第14話 前夜

 かくかくしかぢかということで……。


 それで伝わればどれほど楽か。


 家に帰った俺は、ざっくりとだが、手間暇、時間をかけてシュミルに経緯を説明した。


「なるほどね、で、行くんでしょ~」


 相変わらずシュミルは、軽いノリで応じてくる。


「いや、母さん、わかってんの? 今日の見学ツアーとは違うんだけど?

 20階だよ、20階!」


 半分ほどは行くつもりになっていた俺であったが、こうも簡単に言われると不安が増す。


「それにしても双黒月の勇者ねえ~……」


 シュミルはぽつりと呟いた。


「ああ、今は偽勇って呼ばれてるみたいだけど。

 知ってんの?」


「ここのところは悪い噂しか……、それだってかなり減ったほうだけど、一時いっときはそりゃあ有名だったわ。

 2~3年くらい前かしら。

 でも、それがほんとだったら……確かに実力は問題ないでしょうね~」


 そういうもんなのか。知る人ぞ知る、というよりも大人の世界では一般知識のように言う。


「で、エリンちゃんはどうするの~?」


 そういえばその話はしてなかったな。着いてくるとかいいそうだ。

 エリンを見ると、どうにも切ない表情を浮かべている。やっぱり一緒に行くとかいいたそうだ。

 だが、シュミルが先んじて、


「まあ、お留守番がいいかもね~。

 幾ら腕が立つっていっても一人護るのと二人護るのだったら手間が桁違いだから~」


 知った風な口を聞く。


「心配とか……、しないんだな……」


 俺がぽつりと漏らすと、シュミルはオーバーに首を振った。


「心配ないわけないじゃない~。

 でも、その人がハルの戦いぶりを見て決めたんでしょ。

 ってことは、大丈夫だって確信してるんじゃないの~」


 シュミルには、具体的な戦闘の話はしていない。

 が、4階で魔物を倒したことはそれとなく告げてある。

 それにしたって、20階でボスともなれば、数段どころか、数十段上の実力が必要なのだろうが。


「息子を信じてくれて嬉しいよ」


 心にもないことを口にしてみる。


「じゃあ、明日はエリンちゃん、一緒にお店開けましょうね~」


 エリンは、少し視線を落として間を取った後、コクリと頷いた。


 そんなこんなで話がまとまった頃、ドアをノックする音がする。


「はいはーい、少々お待ちを~」


 シュミルが戸口へと立つ。


「あの、ハルくんいますか?」


 聞こえてきたのは女性の声。おそらくはミライアさんだろう。


「ハル~、お客さん~」


 呼ばれて、俺も戸口へと向かう。


 顔なじみとはいえ、ただのお客さんである。家に上げるのもどうかなと逡巡していると、


「少し外で話さない?」


 と言われて連れ出された。


「えっと……」


 俺が口ごもっていると、


「さっきの……、結局何の話だったの?」


 と聞いてくる。


 面倒だけど、シュミルにしたよりもさらにかいつまんで説明した。


「行くの?」


「まあ、母さんも良いって言ってるし……」


 とそれとなく気持ちを伝える。


「そう……。あくまでも噂なんだけどね……」


 とミライアさんは前置きして、


「あの人、騎士団に入っていたってことは聞いた?」


 俺は頷いた。


「事情があって辞めたというのも聞いてます」


「そう、理由は?」


「いや、そこまでは……」


「なんでも、あの人、騎士団を潰滅……ううん、そこまでは言われてないけど、分裂させかけたって噂があるの。

 他にも、ダンジョンの中で、仲間を見殺しにしたなんて話もあるわ」


 それは、かなり今回の事案に関係してくる。そんな経歴の持ち主と危険な探索は避けたいな。


「噂……ですよね?」


「そうなんだけど……。それにハルくんを連れて行ってどうするつもり?

 一人で行くならまだしも、そんな無茶に人を付き合わせるなんて」


 それにはうまい答えが見当たらない。ミライアさんからすれば俺は一介の冒険者の端くれであり、回復魔法が使えるだの、魔力の量が多いだとか、実はスキルレベルがやばいことになっているとかわからないのだ。


「まあ、理由はちょっと言えないですけど。

 でも、エリンのこと考えると……」


「エリンちゃん?」


「ええ、今回の探索はやっぱりエリンのためってのが大きいんです。

 その力になれるんであればって……」


「そう……。あたしに止める権利はないけど……。

 くれぐれも気を付けてね。

 なんったって相手は……」


 そこで、ミライアさんは言葉を切った。


 人の気配に振り向くと、そこにはアルトが立っていた。


「すまん、聞くつもりは無かったのだが……」


 どうやら途中から会話を聞かれていたようである。


「じゃあ、あたしはもう行くから」


 さすがに、話の当事者の登場で気まずくなったのかミライアさんは足早に去って行った。


「あの、わざわざありがとうございます」


 俺は去りゆくミライアさんに礼を言う。ミライアさんは軽く手をあげて応えた。


「ひとつだけ訂正させてくれ。

 騎士団を分裂させかけたのは事実だ。

 だが、仲間を見捨てたことは根も葉もない噂に過ぎない。それだけは誓おう」


 真剣な表情でアルトが言ってくる。


「まあ、信じるけど……。

 それより、どうしたんだ?

 明日の話?」


「いや、それがな。

 カネが無くて宿に泊まれん。よければ泊めてはくれぬか?」




 そんなわけで、アルトとエリンを加えた四人で夕食をつつくこととなった。


 シュミルは寛大だ。心が広い。大雑把とも言うが。


 いつもと人数が倍になったとはいえ、物静かな食卓風景だった。

 エリンはちゃんと喋れないし、俺もアルトも口数少ない。

 シュミルがひとりで喋っているようなものだった。


 風呂にはまたシュミルとエリンが一緒に入ったが、今日はアルトの目があるので覗きに行くことはできない。

 まあ、チャンスは今日だけではない。いや、無事にアイテムが手に入ったらエリンは居なくなってしまうのか。


 そういう意味では最後のチャンスだったかもしれない。

 片手剣スキル辺りを犠牲にして煩悩との戦いを繰り広げてみる気持ちはあったのだが。


 俺も風呂に入って、さっさと部屋に引き上げた。


 布団に入っていろいろ考える。


 ダンジョンに潜るのって興味が無かったけど、ひょっとすればそれなしでは生きていけないかもしれない。


 そもそもこの世界は危険に満ち溢れている。この街は治安がいいほうだけど、それでも盗賊や、荒くれ者とのいざこざで命を落とす人は多い。

 運が悪い、戦闘力が無い、たったそれだけの理由でだ。


 さらに言えば、骨董屋という商売を続けていくのであればそれこそ仕入れの旅なんかに出ることもあるだろう。

 そんな時に、今よりスキルレベルが格段に落ちてしまっていたら……。


 それが嫌だから、鑑定スキルを利用して質屋を始めてみたのだが、それだっていつまで続けられるかわからないし、今後鑑定スキル自体を失うことだって来るかもしれない。


 それほど、俺の煩悩罰則ペナルティは恐ろしいものだ。

 現にここ数か月でぐんぐん弱くなっている。


 弱体化を緩やかに。あるいは、少しずつでも強くなるためには、魔物と戦い、スキルを得ていくしかない。

 幸いにして、普通は一生かかっても手に入れられないこともあるという武器系のスキル。俺は再取得が可能だということが判明した。


 おそらくは、獲得したり失ったりの繰り返しで現状維持をしていくことはほぼ困難ではないだろう。

 禁欲生活を続けるのは無理があるというのはわかりきったことだ。


 加えて、俺の持つ力をこのまま眠らせていては勿体ないという気持ちも芽生えてくる。

 今回はエリンのために。だが、この先の人生でいろいろな助けが必要な人を見ることになるだろう。

 その時に、力を隠して無視したり、あるいは力を失っていて眺めていることしかできない。そんな自分でよいのだろうか?


 そんな疑問もわいてくる。かといって、じゃんじゃん戦ってスキルを得てというのも今までの俺からしたら、急激な方向転換すぎて、イメージしにくいんだよなあ。


 でも、このまま暮らしているとどんどん弱くなっていくだけだ。ジリ貧である。

 持ち直すチャンスは今だけなのかもしれれない。


 ふと、ドアの開く気配。


 エリンがまた来た? ちょっとドキドキする。エロい妄想が膨らみそうだ。

 いや、夜這いってことはないだろう。何かを伝えに来たとか。

 一昨日の晩のことを思い出しそうになりながら、そっと様子を伺う。


 シルエットが違う。あれは、エリンではなく、アルト?


 別に気づかぬふりをする必要性が無いと判断した俺は、体を起こした。


「すまん、起こしてしまったか?」


 声を潜めてアルトが呟く。


「いや、まだ起きてたけど……」


「実はな、気持ちが高ぶって眠れんのだ」


 ほう、それで俺にどうしろと?


「それで?」


 冷たい言い方になってしまった。


「一緒に寝てはくれぬか? いや、やましいことはしない……、多分……」


 語尾がおかしい。


「多分ってなんだ? ってか、そっちの趣味なの?」


「そっちとは?」


「いや、だから男同士……」


 言いかけて、はっとする。


 アルトの姿が……。


 風呂上りで、髪はいつもの無頓着なぼさぼさからしっとり濡れた艶っぽい髪に。

 ぴったり頭に張り付くようになっていて、普段は見えない瞳が露わになっていた。

 えろげーの主人公のような無個性な顔だと認識していたが。


 前髪がないとこうも変わるのか。眼つきが悪く、多少冷たい感じはする顔つきなものの、よく見れば結構な美少女だとも言えそうな。


 普段は、マントを被っていてわからなかったが、シュミルから借りた部屋着になると胸にはふっくらとしたふくらみがあるような無いような。

 貧乳だということを除けば、スタイルも良い。


「そうか、誤解されていたか。この声であれば仕方ないともいえるがな」


「あっ、いや、ごめん……」


 うーん、声ばかりでなく背の高さとうっとおしい前髪に騙された。

 そういえば、声は呪術の影響で変わってしまってるんだろうな。


「それで添い寝の件なのだが……」


 言葉に詰まる。さっきのアルトの言葉がまったく逆の意味を帯びてくる。


 多分やましいことはしない。相手が男であれば、これほど恐ろしい言葉はないだろう。

 掘るか、掘られるか、そんなチキンレースはどっちの立場になるとしても御免こうむりたいのである。


 が、いざ、女性に言われると……。

 こんなに嬉しいことはない……。


「ほ、ほんとに添い寝だけ……なんだろうな?」


「も、もちろん。いや、ハルにその気があれば別だが……」


「しゃ、しゃーねーな。い、一緒に寝るだけだぞ」


 こうして二人はめでたくベッドイン……。


 いや、単に一緒の布団に入っただけだ。多少、肩が触れているか、触れていないか程度の問題である。


「少し話をしていいか?」


 アルトが尋ねる。


「ああ……」


「明日の事なのだがな、私はハルの奴隷になろうと考えている」


「奴隷? なんでまた?」


「二つの意味がある。

 奴隷契約時の制約は知っているか?」


「……?」


「ひとつは、主人の命が失われた時のことだ。

 奴隷も自動的に命を奪われることになる」


「それって解除できない?」


「元々そのために生み出された術だからな。つまりは、私が奴隷になることによって、ハルの命を何より大事にする、その決意と取ってもらえれば構わん。

 もちろん後々に契約解除はさせてもらう」


「まあ、そのほうが安心できるっちゃできるな」


「ふたつめはもう少し実利的なものだ。

 サンプル数が少なくほとんど解明されていないが、私には希少なスキルがいくつも備わっている。

 その中には仲間パーティにも効果を及ぼすものがあるのだ。メンバーサーチのようなものもその中のひとつだ。

 が、仲間という概念が、はっきりしない。ある種の信頼関係のような絆で結ばれた仲間同士であれば、スキルの効果がはっきりと伝わるが、そうでない場合も多いのだ。

 しかし、奴隷の契約を交しているもの同士であれば、間違いなくその効果は発揮される。あくまで私の経験上の話だが」


「なるほど。つまりは、アルトが俺の奴隷になれば、スキルの力で攻略が容易になると?」


「そういうことだ」


「まあ、俺としては……。その逆、俺が奴隷になるってんじゃなかったら構わないけど……」


 一時的にとはいえ二人の奴隷持ちだ。俺の年でそんな状況の奴が何人いるだろうか。


「了承恩に着る。では明日はよろしく頼むぞ」


 それっきりアルトは背を向けて黙ってしまった。

 お、おう。寝るんだな。いや、そうだろう。明日に備えて休息を取るべきだ。


 うん、そりゃそうだ。


 だけど……なあ……。色気が足りていないとはいえ、同年代の女子が同じ布団で寝ているのですよ。


 それも思わせぶりな態度の……。


 こりゃあ、武士は喰わねど高楊枝なんて言ってる場合じゃあねーっしょ!


 据え膳食わぬは男のなんとやら……。


 胸は無さそうだからな。いや、エリンのほうがまだましなぐらいだ。

 それはそれで興味はあるのだが、いきなりってのもなんだし背を向けているし。

 お尻からいっちゃいますか!

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