第20話 BOSS1

 20階層の入り口の大部屋、いわゆるエントランスである。

 ようやくここまでたどり着いた。


「えっと、この階層はすぐにボスが居るんだっけ?」


「いや、ボス部屋までは他の階層で下に行く階段までと同じくらいの距離だ」


 この階でも探索が必要なのか。まあ、アルトが『ルートサーチ』というスキル持ってるから楽だけど。


 というわけで探索前に、いつものアルトからのレクチャーが始まった。


「20階層は11階層から19階層の総決算といえるだろう。様々な魔物が混在している。

 といっても、ハルであれば問題はないだろうがな。

 一応説明しておくと……。

 11階層は、オレンジスライム。スライムの上位種だが、特別な能力は持っていない。

 12階層はラスティアーマー。防御力が多少高めだが、ゴーレム種ほどではない。

 13階層のマッドゴーレムは相手をしたことがあるから大丈夫だな。

 それぞれ、19階ということで多少は強くはなっているが、ロックゴーレムやロトンドッグほど厄介な強さにはなっていないと思う」


 一気に詰め込まれたが、まあ出会った事のある魔物も居るし、強さ的に下なのなら大丈夫だろう。


 さてと、進軍の前に、おさらい。スキルを確認する。


 魔物箱での戦いで多くの経験値を得たために、幾つかのスキルのレベル上昇している。


 大剣スキルは、大剣を使ってないのでLv8のまま。

 入るときには無かった片手剣術はLvが上がり一気に3にまで成長した。


 レベルが上がったことで『スラッシュ』、『ダブルスラッシュ』に加え、防御スキルアーツである『フリッカー』が使えるようになった。

 これは地味に大きい。相手の攻撃を払いのける技だ。

 大剣スキル技の『ブレイドガード』と違い、その後攻撃にもつなげられそうなスキル技である。

 片手剣での戦術の幅が広がったということになる。


 魔法の方では、火魔法のレベルが上がった。

 レベルが5になり、不安定ながら、火魔法の範囲魔法である『ファイヤーウォール』が使えるようになった。


 大剣術Lv8

 片手剣術Lv3


 水魔法Lv1

 火魔法Lv5

 風魔法Lv8

 光魔法Lv3

 聖魔法Lv4

 

 というのが今の俺のスキルレベルである。


 戦闘での使用に耐えうる魔法としては、風魔法の『ウィンドカッター』『スピントルネード』『ウィンドスピア―』。

 火魔法が『ファイヤーボール』と『ファイヤーウォール』、

 聖魔法の『ヒール』『ポイズンキュア』

 と云ったあたりか。


『ファイヤーウォール』は実戦未使用だから試しつつ伸ばしていきたいところである。

 レベルが6にまでなれば安定して使用できる。

 光魔法のLv3で使える目くらましの魔術『フラッシュ』も使いどころが難しいが、使えるなら使っておけば良かったと今更ながらに後悔する。


 まあ、その辺りは今後考えて行けばよいだろう。


 ちなみに、水魔法のLv1の『ウォーターシャワー』は単に水を降らすだけだから、よほどの暇のある時にしか使えない。が、使わなければレベルは上がらないので今回は無理だがまた機会があれば試してみよう。




 20階はさすがに、同時に出現する魔物の数が多い。

 少ない時でも3匹。多い時は5匹。それも種類がバラバラなことが多いs。


 とはいえ、魔物箱での戦闘経験が活かされて成長している。スキルも伸びたことだし俺の戦闘効率も格段に進歩した。

 魔法を使うまでもなく、同時に2匹ぐらいは軽々相手にすることが出来る。

 それでアルトが3匹倒すのと比べ少し時間がかかるくらいだ。


 ぐんぐん進んで、今階層は、不測の事態に陥ることもなく、ボス部屋に到着した。

 エントランスよりは一回りほど小さな空間だ。

 突き当りの壁には、例の黒壁インヴァイトゲートがあった。


「ハルのおかげで随分と時間短縮できた」


 と、アルトは頭を下げるでもなく言う。


「まあ、俺も経験積みたかったし」


「このままボスと戦おうと思うのだが?」


「かまわんよ」


 既にダンジョンに入ってから、8時間ぐらい経っているだろう。

 しかし、途中で休憩も挟んだし、それほど消耗は感じない。 

 さっさと帰りたい気分も手伝った。


「そうか。さて、ボスだがな。

 20階層に居を構えるそれはネペンテスと云う魔物だ。

 通称はウツボカズラーという。

 植物系の魔物だから、火魔法が効きやすい。逆に水魔法と土魔法は効果が薄い」


 それならば問題ない。耐性を持っていない風と、弱点である火が今のところ俺の得意魔法である。

 というか、戦う必要があるのかないのか。その辺がいまのところ曖昧模糊としたままだった。


「それでな。

 私一人が戦うと言った手前頼みづらいのだが……」


「ああ、俺もボス戦に参加しろって?」


「ボス部屋ではボス以外にも定期的に魔物が沸いてくる。

 11階から19階までの魔物で強さはそれほどでもない。数も同時には4匹程度だろう。

 本来ならば私がそちらも引き受けるつもりだったのだが……」


 すべてを聞き終えるわけではなく、俺は意をくみ取った。


「ああ、それくらいなら。任せてくれて大丈夫だと思う」


「それと、私の回復。同時にこなせるか?」


「無理っぽかったらそん時いうさ」


「助かる。

 念のためにボスであるネペンテスの特徴も伝えておく」


 アルトから聞いた話を纏めると……。


 植物系とはいいつつも、根を地面に埋め込んでいるわけではなく、根を足のように自由に動き回る巨大な草ということだ。

 とはいえ、動きはそれほど速いというわけではない。


 問題は、幹の部分から伸びる多数の枝葉。


 10ぐらいから多い時で20近い数の鞭のように自在に動き回る枝というかつるが攻撃の主体だという。


 蔓の先には、葉っぱが変形した部位がある。

 ウツボカズラと言えば、壺のような罠で虫を捕まえて消化するという、地味な食虫植物であったのが前の世界での知識だが、こちらのウツボカズラは、魔物でもあり、壺ではなく大きな牙を持った頭のようなものが引っ付いているらしい。


 それが鞭のようにしなりながら噛みついて来たり消化液を飛ばして来たりとする。


 あと、頻度は低いが魔法を使用する。水魔法の『ウォーターボール』。威力は低いが、多数の蔓による物理と魔法を絡めて攻撃してくるために、人数の少ないパーティでは苦戦を強いられることが多い。


 ということである。


 それを一人で相手しようっていうんだから、アルトはどうかしてるぜ。

 まあ、実際にやってのけるんだろうけど。そもそも、他の魔物も相手しながらというのが当初の予定だったし。


 アルトから回復薬を5本ほど預かり――使う機会があるのかないのかわからないが――、共に黒壁を通り抜けた。


 そこは、ボスのボスによるボスのための戦闘空間。といっても、ダンジョン内の他の広間と見た目は変わらない。


 ただ単に、ボスを倒すまで出られないという制約があるだけの部屋。


 入った瞬間に入り口であった黒壁は消失し――というよりも元々なかったようにも思える、出口はどこにも見当たらない。


「出るぞ」


 部屋の奥の地面に大きな円形の光が生れ、そこからネペンテスが出現する。


 高さは2メートルから3メートルの間くらいだろう。

 幹というか、体の軸の部分は意外と細く、直径にして1メートルに満たない程度。


 で、植物と言うか、魚類? 獰猛なうなぎ? って感じの頭が十数個。鰻というより魚のほうのウツボそのものだな。日本でいうウツボカズラのウツボは、魚のウツボとは無関係だったような気がするが。


 呑気に観察している俺を他所目にアルトは、躊躇なくボスに向っていく。


 しばらくは他に魔物が出て来なさそうなので俺は単なる見学となる。


 相変わらず見事な体捌きと、それよりも地味にすごいのは相手の攻撃を見切る観察力だ。

 そもそも観察という表現が適切であるのかわからない。

 蔓は意外に長く、アルトの後背へ回り込んでいるものもある。


 そう言った死角からの攻撃も見事に……、いやたまに掠ってるな。避けきれていない。


 思ったよりも苦戦しているようだ。


 多数の敵と戦う時の鉄則としては、各個撃破。つまりは、一体一体順番に片づけていくのが効率が良い。

 この場合は、狙うべきは蔓の先の頭であるだろう。


 が、そもそも20近い数があり、それがローテーションを組むように襲ってくる。

 おのずと、アルトは一つに的を絞ることができずに、万遍なく攻撃をする羽目になる。

 結果として、幅広くダメージは与えられるが、なかなか数が減って行かない。


 また、単に蔓の変形とはいえ、防御力というか耐久力がそこそこ高い。

 細い蔓ならば一撃で切り落とせそうなものだが、そう簡単にはいっていない。


 ようやく蔓の一本が切り落とされた。

 蔓から分離した頭は、さらさらっと消えて行ってしまう。

 

 感覚的にだが、一本落とすのに5~6撃は必要だっただろうか。

 それが20本近くあるのだから、全部で100回ほど攻撃しないといけないことになる。


 それも相手の攻撃を躱しながらであるので攻撃し続けるわけにもいかない。


 とはいいつつも、アルトは防御よりも攻撃に専念しているようだった。

 10秒足らずの間に2撃から3撃は繰り出している。


 ということは、1分間に15回攻撃くらいか。


 7分程度で片が付く計算だ。このハイペースが続くのであれば。


 などとぼんやり観戦しつつ、そういや回復任されてたんだったと思い出してアルトに『ヒール』をかける。


 実際にどれだけダメージを喰らっているかはわからないが、無傷ではないし定期的に回復させてやったほうがいいだろう。


 俺としては怖くて、あの中には近づきたくない。


 またアルトがひとつ頭を落とす。ダメージが蓄積してきたようだな。

 頭が減っていくにつれてどんどんと楽になって効率も上がるだろう。


 この分じゃ5分と掛からずに、倒してしまうかもしれない。


 と思っていると、床に3つほどの光の輪が見えた。


 魔物箱で見たのと同じようなものだ。


 輪の上に黒い靄が広がり、徐々に魔物をかたどっていく。


 こいつらの相手は俺の役目。


 ロックゴーレム、ロトンドッグ、グールだ。

 それぞれ離れたところに出現したために、範囲魔法が使えない。


 まずはロックゴーレムに『ウィンドスピアー』を撃ち込む。

 一撃で倒せた。


 続けざまに、ロトンドッグに『ファイヤーウォール』を試す。

 照準が狂い、ロトンドッグの少し前に放ってしまったが炎壁は徐々に魔物に向って進んでいき、腐った犬があぶられた。馬鹿な犬は炎の壁を避けるでもなく、自分から突っ込んでいったようだった。


 残ったグールに『フラッシュ』を放ってみると、何の効果も無かったようだった。構わず歩いてくる。そもそも死んでいるから眩しくないのだろうか。

 まだ距離があったから『ウォーターシャワー』で狙い撃つ。

 水流が頭から注ぐが、まったく効果はないようで、やはり何の反応も見せない。


 現状『フラッシュ』も『ウォーターシャワー』も死に魔法だな。


 とはいえ、属性が異なれば連続で放てる魔法は便利なことこの上ない。極まりない。

 今のところダメージが与えられるのは風魔法と火魔法だけだが、将来的にすごいことになりそうだ。


 魔法充填の間に、近づいてきたグールを、『ダブルスラッシュ』で葬る。


 わりあいあっさり方が付いた。


 この程度だったら、なんの問題もないだろう。魔物箱での戦闘のほうがよっぽどきびしいかった。


 雑魚を一蹴したので、再びアルトの戦いぶりに目を向ける。


 既に勝負がついてしまっているか? とも思ったが、まだ頭は半分ほどにしか減っていない。


 思ったよりも苦戦しているようだ。


 しばらくして、その理由に気付いた。切り落とされた頭は時間が経つと復活するようなのである。


 それでもアルトは地道に頭を落していく。


 そうこうしている間にまた新しい雑魚が沸いてくる。


 まずはアルトに『ヒール』をかけ――必要なのかよくわかってないのだが――、魔法を使って数を減らして剣で掃討。

 3匹だろうが、4匹だろうが、楽勝である。


 再びアルトの様子を伺う。


 頭の数は残すところ3本になり、アルトは、そのうちの一本に攻撃の的を絞っているようだった。

 良く見ると、他の2本はアルトに攻撃を仕掛けているのに、その一本は参加していないどころか、逃げ回っている。


 2メートル以上の本体と蔓の長さを含めると、頭の位置は4メートルにも達するかという高さだ。

 さすがに普通に剣を振るっても届かない高さのために、アルトは飛び上がって蔓を狙っている。が、斬れそうでなかなか切断できない。


 着地と同時にアルトが剣を振るう。単なる空振りに思えたそれは、真空波のようなものを放って頭そのものに着弾する。


 魔法ではなく遠隔攻撃スキルのようだ。かっこいい。俺もいずれは使いたいな。


 威力が凄いのか、蓄積されたダメージのせいか。喰らった頭は真っ二つに切断されて、しなだれた。

 同時に、本体もゆっくりと倒れ、やがて霧散した。


「ふう」


 とアルトは一息つく。


 ネペンテスが消えた後には、10センチを超える大きな魔珠マジュと、一本の蔓が残されていた。


「あれ? ボスのドロップってエコーの滴じゃなかったっけ?」


「それはレアドロップだ。

 落す確率は20回に1回とも30回に一回とも言われている。

 通常はこっちの、砂糖蔓シュガーランナーだ」


 そういや、レアだとかなんとか言ってたな。

 にしても、20回とか。


 さっきの戦いだけでなんだかんだ10分以上はかかっている。

 運が悪ければ、3時間、いや5時間くらい戦い続けないとお目当ての素材に辿りつけないな。それも休みなしで戦い続けたという仮定でだ。


「連戦ってできるのか?」


「ああ、そこにインヴァイトゲートが出来ているだろう?」


 見ると、部屋の奥に黒い壁が出現していた。ボスを倒すまでは無かったものだ。


「本来は下の階層への階段へと続く道だ。

 私のスキルを使えばあそこから入って再びこの部屋に訪れることが出来る」


 まさに、連戦。ボスは倒されても倒されても即座に復活してくれるらしい。

 ありがたいというか、なんというか。


「しかし、一旦休憩したほうがいいだろう。

 相談したいこともある」


 と言って、アルトは腰を下ろした。


 ああ、ここで休憩すんのね。まあ魔物の残骸とか残ってないから別にかまわんけど。

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