第21話 BOSS2

 ボスを倒し、目的のドロップは出なかったが一区切りついた。

 ほとんどアルトに任せっきりだったが、無理なく戦えるということが判明しただけでも十分な成果であろう。


 そろそろお腹も減ってきたということで、休憩タイムである。


「今日中に帰るのは無理っぽそうだよな」


「運が良ければ、ひとつぐらいは早めに手に入るかもしれないが」


 主語が省略されているが、欲しいのはレアドロップのエコーの滴である。


 家で待つエリンのために最低一個。あわよくば、アルトの分にもう一個というのが、目的である。


「食料はあるんだろ?」


 と俺は聞いた。

 ちょうど、アルトが夕飯の支度を始めていたところだった。

 ごそごそとまた、魔道具のコンロやら食材やら食器やらを出し始めた。


「ああ、数日分は用意している」


 美味いことは美味かったが、素朴で質素だった昼食と違い、夕食は肉主体のようだ。

 といっても乾燥肉。それを、鍋に入れ、野菜と一緒に煮込む。

 スープというかシチューというか、ポトフというかボルシチのような料理のようだ。


 煮込み始めて料理が完成するまでの間に、再び今後の方針の話に戻る。


「といっても、20階層まで到達したことで、『フロアスキップ』が使えるようになった。

 多少のロスはでるが、一度戻ってもまた20階層から始められるからな。

 ハルが帰りたいというのなら、一度引き上げてもいい」


 そういえばそうだった。アルトの『フロアスキップ』は五階刻みで好きなフロアに移動できる。

 入り口である1階、5階、10階、15階、20階と選び放題だ。


「風呂にも入りたいしな」


 シュミルも心配するだろうと一瞬思い、即座に思い直す。

 2~3日ぐらい行っといでと送りだされたのだった。


「まあ、飯食ってからも何度かは戦うだろ?

 後はその様子で決めればいいんじゃない?」


「むろんそのつもりだ。ハルさえよければ」


 とそこからは戦闘に関する作戦会議。


「戦って見てどうだった?

 率直な感想を聞かせてくれ」


「ボスのネペンテス? あれとは直接やってないからな~。

 湧いてくる雑魚相手だったら全然問題なかったけど。

 ただ、俺はボスと至近距離で戦うのはまだちょっと不安っぽいな。

 アルトも攻撃を喰らってたみたいだし。

 やっぱり、あれだけの数だと避けきれないのか?」


 ボスとアルトの戦いぶりを思い起こしながら、尋ねた。

 それはそれは流麗な身のこなしで、確実に致命傷を避けるという素晴らしい戦いぶりではあったが、このダンジョンに、15階層から入って初めてアルトが傷を負うところを目の当たりにした。

 さすがボス、されどアルトといった感じだ。


 と思っていたら、斜め上の返答が帰って来た。


「いや、全て避けきることも可能だ。

 だが、それだとどうしても攻撃の頻度が落ちてしまう。

 そこで躱す動きを最小限にして、手数を増やすことを優先してみた。

 ハルの回復魔法の援護があったから取れた戦略だ」


 相も変わらず、アルトの言うことは常軌を逸している。

 あんな20もの数の蔓。それが四方八方から襲いくる状況でそこまで加減ができていたなんてな。


 なるほど。たしかに前世の漫画で読んだことがあったような気がする。

 なんの漫画か忘れたが、肉を斬らせて骨を絶つを地で行く戦略。

 防御を最小限にすることで、踏み込みなんかが深くなり、攻撃力が増すとかなんとか。

 敵の攻撃を見切ったうえで、さらに懐に入り込むだけの決意と勇気が試されるとか。


 実際にやるやつがいるとは思わなかった。

 アルトさんすごいです。さすがです。僕にはとてもできそうにありません。


「それでな、相談なのだがな。

 ハルの回復魔法。もう少し頻繁に使用することは可能か?

 他の魔物の相手をしながらという点と、魔力の消費の問題だ」


「まあ、さっきの戦闘ではまだ余裕あったから、できると思うけど?」


「ふむ……。

 ならば、試してみるか」


 それっきりアルトは一旦考え込むように黙り込んでスープをかきまぜ始めた。何を考えているのか不明である。


「できたぞ」


 煮込みが終わったようで、丸い椀に注がれたスープを受け取る。


 乾燥肉とは思えないほどの肉と、赤っぽい根野菜に芋、謎の葉っぱ。

 まあ、オーソドックスな組み合わせだな。

 立ち上る湯気の薫りを嗅ぐ限り、実に美味そうだ。


 若干とろみのついたスープは半透明で黄味がかったような、オレンジのような色。

 どの素材がこの色を醸し出したかわからないが、とりあえず一口食べてみる。


「うまっ!」


 やはり、抜群に美味い。

 適度に酸味が効いたスープは、それがアクセントにとどまらず、全体の調和を担っている。

 肉にも野菜のうまみが浸み込み、逆に野菜には肉のうまみが浸透し、両者を補完しあい、まろやかな味に仕上がっていた。特にスープが極上である。


「そういってくれるとありがたい。

 それと、スープだけでは物足りないだろう」


 といって、パンを出してくる。

 これは、普通に店で売っている固焼き気味のパンのようで、単品で食べるとそれほどの味ではない。


 が、スープに浸して食べると一変する。

 肉、野菜、謎の調味料が、見事にパンに浸み込んで、ふんわりとろとろ。ジューシーな食感が口中に広がった。


「あの、おかわりありますか?」


「少しだが」


 鍋に残っていたスープとわずかな具材を、よそってくれた。


 一気に飲み干しつつ、残ったスープをパンですくようにして平らげた。


「毎回こんなのが食えるなら、しばらく泊り込んでもいいかな」


「そういってくれるとありがたい」


「いや、誰でも同じ評価を下すと思うけど?」


「実はあまり人に食べさせたことはないのだ」


「そうなの? 勿体ない」


「確かにエリンは文句も言わず食べてくれたが。

 他には振る舞う機会が無かった」


 この料理の腕があれば、それを活かすという選択をしていたのならアルトの人生は変わっていたかもしれない。

 冒険者になんてならずに、普通に、料理人としても成功するだろう。


 愛想がないから、厨房に籠って、接客は人に任せるほうがいいかもしれないが。

 それか、頑固女将の隠れ家的な名店。


 実際に近所にオープンしたら結構な頻度で通ってしまいそうだ。


 しかし、アルトは料理はあくまで生きるための手段であって、生き甲斐でもなんでもないらしい。


 多少の照れを伴いながらも、


「まあ、私は冒険者だからな」


 と呟いた。どういう理由で冒険者を志したのかは聞けてない、というか言うつもりがないようだが、信念は固そうであるということだけは伝わった。


 食事の後片付けをして、若干の食休み。


 しばらくの後にアルトが立ち上がる。


 マジックバッグからおもむろに剣を取り出した。それまで使っていた片手剣ではなく、幅広い刃と長さからすると大剣のようだ。


「それは?」


「とっておきの武器だ。

 耐久性に難があって、使用するのを控えていたが、ネペンテス程度であれば、問題なく使える」


 銀色に輝くその剣は、見ているだけで美しい。

 全てを切り裂き、あらゆるものを貫く。そんな印象である。


「武器を変えるってことか?」


「いや、その言い方は適切ではないな。

 大剣と片手剣による二刀流。

 あまり手の内は晒したくないのだが、ハルであれば問題なかろう」


 俺も、アルトにはいろいろ知られてしまっているからな。

 持ちつ持たれつというところだろう。


 にしても、二刀流でそれぞれ別の種類の武器。片手剣と大剣であれば系統は似ているとはいえ、そもそも大剣は両手持ちが基本。

 それを同時に操って戦うことができるとは。


「それもスキルの力ってやつか?」


「そうなのかもしれんし、そうでないのかもしれん。

 ふと思いつき、修練を重ねているうちに体得したものだ」


 アルトにも良くわかっていないようだった。


「防御はある意味で完全に捨て去るからな。

 先の戦いの、倍から3倍の頻度で定期的に回復を頼む。

 圧倒的に時間が短縮できるはずだから、使う魔法の回数はトータルではさして変わらないと思うのだが」


「アイアイサー」


 ということで、ボスとの再戦である。


 今いるボス部屋にあるインヴァイトゲートをくぐって、出た先はまた同じ部屋。

 多少奇妙な気がするが、『フロアスキップ』の発動の気配を感じることもでき、現象に納得する。


 俺とアルトが居る以外はがらんどうの部屋の奥に光の輪が生じる。

 そこから、またボスであるネペンテスが姿を現した。


「参る!」


 芝居がかった台詞を吐くと、アルトは突進していく。


 ああ、防御を捨てるってそういうことね……。


 俺はあっけにとられた。


 アルトは、ネペンテスとかなり至近距離に位置を取る。

 多数の蔓が、その先端に付いた牙を持った頭が、アルトを襲うが、アルトはそれを躱そうともしない。


 同時に5~6本は襲ってくるうち、アルトの持つ剣の数と同様の2本、それだけを迎撃する。

 残った頭がアルトに牙を剥くが、意に介さずに新たに攻撃を繰り出す。

 素早い剣さばきで、4本ほどはダメージを与えつつ弾き飛ばすが、その間に、残りの頭からの攻撃をまともに喰らう。


 そうこうしている間に、また新たな頭がアルトを襲うが、さすがのアルトでも同時に攻撃できるのは2本だけ。連続攻撃を繰り出しても精々4本までしか対処できない。

 また、攻撃を喰らう。

 完全に足を止めての打ち合い、インファイトである。


 相手との距離を詰めているために、前面からの攻撃は薄い。

 それでも回り込まれた背後と左右、それに上方からの攻撃は驚異的なサイクルで襲ってくる。


「ヒール!」


 慌てて俺はアルトに回復魔法をかけた。ぼんやり見ている場合ではない。

 鎧も何も付けていないアルトは、攻撃を喰らうたびに怪我を負っている。さすがに頭部を狙ってくる攻撃なんかは、優先して迎撃対象にして、大ダメージを避けているから、すぐに戦闘不能になるという気配は感じさせないが。


 そして、俺には他の役割もある。


 湧いて出てくる雑魚を蹴散らす。こいつらまでアルトに向ってしまえば、状況は悪化する一方だ。


 風魔法、火魔法で着実に葬りつつ、アルトへの『ヒール』を挟んで、残りを剣で。


 一旦片付いたらまた、観戦観戦、時々回復。


 身を削るアルトの戦法は確かに効果的で、前回よりも効率が良いのは確かだろう。


 追加で『ヒール』を唱えながら、ふとボスに目を向けると、不自然な動きをしている蔓があることに気が付いた。


 アルトに攻撃を仕掛けているようで、実のところなんにもしていない。

 それどころか一定の距離おいて逃げ回っているようにも思える。


 これは離れた位置から見ているから気付いたことで、不規則に襲いくる20本もの蔓頭をアルトは識別できていないだろう。


 さっきは、頭の数が減ってきたところで、逃げ回る頭を倒した際に決着がついた。

 ということは、あいつが弱点というか本体というか、ネペンテスのかなめであるのではないだろうか?


 既に、蔓の数は残すところ4~5本になっている。

 さすがにそれくらいになると、アルトも攻撃をしてこない特殊な一本の存在を認識したようで、攻撃する対象をそれに絞り込んでいったようだ。


 そうこうしているうちに、ボスは撃破できた。

 決め手は大剣による刺突だ。

 

「ふう、なんとか戦えそうだな。

 ハルのほうの負担は大丈夫か?」


 アルトが歩み寄ってくる。残念ながら今回のドロップもレアではなく通常だった。


「こっちは問題ないけど……。

 怪我だらけじゃない?」


 と、アルトに『ヒール』をかける。


「それでも時間短縮にはなったろう?」


 まったくその通りである。戦闘時間は半減し、雑魚も一回しか出てこなかった。

 俺はほぼ定期的に『ヒール』を放つ係として過ごすことができた。


「魔力がまだ大丈夫なのであれば、この調子で行くぞ」


 今度は休むことなく真の連戦へと向けてアルトが奥に現れたインヴァイトゲートへと向かっていく。


 強さがとんでもないとはいえ……、怪我しても回復できるとはいえ……。

 見た目がどこかしら中性的とはいえ。


 女の子にばかり苦労を背負わして戦う……というか戦ってもらうってのもなあ。

 もうちょっとなんとかならんものか。

 

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