第15話 15階層へ
俺はアルトの尻を撫でている。うん、撫でている。
「ん、はあ、はああ……、んんん……あっ」
アルトの声を押し殺した吐息、艶めかしい息遣いが感じられる。
胸と同様に、多少ボリューム的には物足りなさを感じる小ぶりなヒップだが、感度はいいようだ。
俺が手を止めると、
「ねえ……」
と、こちらへと振り向いてくる。そのまま抱きしめられる。
うるんだ瞳。それがなんとも艶っぽい。
そのまま、躊躇なく口づけされる。舌が俺の口の中でねっとりと動き回る。
「もっと……」
普段のぶっきらぼうな態度や冷たい口調とは異なる新たな一面。
声は相変わらずしわがれてハスキーだが、それはそれで劣情をそそる。
もっと……とかいう誘いの言葉を受けて、手を引くのは男じゃない。
俺は一気にアルトのシャツの中に腕を滑り込ませた。
「あっ……もう……」
想像どおりの小ぶりな胸……かと思っていたら、見た目以上のボリュームがあったようだ。
俺の掌で少し余るくらい。
包み込むように、そっと手を添えて、小さく動かす。
「あ……あん……ああ……」
詳細やその後の描写は省きますが、そんな夢を見ました……。
結果として朝っぱらから目覚めてしまい、証拠隠滅のために、ボクハ、パンツヲ、コッソリゴシゴシ、アラッテイマス。
アルトは、まだ俺のベッドで寝息を立てているだろう。
昨夜……。
スキルを失う覚悟でアルトの肢体を愛でようと決意を固めた瞬間だ。
例のアラームが鳴り響いた。もちろん俺にしか聞こえない。
それは無視して突破を図る。
打算はあったんだ。あったんですよ。
逆に考えると、その一時間のうちなら、新たなペナルティーは課されない。はず……。
つまり、やりたい放題だということ。時間限定だが一時間といえばあれこれできるだけの時間がある。
検証していないが、そういう仮説を立てて、いざ実践という求道者を目指していた。
……。結果……考えが甘かった。
いつもは、罰則が生じるとそこで焦ってしまってすぐにステータスを開き、レベルをダウンさせるスキルを選択していた。
だから、気づかなかったことなのだが。
ペナルティーが発生して、罰則を実行させないその間……。
俺は悟りの境地に達したような落ち着いた心を手に入れていた。
最初はそれほどでもなかった。うん。あれ? いま俺ってアルトのお尻を触ろうとしてたよな?
なんのため? いや、お尻を触ることが悪いわけじゃないけど、それって何の意味があるの?
そんな疑問が生じかけていた程度だった。
自問自答、自らの行為に対する疑問符。そんな感じだ。
が、時間が経てば経つほど、その迷い、あるいは思いは高みに昇って行く。
やがて、俺自身が宇宙と一体化したような……。
空即是色、色即是空。
俺は宇宙であり、宇宙は俺である。
アルトも宇宙であり、宇宙はアルト。俺がアルトでお前もアルト。
ニュータイプ的な共感とも言えるのかもしれない。俺がアルトと一体であればそのお尻を触ることになんの意義があろうか? いやない。反語?
ようは、賢者タイムっていうの? なんの放出もしていないのに。
すべての事象が有り難く、全ての事象が虚無を感じさせる。そんなふわっとした精神状態。
ええ、煩悩なんてふっとびましたよ。ひどくわびしく、ひどくむなしい。それでいてひどく安定している。不思議な精神状態だった。
かといって、放置してタイムアップになれば、何が起こるかわからない。
それだけは理解していた。
ステータスウィンドウを開くと、若干心が冷静さを飛びもどす。
とりあえず、片手剣スキルを再び失うことを選んだ俺は、ようやく元の状態に戻りましたけど……。
つまりはこういうことだ。
煩悩が生じるとペナルティが発生する。
スキルをレベルダウンさせるという、罰則を消化しない間は、新たな煩悩が生じないくらいに、透き通った心でいられるのだ。
いや、綺麗ごとはよそう。
罰則を受け入れない間は、俺は煩悩を膨らますことができない。
エロい気持ちになんてなれやしない。
煩悩なしで、女体を楽しむなんて、それは単なる作業でしかない。加えてあの悟りが拓かれたような心の落ち着き。
思っていた以上に破壊力のある呪いの効果だった……。
これは……、一生DT、魔法使い一直線である。いや、今も魔法は使えるけど。
4人で朝食を終え、出発の身支度を整える。
出がけに、シュミルが、
「これを持っていくといいわ~」
と一振りの剣を差し出してくる。
「これは?」
「うん、昔、お父さんが使ってた剣なの~。
お古だけど、その銅の剣よりはよっぽどいいわよ~」
「少し見せてもらってもいいか?」
昨夜のことなどおくびに出さず、アルトが横槍を入れる。
そうそう、アルトはシュミル達が起きだす前には既に目覚めて自分の寝床へ帰って行っていた。ちょうど俺が
「ほう、これは……」
「わかる~、結構いい品でしょ~」
シュミルはアルトに剣を渡しながら言う。
「エンチャントが付いているな。攻撃力上昇と、耐久力上昇、それに対魔法効果か……」
「わかるのか? ひょっとして鑑定スキルとか?」
俺はアルトに小声で聞いた。
「いや、そこまでは詳細にはわからん。
が、この武器の発する雰囲気からある程度は察せられる。それ以外にも幾つか効果はついていそうだ。
この剣の持ち主はさぞかし腕の立つ猛者であろうな」
「それほどでもないけどね~」
とシュミルは自分を褒められたかのように、照れ隠しをした。
俺も鑑定してみる。
鋼の剣
状態:中古―良好
価格:20000シドル
シンプルなステータスしか表示されない。素材は鋼。
一般的な武器や防具は銅、青銅、鉄、鋼とランクが上がっていく。
それ以上になるとレア素材となりなかなか入手が困難だ。既製品というか、普通に売られている中では最高クラスの素材ではある。
が、俺の知る限り、一般的な鋼の剣の価格は8000シドル程度。それと比べると倍以上の値がついていることになる。それが、アルトの言うエンチャント――、魔法の力で能力を向上させた分の価値なのだろう。
「ダンジョンの一階とか二階とかを探索するんなら勿体ないけど、深く潜るんだったらこれくらいわね~。いるでしょう~。
鎧もあるけど、サイズがね~」
そういえば、相変わらず俺の鎧は革鎧である。心もとないといえば心もとない。
「確かに、これじゃあ不安だよな……」
「その点は心配するな。
私に任せておけ」
アルトはそう言って、俺の不安を振り払う。まあ、ここまで来たら一連托生。仲間だとして信じるしかない。
というわけで、出発することになった。
「2~3日くらいだったら大丈夫だから~」
とシュミルに送りだされた。いや、できれば今日中に決着つけたいんだけどな。
「じゃあエリン、行ってくるから」
大人しく待ってろよ、と念を押さないでもちゃんとシュミルと一緒に待っててくれるだろう。
シュミルとエリンに見送られながら、アルトが歩き出す。
「どっか寄るのか?」
「いや、直接ダンジョンへ向かうが?」
「なら、方向が逆だけど……」
「すまん、どうにも道が覚えられなくてな」
ダンジョンの手前で、奴隷契約を行うことになった。昨夜の話のあれである。
「えっと、アルトが契約契約のスキル持ってるんだっけ?
っていうか、自分で奴隷に出来るのか?」
「いや、私が自分でハルの奴隷になることはできない」
「じゃあ、どうするんだ……」
言いかけて、俺は違和感に気付く。
スキル奴隷契約。そんなもの取得した覚えはないが、使えるような気がする。
「
「詳しい話は、今はできない。
が、おそらく……。ハルには様々なスキルを取得する才能が眠っているはずだ。
それが簡易なスキルであれば必要に応じて。高位のスキルであっても条件さえ整えば。
おのずと自然に身について使えるようになるだろう」
なんで、アルトがそんなことを知っているのだろう。
「なんでそんなことが言えるんだ?」
「詳細は、機会があれば話すこともあるかもしれない。
が、今は時間も無ければ、その時期ではない」
そう言われて、俺はしぶしぶアルトに対して奴隷契約を行う。やりかたは何故かわかってしまっていた。呪文も何もなく、ただ念じるだけであった。
「やはり、呪文を必要としないか」
アルトがぼそりと呟いた。
「で、だからどうこうってのは、聞いても教えてくれないんだな」
「ああ、今はまだ。私にも信ぴょう性がない。時が来ればいずれ……」
そんなこんなでダンジョンの受付を済ませて、入口へと到達する。
一階のフロアにはやはり、冒険者でありながら冒険者くずれといった中途半端な面々がたむろしていた。ぶっちゃけていうとレベルの低い低ランクの冒険者達。
「おう! ハルじゃねーか!」
声を掛けてきたのはダルトさんだ。視線を向けて応えると、
「昨日はすまなかったな……。最後まで面倒みてやれなくて」
「いや、こっちが勝手に奥までいっちゃったんですから」
「で、連日のダンジョン探索か?」
「まあ、一応。今日は二人で……」
「ハルなら、ある程度の階層でも大丈夫だと思うが、気を付けろよ」
「ありがとうございます」
と、受け答えをしていると、ダルトさんが耳元に顔を近づけて囁いてくる。
「あいつ、双黒月のなんとかだっていう話だが、本当なのか?」
「ああ、ミライアさんからも聞きました。本人も認めてます。でも、噂は……」
「まあ、一度失策を犯した冒険者なんかにゃ悪評が付くことがままあるがな。
実力は確かなようだからその点は心配はしてねえが……。
後ろからぶすりなんてことのないように気を付けな」
物騒なことを言ってくれる。が、奴隷契約を済ませてあるのでそれはない。はずだ……と信じたい。
それに、それだけの力があるのなら、わざわざこんなお膳立てしてダンジョン内でなくてもいいはずだ。それにアルトにとってもメリットがない。
「まあ、大丈夫だと思います。
ダルトさんは、今日はカーズさんと?」
「ああ、珍しく俺の方が早く着いたから待っているのよ。
合流したら3階層ぐらいをぶらぶらうろつくさ」
「ダルトさんもお気をつけて……」
アルトに続いて、入り口の
相変わらず代り映えのしない、エントランスだ。
普通に入れば、一階層の通路に出るはずである。が、出たのはエントランス。ということはスキルで、階層を飛び越えたのだろう。
「ここが15階だ」
かなり広くなった部屋だが、見渡すと誰も居ない。
「閑散としてるなあ……」
「このダンジョンは今のところ25階まで。すでに探索は終えられて、めぼしい宝は取られている。
しかも、ギルドランクでいえばC、あるいはB程度の実力が無いと太刀打ちできない魔物が出現する。
よほどの物好きでない限りは滅多に訪れんさ」
俺達は物好きということなんだな。
「さきにレクチャーしておこう。
11階から20階までは、疑似生命体が多く出現する。
15階のメインの魔物は骸骨兵だ。アンデッドの代表格だな。あとは14階以下の、ゾンビや、マッドゴーレムがちらほらと出る。
どれも動きは遅く、脅威はない。倒すことはできないが、逃げるぐらいならさっきのあの男でも可能なくらいだ」
ふむふむと俺は頷く。さっきの……というのはダルトさんのことだろう。
「倒すことができないって?」
動きが鈍いのなら、時間さえかければなんとかなりそうなものである。
「それが、鎧は特に必要ないと言った理由にも通ずる。
11階層を超えると、魔物には通常の攻撃は通用しない。武器に魔力を通わせる必要が出てくる。
相手の魔物も体の周囲に魔力を纏っている。ようは防御用の魔力の膜を突き通すだけの魔力を込めた攻撃でないと意味がなくなってくるわけだ。ある程度の強さになれば自然に身に着く能力だ。
逆もまたしかり。この階層クラスで戦う冒険者であれば、無意識に魔力を纏っている。それを超えた時にしか鎧の類は役に立たない。エンチャントでも付与されていれば話は代わるがな」
「俺そんなことできてる自覚ないんだけどな……」
「そこからが、わざわざ奴隷契約を結んでまでパーティを組んだ理由に繋がる。
私はパーティメンバーにも同じように、魔力による防御陣を発生させるスキルを所持している」
「つまりは、アルトと同じパーティに入れば、この階層での魔物からはダメージを受けない? と?」
「そういうわけではない。ダメージが軽減されるだけだ。が、それなしではありきたりな防具では意味を為さないくらいのダメージを受けるからな。着ていても意味がないというのはそういうことだ。
そもそも、魔物は私が引き受ける。相手をする必要な生じないだろう」
言葉の意味は中途半端にしかわからんが、とにかくすごい自信である。
「期待してるよ」
「ああ、目指すは20階だ。1階層に1~2時間を見るとして、今日中には20階に到達できるだろう」
なかなかハイペースな行軍予定だ。デスマーチにならないことを祈るばかりである。
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