第19話 金銀財宝

「スピントルネード!!」


 部屋中を埋め尽くす魔物の群れの一角、そこに向けた放った範囲魔法。

 直径3メートルほどの竜巻が、4匹ほどの魔物を一瞬で消し去る。


 竜巻の勢いはそれでも衰えず、その背後の魔物にもしたたかなダメージを与えた。


「ファイヤーボール!!」


 続けざまに火魔法を放つ。風魔法のスピントルネードを連続で放ちたいところだが、それはできない。同属性の連続詠唱は俺には不可能だと実証済み。


 火球は魔物の一匹に吸い込まれ、魔物が消失する。


 二発の魔法を撃った直後には、振り向き、後背を襲って来ていた魔物を『ダブルスラッシュ』で蹴散らしていく。


 迫りくる魔物を、チャージを終えた風魔法『スピントルネード』で迎撃。

 さらには『ファイアーボール』で仕留め損ねた魔物を狩り、振り向いて剣を振るう。


 この戦法はかなり有効的だ。


 前後――壁を背に考えると左右――から襲いくる魔物たち。


 対処が難しかったのは、それが両方から同時に襲ってくるというのが一番の原因だった。


『スピントルネード』でどちらか一方の魔物を纏めて葬ることで、若干の余裕が出来る。その隙に剣で、もう一方向の敵に対処。魔法が再使用可能になった時点で、即座に放ち、反対側から迫ってくる魔物をまた剣で叩き斬る。


 これなら、一方のみを気にしていればよいだけで、交互にターゲットを定めることができる。


 被弾率が格段に下がった。

 というか、ダメージを喰らう気配を感じない。

『スピントルネード』は前列の魔物ならほぼ一撃で倒せる威力のようだ。

 後列の魔物やさらにその後ろの魔物にもダメージを与えられているようで、掃討する際の手数を大幅に省略させてくれる。


「すまん、正直助かる」


 アルトも俺の活躍を認めてくれたようだ。


 あとは単純作業。


 風の範囲魔法、火魔法、片手剣。ルーチンを繰り返して魔物の数を減らしていく。


 密度が薄れてきた。


 ちょっと試しに違う魔法も使ってみよう。


「ウィンドスピアー!」


 風の刃、真空が槍となって、魔物を貫く。

 単体攻撃魔法だが、貫通能力があるようだ。


 縦列していた三体の魔法を葬って、4体目にダメージを与えたところで掻き消えた。

 葬れる魔物の数はやはり範囲魔法である『スピントルネード』に軍配が上がるが、相手の陣形で使い分けるのも手だろう。


 4体目の魔物は『ファイヤーボール』で沈む。




 部屋中に散らばる魔珠マジュ

 魔物が全て狩り尽くされた。


「はあ、はあ……」


 さすがに疲れた。100匹は言い過ぎだろうが、それに近い数の魔物を相手した気がする。

 もっとも、3分の2以上はアルトが倒しているだろうけど。


「よくやってくれた、ハル。

 すまぬな、戦う必要はないなどと言っていた約束をたがえてしまった」


「まあ、無傷……とはいかなかったけど、なんとかなったからな。

 それより、アルトは怪我してないか?」


 念のために自分にヒールをかけつつ――もっともかすり傷程度しか怪我は残っていなかたが――聞いた。


「ああ、私は大丈夫だ」


「ひょっとして……」


 嫌な予感……というほどでもないが、あまり聞きたくない事実が浮かぶ。

 それを率直に尋ねる。


「無傷?

 俺が居なかったらもっと簡単に突破できたとか?」


「まあ、時間は多少伸びただろうがな」


 軽くあしらわれた。


「だが、さすがに魔力がきつい」


 そういってアルトは魔力回復薬を取り出してぐびぐび飲み始めた。3本ほど一気に飲み干す。


「ハルはまだ大丈夫なのか?」


 アルトが聞いてくる。


「うーん」


 考えながら、疲労度を推し量ってみる。

 確かに、気力が充実しているとは言い難い。

 が、戦えないってほどでもない。


「まだ、大丈夫だと……」


「それはすごいな。

 範囲魔法の消費魔力は相当なものだ。

 それをあれだけ連発しつつも、武器のスキルアーツも併用して……それか……」


 呆れたようにアルトは俺をまじまじと眺めた。


「まあ、念のために2本ほど飲んでおけ」


 と小瓶を二つ渡された。中にはほんのりと黄味がかった液体が入っている。


 おっかなびっくりで飲み干すと柑橘系のさわなかな風味が口いっぱいに広がってくる。

 だが、結構酸っぱい。酸味が効きすぎているから、飲み物としてはお世辞にも美味いとは言い難い。クスリだから仕方ないと割り切って2本目も飲み干した。

 若干、精神的な疲れが和らいだといえばそんな気もするが、良くわからないというのが正直な感想だった。


 にしても、高価なアイテムを無造作に扱うアルトにちょっとしたねたみ、そねみを感じたりする。

 金銭感覚が俺みたいな庶民とかけ離れている。


 まあ、これだけの魔物を倒したのだ。

 魔法回復薬は5000シドルもする高級アイテムだが、その分以上は十分稼げている。

 アルトが飲んだ分も含めて、計5本を消費したわけだが、それでも十分おつりがくるだろう。

 なんせ、400シドルの魔物を100匹近くだからな。


「これ全部拾うのはまたそれはそれで大変だなあ……」


 床に目を落して、転がる魔珠の量にうんざりする。

 そもそもにして、アルトがマジックバッグを持っているからいいようなものの、それがなければ持ち運びにだって苦労しそうな量だ。

 直径4センチほどとはいえ集まれば地味に重そうだし。


「いや、拾う必要はない」


「どういうこと?」


「まあ見ているがよいさ」


 アルトは言いながら、落ちている魔珠を踏まないように、部屋の隅に移動した。

 まあ、踏んでないのは事実なのだが、それほど注意深く足元を見ているふうでもなかった。

 俺はと言えば、一歩一歩気を付けながら、アルトと同じようにして着いて行った。


 やがて、部屋の中央の床に、魔法陣が現れた。淡く青白く光っている。


「まだ魔物が出てくるのか?」


 と俺は聞くが、アルトは黙って首を振る。

 特に警戒しているようではなかったため、ボス的なやつが出てくるわけではなさそうだ。


 視線の隅で何かが動く気配を感じた。注意深く見ていると、散らばった魔珠が徐々に移動している。


 その方向はそれぞれの魔珠はバラバラだが、良く考えると中央の魔法陣に吸い込まれていっているようだった。魔法陣の淵に触れた魔珠はその場で姿を消す。

 徐々に魔法陣の光が強くなっていく。


「何が起きてるんだ?」


「魔物箱の討伐報酬、魔珠の魔力を吸収して、アイテムが生み出されるところだ」


 しばらくすると、部屋中にちらばっていた魔珠が全て魔法陣の中に消えた。


 魔法陣は、一瞬眩しい光を放ち、そして消えてしまった。

 部屋の中央にはそれまで無かった宝箱が残っている。


「そんな仕組みなの?」


「ああ。そもそもにしてダンジョンにある宝箱というのはダンジョンが魔力を吸収してその魔力量に応じたアイテムを生み出すという仕組システムだ。

 自然に生まれる宝箱は、それほど魔力を蓄積していないから、価値の低いアイテムが多いがな」


「自然発生もするのか……」


「事故や同士討ちなどで、倒れる魔物もある程度は居るから、数は少ないがそういうこともある。

 また、深い階層に行けば、強力な魔物が暴れまわっていることもあり、そいつらは無頓着に異種の魔物を狩っていくことがあるから、それなりの魔珠が残されることもある」


 ふむふむ。そうして床に残った魔珠が回収されぬまま放置されると、ダンジョンがその魔力を吸収してアイテムの入った宝箱に変えると。


「じゃあ、あの宝箱には、それなりのアイテムが入っているってこと?」


 なにせ、魔物100匹分の魔力を吸収したのだ。

 価値にして40000シドル。それ相応のアイテムが眠っていることを願いたい。


「まあ、あまり期待はするな。

 アタリもあればハズレもある。

 ある程度は宝箱の形成に関与した魔力量でアイテムの質は決まるが、ランダムな要素もあるからな」


 云いながら、アルトは宝箱に向って歩き出した。


「ハルはそこで、待っていろ」


 言われるままに従う。


「ごく稀にだが、宝箱に擬態した魔物である可能性もある。

 まあ、この階層程度であれば心配することはないとはおもうがな」


 とアルトが補足してくれた。


 が、結局それは杞憂だった。


 アルトが宝箱を開けて、中身を取り出した。


「ふむ、悪くない」


 アルトが取り出したのは、胴だけを覆う鎧。鎧と言ってもその面積はそう大きくない。

 ちょうど鎧と胸当ての中間くらいだろう。全面しかないタンクトップのような黒い装備だった。全体に木目のような模様が入っている。


「見ていいか?」


 と、アルトからそれを受け取る。早速鑑定団!!


 ダマスカス鋼の胴当て

 状態:良好

 価格:95000シドル


 アルトが言うように、価格的には十分元を取っている感じだ。

 40000シドル分の魔珠を売りに出すより、よほど高値になっている。


「かなりの値打ちもの?」


 ダマスカス鋼というのは知ってはいる。一部の熟練した職人にしか精製できない鋼の上位の金属だ。常に品薄で人気の素材である。


「ダマスカス鋼の胴当てであれば、市場価格は30000シドル程度だが……。

 これも複数のエンチャントがかかっているな。

 おそらく、魔法防御と、ダメージ軽減か」


 相変わらず、アルトの観察眼は鋭いものを持っている。

 エンチャントされた効果があるのであれば、高額になるのはわかるが。

 さらには新品だというのも、価値が高いことを裏付けているが。

 それにしたって高すぎる気がする。


「俺の鑑定では95000シドルって値段なんだけど、そんなもんか?」


 尋ねるとアルトは少し考え込むように視線を落とした。


「ふむ、そこまでの価値だということは、空スロットが残っているのかもしれない」


 また、新たな用語が現れた。

 冒険と無縁だった俺には一般常識的なものが足りていない。まあ、習うわけじゃないし、同年代の知識レヴェルとしてはそんなもんだろうけど。


「空スロットって何?」


 聞くは一時のなんとやらである。


「装備品には、エンチャントが施せる。それは知っているな。

 エンチャントは、普通はありきたりな魔珠を触媒にして魔法で行うものだ。が、それは本来は簡易エンチャントとでも呼ぶべきもので、効果はそれほどでもない。

 が、ダンジョンの深い階層の魔物や、ボスなどの魔珠には、特別なエンチャントを行うことが出来るものがある。それらは滅多に出回らないが、中にはスキルのようなものを身に付けられるエンチャントがある。

 簡易エンチャントは、どんな装備品にだって2つや3つはかけられるものだが、本来のエンチャントは限られた装備品にしか付与できない」


「その、エンチャントがかけられる枠、制限回数みたいなのが、スロットってことか?」


「そういうことだ」


「アルトはそういう……、特殊な魔珠って持ってるのか?」


「いや、あいにくと持っていない。というよりそもそも見極めるスキルがない。

 スロット付の装備もないから、あまり気にしていないというのもあるがな。

 今まで手に入れていたとしても、売り払っているだろう」


 ということは、折角性能向上の余地のある装備を手に入れても、すぐに強化はできないということか。


「それに、エンチャントが可能なスキルを持っている術士は限られているからな。

 スロット付の装備品と魔珠が揃っても、合成する機会はなかなかめぐってこない」


「宝の持ち腐れだな……」


「まあ、今のままでも十分な防御力はある。折角だから、装備を変えてみろ」


「えっ? 俺が着ていいの?」


「魔物箱にもう一度出くわすことはないとは思うが……。

 ここではハルに魔物の攻撃を喰らわせてしまった。

 万一のためにも、防御力の向上はしておいたほうがよい」


 というわけで俺は革鎧を脱いで、ダマスカス鋼の胴当てに付け替える。


「なんか防御面積が減ったから心元ないな……」


 と正直な感想を述べる。幾ら性能の高い防具だからといって、相手の攻撃を防げなかったら意味がない。


「いや、それにかかっているエンチャントだけで全身の防御力を高める効果はあるだろう。革鎧とは比べ物にならないはずだ」


 そういうもんなのか。

 便利な世の中である。


 そもそも大量に相手しない限り攻撃を喰らうほどの魔物は出てこない。


 19階層はその後難なくと突破する。

 元々、突破寸前で魔物箱に遭遇したわけだし。


 いよいよ、目的の20階層へとたどり着いた。

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