第13話 ポンコツメシア
「あれ?」
アルト、エリンに続いて3階層へと繋がるはずの黒い壁を通り抜けた直後に違和感を感じた。
本来ならば、上に昇る階段に出るはずである。
が、出たのは大広間。戻ってきた? いや違う。
4階層の大部屋に居たのとは冒険者の様相が異なっている。なんていうか、装備も地味で覇気もなく、ありていに言えば質が低い。
冒険者のようで冒険者でない。ごろつきといえばごろつきな感じの人間が多い。
不審に思っていると、
「ああ、ここは1階層のエントランスだ。
スキルのフロアスキップで飛んだ」
と、アルトから簡潔な答えが返ってくる。
と、同時にスキルを獲得した感覚が芽生える。
こっそりウィンドウを確認すると、『フロアスキップLv1』が増えていた。
なにやら、5階層刻みで、訪れたことのあるダンジョンの突破した階層を好きに行き来できるスキルのようだ。
好きにといっても、あの黒い壁、インヴァイトゲートを通過ときにしか使用できないという制限があるらしいが。
それに、5階層刻みという制約があるために、行けるのは1階、5階、10階などなのだろう。今の俺には1階に戻るという用途でしか使用できない。
レベルが上がればどうなるのかわからない。おそらくもう少し便利になっていくのだろう。
相変わらずスキルの取得条件がわからんなあ。
『メンバーサーチ』の時は、単にそれが必要な状況だったってだけで得られたし。今回はそのスキルを体感したから、得られたのか?
これらのスキルも
もし、獲得条件が明らかになって、再取得が幾らでもできるのであればいろいろ捗るな。
煩悩罰則を喰らってもすぐに取り直せるんだから、罰則の意味が薄くなる。
禁欲生活とようやくおさらばできる兆しが見えてきた。
などと考えを巡らせていると、
「手近な店に入るか……」
と、アルトは歩き出した。
ダンジョンがあるのは街の外れ。アルトはさらに街の外に向っている。
俺の知る限りあっちには店などなかったはずだが。知る人ぞ知る隠れた名店があるのかもしれない。
今から行う話がどういう系統であるかわからないが、密談に準じるような話であれば、そこいらの冒険者がたむろしている酒場や食堂では都合が悪いのかもしれない。
「おかしいな?」
と、アルトが足を止めた。迷ったのか?
「どこへ向かってるんです?」と俺が聞く。
「ギルドのあたりにはいくつも店があったと記憶しているが」
「ギルドなら反対方向ですよ」
「そうか、悪いがそこまで連れて行ってくれ」
というやり取りの後、来た道をわざわざ引き返して、街の方へと戻る。
ほんとに適当に選んだ店に入ってテーブルに着く。好きなものを言われたので、普通のお茶にした。
「エリンは?」
エリンはメニューとにらめっこしている。迷っているという風でもない。
「ああ、エリンは字が読めないんだったな。読んでやるから、選べ」
と結局、エリンは
飲み物が運ばれてくるまでの間、改めてアルトを観察する。
しゅっとした輪郭。鼻筋が通った顔。目も整っているようだが、長い前髪に阻まれてほとんど確認できない。これで戦闘なんてできるのだろうか。
戦闘時には髪をくくる? それはそれで似合いそうだが。
黒いロングヘアは近くでみると結構ぼさぼさでちゃんと手入れしていないように思える。普段からそうなのか、ダンジョンで戦っていた影響なのかはわからない。
はっきり言って年齢不詳。正体不明。俺よりも年下っってことはないだろうが、そこはかとなく若さが見た目の表層に滲み出ている。
かといって、その態度や雰囲気は、年配者のそれだ。
やがて、ウェイトレスのお姉さんが、ドリンクを運んでくる。
一口それぞれが口を付けたところで、
「単刀直入に言う。ハルと言ったか」
「はい」
「力を貸して欲しい」
「それってどういう……。あのひょっとしてエコーの滴?」
「そこまで知っているのであれば話は早い」
アルトは頷いた。
「エリンのためってことですか?」
「それもある。が、私にも必要なのだ」
前置きしてから、アルトは語りだす。
「エリンとは、とある
依頼の内容は言えないがそれは今も継続中だ。だが、現状は頓挫してしまっている。
エリンと出会った時に下手を打ってしまってな。
呪文封じの呪術を受けたのだが、エリンも巻き込んでしまった。
というよりエリンが私を庇ってくれたのだ。
本来であれば私が言葉を失うはずだったが、それをまともに喰らったエリンが言葉を失い、私は魔術の詠唱に支障をきたすことになった」
なにやら、複雑な事情があったようである。と、それと俺にどう関係が……。
問いただす前に、アルトが核心に触れてくる。
「まずはエリンを元に戻してやりたい。が、魔術を封じられて単独でダンジョンの20階はなかなかに厳しいということを痛感した。15階までは到達したのだがな」
とんでもないことをさらりと言う。15階なんて深く潜っている冒険者はほとんどいないだろう。居たとしてもパーティを組んでいくのが常識だ。
「それで引き返してきたんですか?」
「いや、ダンジョン内でエリンの気配を感じた。もちろん単独で来ていることはないとは思っていたが念のためにな。
5階層にスキップして戻っている時に、魔物に囲まれている二人に出くわしたわけだ。
悪いが様子を見させてもらった。もちろん窮地になれば助けるつもりだった。
結果として必要は無かったようだが」
ああ、あれを見られてしまっていたのか。
「おそらくはエリンのほうでも私の気配を感じて追ってきたのだろう。結果的に迷惑をかけてしまった」
エリンは、気まずそうに俯いた。
「二人ともお互いの気配がわかるんですか?」
「エリンはスキルで、というよりも感覚的なものだろう。
一部の奴隷は主人の気配を敏感に察知する。過去には10
「え? でも、エリンって今は俺の奴隷じゃ?」
「二重に契約をしてある。私にもしものことがあれば、主人はハル一人になるが、今は私も主人である」
そんなことができるとは。
「まあ、時間さえかければ私一人でも20階に到達し、ボスを倒すことは可能だろう。しかし効率が悪い。特に回復の問題がある。
そこで、回復魔法の使えるハルに同行して欲しいのだ」
もちろんそこも見られていたわけね。
「参考までに聞きますけど、20階のボスってどの程度の強さなんですか?」
「20階程度であれば、そうだな、わかりやすい基準でいえばギルドランクでBの冒険者が適切なバランスのパーティを組めば、なんとか突破できるだろう。もちろん個人の力量次第だが」
「えっと、アルトさんはギルドランクは……?」
「わけあって、Cから上げていない。が、実力はAに匹敵すると自負している」
いるよね~そういう人。実力をひた隠し、ランクを上げずに無双するってタイプ。
どれ、どれほどの実力なのかちょっと確認してみよう。
アルトに鑑定を試みる。
…………。
が、発動しない? 何も情報が得られない。
さっきの戦闘で魔力が切れたとか? 試しにエリンを鑑定する。
それは上手くいった。相変わらず、魔術スキルはグレー表示。ロッドがLv4に上がっていた。
改めてアルトに鑑定をかける。がやはり反応がない。
「悪いが私には鑑定は効かない。無効化するスキルを所持しているからな」
ばれてた。
「だが、信用ならぬというのなら、少しだけ教えてやる。
得意とする武器は片手剣と大剣。スキルレベルは共に5を超えているとだけ言っておこう」
まあ、嘘をつく必要もないだろうし、真実なのだろう。で、5か6だったら実は俺のほうが強いのかもしれないし、実際にはもっとレベルが高いけど隠しているという可能性もある。
「ハルには危険なことはさせないという約束をしよう。
基本的には、回復担当ということでいい」
「えっ? それだけ?」
「ああ、あの魔力量で回復をしてもらえるのであれば、こちらもダメージを気にせずに攻撃に専念できる。
結果として効果的に魔物を倒していくことができるだろう。
もちろん、ハル自身が戦いたいというのであれば止める理由はないが」
悩むな。引率付きでのダンジョン挑戦といえば、今日やったことと変わらないけど。
だが、攻める階層が違いすぎる。
今日は4階層でひーこら言うダルトさん達と一緒だったのが、目指すは20階層。
魔物の強さがわからんことには安請け合いはしたくない。
「俺が了承したとして、期間的にはどれくらいになるんでしょうか?」
「今日のところは、疲れているだろうから無理強いはしない。
明日の朝から始めて、期間は成果が出るまでだ。
もちろん、時間的な余裕がないのであればそこは考慮する。一日付き合ってくれるだけでもありがたいからな」
まあ、お店はシュミルに任せることもできる。一応目安の料金表はあるから質屋だって継続できる。ただ、鑑定スキルがないと精度が落ちたり、掘り出し物が見つからなかったり、高額商品は扱えなくなるってだけで。そもそもそんな高額商品や掘り出し物なんて滅多に出ないから数日だったら影響はない。
と、そこでミライアさんに聞いた言葉を思い出した。
あの人は気を付けろと言っていた。
「双黒月のなんとかって……」
それを聞いたアルトの表情が濁る。この反応から察するとどうにも都合の悪いようなことだ。
「聞いていたか……。
隠すつもりはない。が、噂が独り歩きしているのも事実だ。
それを含めて聞いてくれ」
そう前置きしてアルトさんは説明を始めた。
「15年前に二重月食があったことは知っているか?」
それは、聞いている。ちょうど俺が生れた夜のことだったから。
ちなみにこの世界には月がふたつある。ひとつの月食でも珍しいが、二つが同じ夜に月食を起こすというのは相当珍しいとのことだった。
「あの時期、帝都の神官たちに神託が降りていたらしい。
双なる月が黒く染められる時、救世主が誕生すると……。
国を挙げて該当するものを調べたが、それらしい人物は出てこなかった。
が、数年前、騎士を目指して騎士団への入隊を果たした若者が居た。
その若者の能力は抜きんでていた。将来の騎士団長として入隊直後から渇望されたほどだ。
さらに、出生を紐解けば、あの二重月食の夜に生まれたものだと判明する。
人々はその未来の騎士団長こそ、探していた救世主だともてはやした。
が、ある事情を元に騎士団から去ることになった。
以降は、様々な失策を重ねて名声を落していった。
それを失望を込めて、つけた異名が双黒月の偽勇。つまりは偽りの勇者だというわけだ」
「あのそれって……、もしかして……」
「ああ、それが私。アルト・ポニール。
それ以降も、様々なトラブルに巻き込まれるたびに悪い噂が立つようになった。
あることないこと関係なしにな。
ギルドランクを上げずに、細々と冒険者をやっているのもそのためだ」
「っていうか、同い年?」
「ああ、ハルも15歳か?」
「15には見えないんです……いや、見えないんだけど」
敬語を使う必要がなかった。どうみても20くらいにしか見えないが。
「すまん。あまり他人にどう見られているか興味はないのでな。
どうだろう? 付き合ってくれないか?
これはエリンのためでもあるんだ」
そう言われると弱いけど。
「明日の朝まで待ってくれませんか?」
返答を先延ばしにする。シュミルにも相談しないといけない。
「ならば、明日の朝、ハルのうちを訪れよう。良い返事が聞けることを期待している」
期待しないで待っててね~。と手を振りたい気分だったが、そこは自重する。
なにより、エリンのためでもあるのだ。
アルトは立ち上がり、去ろうとする。
ガタっと音を立ててエリンが立ち上がって、アルトに飛びついた。
うわっ、ちょっとショック。主人と奴隷という単純な関係じゃない?
「エリン」
アルトが例のしわがれた声でエリンに優しく呼びかける。
「明日の朝、また行くからな。それまではハルのところで世話になっていてくれ」
言いながら、アルトがエリンの頭を撫でている。
表情は見えないが、エリンは大人しくそれに従う。名残惜しそうにエリンはアルトから離れた。
「そうだ、ハルの手に入れた魔珠や素材。
もしよかったら代りに換金してやるぞ。
目立つ真似はしたくないのだろう?」
ありがたい提案であり、断る理由はない。
3人でギルドに行き、換金を済ませて改めて別れることとなった。
手元には、本日稼いだ5000シドル少々。多少散在する分には構わないだろう。
「エリン、お腹減らない?」
とエリンに同意を求めて、手近な食堂を目指した。
二人分の食事代なんてたかが知れている。200シドルもあればお釣が来るのだ。
適当に注文して二人で食事をする。
喋るのは一方的に俺でエリンは頷いたり、首を振ったりするだけだ。
「話……早くできるようになりたいよな?」
エリンはしばらく固まった後、小さく頷いた。
詳しい事情は聞けていないが、こんな小さな女の子が不自由して暮らしている。
そう思うと胸が切なくなってくる。
力になれるのならなってあげたい。
その力は持っているといえば持っているのだ。
俺の心はダンジョン探索に傾きつつあった。
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