第12話 視線が突き刺さる
さて、じゃあ、とりあえず戻ろうか。と歩き出す。
「あ・あ……」
エリンは動こうともしない。
「どうしたの? まさか……」
まだ先へ進むとか無茶を考えているのか?
俺の強さを当て込んで?
確かに、4階層ではあれだけの数に立ち向かえたのだ。
下の階層でもまだまだ戦えると思われてもそれは必然。
かとって、俺的には別に深く潜るつもりは一切ない。
と思ったら、そうではなかったようだ。
エリンは床に散らばった、魔物の痕跡を指さした。
すっかり忘れていた。素材回収も冒険者の努めだもんな。
「そうだな、拾っていこう」
折角なので、魔物が落とした素材やら、魔珠を回収することになった。
俺が拾い始めると、エリンも黙って手伝ってくれる。まあ黙っているのはほとんどいつものことだけど。
結果、魔珠が38個。平均して80シドル前後だと見積もって、3000シドル程度か。
これだけでも結構な額だ。
さらには、素材もある。幾らになるかわからないが、兎の毛皮が20ばかし。魔物中で一番数が多かったのがあの可愛げのない兎さんであったのだ。
ああ、そうか。鑑定してみればいいのか。
適当にひとつを選んで鑑定してみる。
兎の毛皮
状態:良
価格:45~55シドル
思っていたほどの値段では無かったが、数が多い。合わせて約1000シドルの価値だ。
あとは、疑似甲殻やら、キュアリーフが数個ずつ。
それと、長い角のようなものが落ちていた。
ロングホーン
状態:良
価格:500シドル
レアドロップという奴だろうか。数が少なく、価値が高い。
ホーンヘアルの落としたものだろう。角の生えていたのはあいつだけだ。
ざっと、合算して5000シドルかあ。かなりの額になった。うちの店の一日の売り上げよりもよっぽど多い。
一気にまとめて相手をするのは疲れるけど、数十分に一回、数匹ずつだったら全然戦っていける強さだ。
地道に古道具屋兼質屋をやるのがばかばかしくなるなあ。
とはいえ、冒険者は冒険者でいろいろしんどそうだし。
カネに目がくらんで冒険者にどっぷりつかるほどの決意は正直生じない。
それらを拾い集めて、さて、あらためて戻ろうとエリンに告げる。
「じゃあ、行くよ」
今度はエリンは黙って着いてきた。どことなくしょんぼりしているのはまあ、やったことがやったことだから仕方ないよな。
それに説教もまだちゃんとはできていない。フォローするならそれが終わってからだ。
引き返すべく、歩き始めた。
夢中で来たからよくわからないが、 結構奥まで来てしまっているようだとは思う。
でも、方向はわかるから迷うことはないだろう。
ふと、思いついたことを言ってみる。
「あのさ、エリン。
戻る時にも魔物には出会うだろう。
魔法を使いすぎて疲れてるし、剣だけでどれだけやれるかも、確かめたい。
だから、魔物と出会ったら、時間をかけて戦おうと思うんだけど」
エリンはコクリと頷いた。
わかってるのかな?
「多分3匹とか4匹とか同時に出ると思うんだよね。
数が多い時は幾つか魔法で仕留めると思うんだけど、俺だけで相手できるかもわからないから、エリンにも攻撃が向くかもしれないけど?」
エリンはコクリと頷いた。
なら大丈夫だろう。
武器は失ってしまったが、多少の魔物であれば、攻撃を躱すくらいはできるはずだ。
怪我もなおしたし、そこはエリンを信じることにする。
一度エリンが魔物を倒さずに引き連れて移動させたために、復路で出会う魔物はそう多くはなかった。
それでも、途中何回か戦闘になった。
ホーンヘアルの群れやら、クォーセンティピーとの混成パーティ。
エリンの様子を確認しながらだが、ちまちまと剣で削って倒していく。
この階層の敵で3匹程度が相手だと、スキル
歩きながらちらちらとエリンが後ろを気にしているのが目につく。
まだ未練があるのだろうか。また逃げ出したりしないだろうな。
一応、注意しながら、進んでいく。
で、また出会う魔物と戦闘。
これも剣の通常攻撃だけで倒していく。
収穫があった。
片手剣のスキルをゲットしたのだ。
ある程度経験値のようなものが溜まったからだろうか。
一度失ったスキルでも取り直せるというのはかなり有益な情報だ。
これくらいの戦闘経験でスキルが手に入るのなら、武器を変えて挑めば、様々な武器でスキルをとりなおすことが出来るかもしれない。
ただ、片手剣には、大剣スキルによるボーナスがあったから、攻撃力が高くなっていたという可能性もあり、他の武器だけで魔物が倒せるかどうかわからないのが、近々の悩みの種だ。
試そうにも、今はそれ以外の武器は持っていないからどうしようもないし。
さすがに素手での格闘をやる勇気はない。
そのことは保留にして、先へと進む。ほどなく4階のエントランスへ続くであろう例の黒い壁が見えてきた。
エントランスに着いて驚いた。
なんかさっきとは違うくらい人が多い。ごちゃごちゃしている。
人ごみの中から、俺を目ざとく見つけた真っ先にミライアさんが駆け寄ってきた。
「ハル! 大丈夫だったの?」
「ええ、まあ……」
答えようとする俺の腕を引っ張ってミライアさんは部屋の端に引きずって行く。
あ、なんか他の冒険者たちから視線を感じる。というか突き刺さる。
ミライアさんは俺を部屋の壁まで連れていく。エリンも当然ついてくる。
ミライアさんが俺を壁に押しやるようにして、そして、声を潜めて話し出す。
「騒ぎになってるわよ。魔物のトレインを巻き起こしたって」
ああ、それは俺じゃなくってエリンなんだけど。
周囲を伺うと、俺達の安否を気遣っているよりも、狩場を荒らした、マナー違反の行為を咎めるような声がちらほら聞こえる。
「あいつらか」
「無事だったのか?」
「だが、どうやって戻ってきた?」
のように、口々に話し合っている。一応声は潜めているが、丸聞こえだ。
一部には声高に「面倒なことをしやがって」「しばらくは探索できねーじゃねえか」と文句を言っている冒険者も居る。
ひとつ言えるのは、冒険者たちの眼つきが冷たく俺達に突き刺さっているということだ。
居心地が悪い。
「ねえ、ハル。聞いたわよ。
エリンちゃんが魔物のトレインを作ったのよね?」
「はい……」
「で、それから?」
それからと言われても。
結局エリンは、魔物から逃げ続けることできず、結果として取り囲まれて窮地に陥ってしまった。
で、俺がそれを颯爽と現れて救った……のが事実なのではあるが。
それを言ったところで信じてもらえるか。
おそらくトレインの規模も伝わっているだろう。あの時出会った冒険者は20ぐらいと言っていたし、実際にはそれよりも多くなっていたけど。
どちらにしても。20匹以上の魔物を一人や二人で無傷で片づけた。しかも初心者が。
あまりにも信ぴょう性が無いという問題と……。
いや、それはまだましだ。実際にそれだけの力があるのだし、証拠を見せろと言われたら同じことをもう一度出来る自信はある。
が、それよりも心配なのは、事実を告げて、それが真実だと認識されて。変に悪目立ちしてしまわないか? ということだった。
「…………」
うーん。と返答に困ってしまう。
こんな時、エリンのように、言葉が自由に使えないのが羨ましい。それはそれで苦労が多くなりそうだけど。
ミライアさんは黙って俺の目を見て答えを待っている。
まあ、ダルトさん達にはある程度実力がばれているし、正直に話すのも手か。
でもなあ……。
悩んでいるとまた、部屋にいる冒険者たちがざわついた。
視線が奥の入り口に向っている。若干人心地を得た。針のむしろのような状況だったからな。
俺もそっちを見ると、例の客が入り口から出てきたところだった。
真っ黒いマントを羽織った黒髪長髪の冒険者。
エリンを預けた張本人である。
「連れが迷惑をかけたようだ。変わって私が謝罪しよう」
しわがれた声で、頭も下げずにそんなことを言う。さらに、
「魔物は始末した。もう入っても危険はないだろう。
もし、今回の騒動で被害をこうむったものが居るのなら、回復薬ぐらいは融通するが?」
といって周囲を見渡す。口では謝罪しているが別に悪いともなんとも思っていないような淡々とした口調だ。
「被害は出ていないがな。もうちっと誠意があってもいいんじゃねえか?
魔物のトレインがどれだけ危険なことかわかっているだろう!?」
モヒカンヘアのいかにも荒くれといった冒険者が、つっかかるように言う。
「だが、被害は出てないのだろう?」
「だが、こっちは、探索もできねえで、稼ぎが減ったんだ! どう、落としまえ付けてくれる!」
怒りが収まらないのだろう。荒くれ冒険者は難癖をつけだした。
しかし、漆黒の冒険者……たしか、エリンがアルトって名前だと言ってたっけ……、表情も変えずに、腰の袋を掲げる。
「狩った魔物の魔珠だ。好きにわけるといい」
とかいいながら、それを差し出すのではなく、床にばらまいた。
大小さまざまな魔珠が床に転がる。何十どころの量じゃない。
小さいものでは、1~2センチ程度のものから、ピンポン玉くらいのもの、数は少ないが、7センチ程度、テニスボールくらいのものまで。
俺が知っている中で一番大きいのは、ホーンヘアルのこれもまあビー玉くらいの大きさだから、デカい奴の価値が相当であろうとは想像がつく。
その証拠に、一瞬きょとんと動きが止まっていた冒険者達だったが、我に返って一気に魔珠に群がっていく。
暴動のような状況になった。実際に大きい魔珠に関しては、先に拾った人間から奪おうとする輩まで現れてしまっている。
フロアに居る冒険者のごく一部が、大きな魔珠に群がって闘争を繰り広げ、半数ぐらいは、地味に小さな魔珠を拾い集めている。
残りの半数はあっけにとられてその様を見守っている。
呆然としている中の一人、ミライアさんが、
「まさか……」
と、呟いた。その表情には怯えのような、驚きのようななんとも言えないものが浮かんでいた。
「少し話がしたい」
背後から掛けられた声に振り向くと、間近にアルトの姿があった。
「ええっと……」
俺が言い澱んでいると、
「ここではなんだ。外に出ないか?」
と、提案される。
「あなたが? ハルくんを助けてくれたの?」
ミライアさんが、アルトに聞く。
実際にはそうではないが、そういうことにしておいたほうが無難なのかもしれない。
アルトはあれだけの魔珠を持っていることを自らばらしたのだから、強さを隠すつもりもないのだろう。その力量がどれだけなのは今の段階ではわからないが、少なくとも5階層以上をソロで巡るっているだけの実力はあるのだ。
俺のことを誤魔化すのに利用させてもらえるならのっかりたい。
俺は視線でアルトにその意を告げる。どうやら伝わったようで、アルトは、黙って頷いた。
「そう、じゃあ一応お礼は言って置くけど……。
ハルくんを危ない目に巻き込まないでよね」
それには頷きもせずに、アルトは歩き出した。
三階に続く入り口で立ち止まってこっちを振り返る。
ついていくまえに、
「ああ、そういえば、ダルトさんたちは?」
と、一応聞いておく。このフロアに姿は見えないようだが、ちゃんと帰ってくれたか心配だ。俺をダンジョンに連れてきた義務感から、4階層に探しに来てくれていたなんてことがあったらあの二人の力量ではかなり危ないし、放っておけない。
「わたしは気になってハルくんを追いかけたけど、あいつらは戻って言ったわ。心配するだけ無駄よ」
どうやら気のまわし過ぎだったようである。わりとこういうときは素直な人達だった。ドライとも言う。無責任とも。
「そうですか……。ありがとうございます」
「ううん、結局なんにもできなかったから。
トレインが発生しているって聞いたから……、さすがに入っていけなくって。
それより、あの人、気を付けて。
双黒月の偽勇なのかもしれない」
「そう……こく、月?」
聞き返したが、アルトが「早く来い」と急かす。
そしてエリンがそれに従って先に行ってしまった。
ミライアさんの話は気にはなったが、エリンと二人で先に行かれると困る。
「すいません、詳しい話はまた今度……」
とミライアさんに断わって俺もついていく。
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