第17話 16~17階層
16階層の探索を開始する。
アルトは決まった道を知っているかのようにすたすたと歩いていく。
初めて来るダンジョンだったと言っていたはずだが、それにしては迷いがない。
「そういえば、アルトって方向音痴じゃなかったっけ?」
15階層はほぼロスなしに進んだような気がする。
かといって、1階や2階のように単純な作りではなくそこそこ複雑だから、行ったり戻ったりというような不規則なルートを通っていた。
しかし、行き止まりに当たったり、分かれ道で悩んだりというそういうそぶりが無かった。
迷うものなど居ないはずのダンジョンからギルドまでの道を間違うようなアルトにしては、運が良かっただけとも思えず聞いた。
「ああ、最短ルートで探索するスキルを所持している。
『ルートサーチ』というものだ。
ほぼ最短経路を案内するだけの効果で、たまに間違いも起きるが、この程度のダンジョンならばクリティカルパスを
なんとまあ、スキル万能である。『フロアスキップ』にしろ、『ルートサーチ』にしろ、ダンジョン探索には欠かせない。
ゆくゆくは俺も手に入れられるのであろうか。いやまあ、ダンジョンの探索で生きていくと決まったわけではないが、芸は身を弼く。身に付けられるなら覚えておきたい。ほうほうはさっぱりわからないのだが。
ふとアルトが歩を緩めた。
「魔物だ」
と、アルトが身構える。
「それもスキルでわかったとか?」
半信半疑だが、聞くだけ聞いてみた。
「ああ。一定距離範囲内の魔物の位置、おおよその数を知るスキルだ」
やはりスキルっていうのは万能だ。高ランクの冒険者ってのはみんなこうなのだろうか? アルトだけが特別だと思いたい。
「一匹は任せてみるぞ?」
言いながらも、アルトは魔物に向って駆け出していく。
「りょうかーい」
俺は、2体居る魔物のうち、一体を相手取ることにした。
相手は例のストーンゴーレム。もちろん初めてみる魔物だ。
大きさはさっきも出たマッドゴーレムとさほど変わらないが、泥人形のような頼りないマッドゴーレムとは違い、全身が石でできている。砂利を固めて作ったムキムキ男という感じだ。
みるからに硬そうだ。
「下手に攻撃すると低級な素材で出来た武器ならば欠ける恐れもある。
鋼の剣であれば、まあ気にすることはないかもしれない。
ハルの剣は耐久エンチャントもされていることだ」
などと、俺のフォローもしながら、アルトはストーンゴーレムに剣を振るう。
『スラッシュ』というスキル
と思っていたら、2撃目が早い。
ほぼタイムラグなく、流れるように、ゴーレムに剣を連続で叩き込んだ。
あっさりと魔物は撃沈する。
耐久高いんじゃなかったっけ? まあよい。俺もいいところを見せよう。見せられればの話だが。アルトに頼ってばかりじゃ情けない。
ゴーレムのパンチはモーションが大きく、振りかぶるのを確認してからでも十分射程外に逃げることができた。
というか、そこまで大きく逃げなくても、攻撃の軌道がはっきりしているので、ちょっと体をずらす程度で対応できる。
ガード
防御してからのカウンタースキル技、『BGガード』を使うという手もあるが、そこまで難儀な相手でもなさそうだ。
相手のパンチが空を切ったところで、今の俺の最高の攻撃力を誇る『ハードバッシュ』を叩き込む。
手ごたえはあった。
が、一撃で倒すとまでは行かないようだ。
とはいえ、一目で瀕死とわかるくらいのダメージを与えることができた。
石の体がぼろぼろと崩れかけている。
大ダメージを喰らって動きもかなり鈍っている。
次回のスキルが発動できるようになるまでには少々時間がかかる。
相手の大振りな攻撃を躱し、その隙に通常攻撃を叩き込んだ。
通用するとは思っていなかったが、ただ見ているのも無駄だと考えてのなにげない一撃だった。
が、予想に反してそれで決着。ストーンゴーレムは塵となって消えた。
後には
「これもいらない?」
と俺は石ころを指してアルトに聞いた。
「ああ、価値のない素材だ。この辺りの魔物は、腐った臓物やら骨やら石やら、素材としては使い道のないものばかり落とす。それもこのダンジョンのこの階層付近が不人気の理由だな」
ほうほう。それでも魔珠だけで、十分な価値だとは思うが。なんたってひとつ400シドル越え。一階層のスライムの魔珠に比べると、一挙に40倍の価値なのである。
「まあ、腐った臓物、腐った肉などは、呪術の媒体として求めるものが居ないわけではないが、この街のギルドでは扱っていないようだった。何時売れるかわからないものを持って歩くのも面倒だ」
たしかに。異臭は放つし、あまり持ち歩きたくないな。
それ以降もストーンゴーレムやら、骸骨兵やらを倒しながら進む。
ストーンゴーレムは『ハードバッシュ』一撃で倒れることもあれば、『ハードバッシュ』と通常攻撃の1撃、あるいは2撃で倒れることもあった。逆に通常攻撃を3撃入れても倒しきることが出来ずに追加の『バッシュ』でようやく倒せるというパターンもあった。
ちょうど、ギリギリ倒せるか倒せないかという相手のようだ。相手の体力にも個体ごとの誤差があり、こっちの攻撃の威力もムラがある。当たり所によって与える威力にも影響ががあるだろう。
同じスキル技を使ったからで同じ結果になるとは限らないようだ。勉強勉強。
結局、その後も魔物と戦い、20匹ぐらい倒したところで、次の階層へとたどり着く。
「17階層だ。ここを突破したら、一旦小休止しよう」
アルトはそう提案してくる。
確かに、ダンジョンに潜って3時間近くが経っていると思う。わりと良いペースだが、腹が減ってきた気もしないでもない。歩き続けて戦い続けて、多少の疲れも感じる。
「17階から出る魔物は、グール。ゾンビの上位種だ。ゾンビと違い、多少はこちらの攻撃を防いだりと、動作パターンが増える。
まあ、ハルならば問題ないだろう」
また、そっち系――気持ち悪い系――の魔物か。が、今までにもゾンビは数匹だが倒してきた。
やはり、慣れというのはあるようで、内臓がはみ出てようが、皮膚が焼けただれていようが気にはならなくなってきている。
メインの敵になるというはちょっと嫌だが、毛嫌いもしていられない。
「魔力は大丈夫か?」
アルトの問いには、
「まだ余裕あると思う」
と返答した。戦い続けといっても、倒して歩いて倒しての繰り返しだから、続けざまに戦闘だけをしているわけではない。自然回復の分もあるだろうから、まだまだスキル技を使い続けられそうな感触である。
俺は正直に答えた。
17階層で初めて出会った敵は話にも出たばかりのグール3匹のパーティだった。
アルトは涼しい顔で2匹を続け様にに切り捨てる。一匹残してくれたのは俺のため。
本気のアルトなら3匹でも一瞬だろう。
残ったグールに、『バッシュ』を叩き込んだ。
うーん、一撃では沈まない。その後通常攻撃を繰り出すがそれでダメ―ジを与えられている気もしない。
やはり、通常攻撃によるダメージは微々たるもののようである。ストーンゴーレムに通常攻撃が効いたのはほんとにギリギリの線、瀕死状態だったからなのだろうか。
その後の戦闘で、グールは『バッシュ』二発分。あるいは『ハードバッシュ』1発分で倒せることがわかった。
それなら、最初から『ハードバッシュ』を使う方が効率がいい。
なんとなく、戦い方がわかってきた。
本来ならば……というか、これがゲームなどで、各スキル技の消費魔力が数値化されていてわかるのであれば、燃費のいい戦術とかもあるのだろうけど、よくわからないからな。
魔力回復薬は大量に持ってきているようだし、そもそもスキルの使用可能回数すらわからない。火力重視で行くほうがよいだろう。
結局17階層は1時間ほどで、突破した。
たまに出るストーンゴーレムをアルトに任せて俺はグールの相手ばかりをしていた。
結果それが、戦闘時間の短縮に繋がったのだろう。
18階層のエントランスで、昼食を取ることになった。
「温かいものがよいだろう」
と、アルトが、小鍋を取り出した。その後に食材やら、水の入った瓶やら、食器やらを。
どこに隠し持っていたのやら。
いや、ひょっとしてあれか?
「もしかして、アルトってマジックバッグ持ってる?」
「ああ、冒険者としては当然の装備だ」
どうもアルトの言う冒険者と俺のイメージの冒険者とはかけ離れているようだ。
俺の持つ冒険者のイメージって日銭稼いでひいひい言ってるダルトさんのようなのが標準だ。
ギルドランクもFとか、ほんとうに最底辺の人間ばかり見てきたしまったようだ。
アルトの持つレアなアイテム。マジックバッグ。
魔法がかけられていて、小さな袋なのに大量の荷物が入り、自由に出し入れできる。
容量に限界はあるが、四次元的なポケットみたいなもんだ。
収納量の少ないものでも、100000シドルはする。半年は慎ましく暮らせるぐらいの金額だ。
ちなみに俺は実物を見たことはない。親父も欲しがっていたが、さすがになかなか手が出せないでいた。
もっとも、あまり市場に出ないから、一般人には買いにくいという理由もある。
アルトはなにかのコネで手に入れたのかもしれない。
アルトの強さであれば、いろんな上流階級ともつながりがありそうだ。悪評さえ気にされないのであれば。
アルトはテキパキと、小鍋に水を注ぎこみ、乾燥肉と、幾つかの葉物、それから何かの穀物ざらっとを入れ、塩っぽい粉末とさらに謎の粉末で味付けする。
それを簡易コンロに乗せて、ぐつぐつと煮込み始めた。
簡易コンロは、魔珠の魔力を使って火を起こす魔道具である。これもなかなか高価な品だ。燃費が悪く、普通は着火用の魔道具で火をつけて薪などで加熱するのが一般的だ。
アルトは結構稼いでいるしその辺は無頓着なのだろう。
簡易コンロで使うぐらいの魔珠であれば、そこら辺の魔物を倒したらすぐ手に入る。
冒険者をやっているメリットのひとつだな。
しばらくすると、湯が沸きあがり、料理が完成した。
雑炊のようなスープのような、良くわからない料理だが、まあこんなダンジョンの中で食べることを考えれば上等だろう。
見た目は地味だが、意外と良い香りが広がっている。
アルトが椀に注いでくれたそれをスプーンで人匙掬った。
ふうふうと息をかけて、そっと口に運ぶ。
変な材料を入れていないからその辺は心配していない。が、どうにも味気ない料理にしか思えなかったから味には期待していなかった。
が……、
「うまっ!」
思わず大きな声がでるほどの濃厚なスープ。
あまりの衝撃に体がのけぞり、こぼしてしまうところだった。
「それはよかった」
スープを吸って柔らかくなった穀物にも味がしみ込んでいて、食べごたえがある。
よくわからない葉っぱとふやけた肉の相性も抜群で、それぞれの風味がアクセントになりつつも調和している。
「はふはふ……」
俺は熱さを我慢できるぎりぎり限界の速度でそれをかきこんだ。
「もう少し残っているが、食べるか?」
もちろん返事はYESだ。
今のところ、腹八分目というところだが、まあ10割を超えなければよいだろう。
「なんて料理なんだ?」
「名前は特に付けていないが」
「にしてもうますぎるよな……」
残りのスープをすすりながら俺は呟いた。シュミルの料理も美味くてそれを食べ慣れている俺はある程度は舌が肥えていると思っていたが、そんな経験がふっとぶくらいの衝撃的な美味さだった。
「煮込みスキルを使ったからな」
との回答が得られる。
「煮込みもスキルなのか?」
「ああ、焼くのも炒めるのもスキルを所持している。
スキルを使用して調理すれば大概これくらいの味になる」
アルトはいつもどおりといったように料理を食べていた。
普段からこんなレヴェルの料理を食べ慣れているのだろう。しかも自炊だ。
ちょっと嫁候補にしたいくらいだ。
料理のスキル持ちっていうのは希少で、貴族やら王族とかに抱えられているから、一般人には食べる機会がないからな。
「喜んでもらえたようでよかった」
言いながら、アルトはてきぱきと後片づけを始めた。
なかなかにして生活力はあるようだ。ぶっきらぼうな性格と喋り方には女っ気がないが、女子力は意外と高い。
あと声が女性っぽくないのは、呪術のせいだからいずれは解消されるだろうし。
冒険者なんてやっているのが勿体ない。
いや、出来た嫁と冒険者として食っていけるスキルを比べたら冒険者のほうが希少だし、金にもなるのはわかるが。
「なあ、アルトはどうして冒険者の道を選んだんだ?」
普通の女の子として生きることは考えていないのだろうか?
「話せば長くなる……」
そういうと、アルトは俯いて黙り込んでしまった。
話しづらい過去があるのか。俺ごときにそこまで話すまでの仲ではないということなのか。
ともかく、それで休憩タイムは終了。
荷物をまとめたアルトが立ち上がり、俺もそれに倣った。
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