 もちろん変な気は起こさない。いろんな意味でそれをするにはリスクが大きく、得られるものが何もないのが俺の悲しい状況だ。

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