第11話 全力少年

 とりあえず走る。エリンを追って。

 あいつが何を考えているのかは、わからないけど放っておけない。


 ダルトさんやミライアさんが呼び止めて来たが、構っている暇もないし、わざわざ追いかけて来ないことまでは確認した。


 エリンは角をまがって姿が見えなくなっている。かなり早い。追いつけるか?


 全力ダッシュで、俺も角を曲がる。

 エリンの姿が視界に入る。が、その前方には魔物も居た。


 クォーセンティピー2匹とグリーンスライム1匹の混成パーティだ。


 エリンは構わずに魔物の群れに突っ込んでいく。獣人だけあってその身体能力はかなり高そうだ。動きに迷いがなく、キレもある。

 実は潜在能力高いとか。


 だけど、複数の魔物に対しても闘う力があるのかは未知数だ。

 この距離だと俺が追いつく前に、エリンが魔物から被害を受ける可能性だって捨てきれない。


 集団攻撃魔法だと、エリンも巻き込んでしまうかもしれない。

 走りながら、ファイヤーボールで魔物の一匹に照準を絞る。

 できれば、一番手ごわいクォーセンティピーを狙いたいところだったが、今の位置関係ではエリンを巻き込む可能性もあった。

 仕方なく、奥に居るスライムを的にする。


 ファイヤーボールが炸裂する。

 エリンは一瞬振り返ったが、俺には目もくれず。さらには魔物にも目もくれず。

 そのまま前だけを見て走りぬけていく。


 思っていたよりもずっと華麗な身のこなしだった。

 エリンに対して素早く迫るクォーセンティピーを踏み越えて。

 文字通り、踏んで超えた。俺を踏み台にしたとか喋れるなら言いそうなくらいだ。


 そのまま、タンっ! と着地。さらには奥に残っていたグリーンスライムに対しては、持っているロッドを棒高跳びの棒代わりにして飛び越える。


 魔物と戦うでもなく、必要最小限の動きでするっと躱す。


 俺の行く手には魔物が二匹残っている。相手にしている暇は、正直なかったが、クォーセンティピーは、俺に向って攻撃を仕掛けてくるから相手をするしか仕方がない。

 エリンのように、やり過ごすのは難しそうだ。


 飛びかかる脚多魔物ムカデをスキルアーツ、BGカウンターで受け止め、そのまま『バッシュ』で薙ぎ払う。

 BGカウンターはブレイドガードの上位スキルのようだ。ガードからのカウンター攻撃でスキル技の使用が可能な便利な技であった。


 と、自分の技に関心している場合じゃない。動きののろいスライムは無視して先を急ぐ。魔珠や素材だって回収している暇はない。勿体ないとか言ってる場合じゃないからな。


 必死で追いかけるも、魔物に手間取っている間にエリンとはかなり離されてしまったようだった。

 完全に見失った。

 通路も幾つか分岐している。エリンはどちらに行ったのか定かではない。


 だけど、エリンの考えを予測するのなら。

 おそらくは、下の階層。4階層へ向かったはずだ。

 ならば、選択肢は限られている。

 なるべくストレートに奥へと通じていそうな分岐を選んで進む。


 グリーンスライム、サーベルバット、クォーセンティピーと数々の魔物に遭遇するが、それを必要な分だけ倒し、無視できる奴は無視しと効率重視でいなして先へと。


 やがて、4階層へと続く階段に出くわした。

 エリンがこの先に行ったという保証はないが……。


 とりあえず、向かうしかない。


 階段を降りると、4階層のエントランスに出た。


 冒険者たちの数もそこそこいる。小休止したり、回復をして体制を整えたりと。


 見渡すが、エリンの姿は見えない。


「すみません! ロッドを持った女の子見ませんでしたか?」


 そこらに居る冒険者に声を掛けた。

 応じてくれたのは金属製の鎧に身を包んだ年配のひげづら剣士。


「今一人で走って行った子かい?」


 心当たりがありそうだった。


「どっちに向いました!?」


 剣士が指さす入り口に向けて再び走る。


「今からじゃ追いつけないぞ?」


 そんな声がかけられるが、構っている暇はない。


 怪訝な目でこちらを見てくる冒険者達を無視して、俺は4階層の通路へ続く扉をくぐった。


 通路の広さなどは3階層までとそう変わりはない。構造も単純であることを祈る。


「エリン!!」


 叫んでみるも、返答はない。

 くそっ! やみくもに探し回るしかないのか?


 とりあえず、しばらくは通路は分岐していない。かといって、ここがエリンと同じスタート位置だとも限らない。

 それでも、この先にエリンが居ると信じて進むしかない。


 俺は再び走り出す。


 すぐに魔物と遭遇する。

 無視して先へ……と考えたが、完全に進行方向を塞がれていた。


 時間が勿体ないのに……。


 かなり大きな角の生えたウサギが3匹行く手を阻む。

 ピョンピョンと、跳ねまわっている。その動きは素早い。


 鑑定してみると、ホーンヘアルLv1。そのままのネーミングだが、角の生えた野兎というところだろう。

 ウサギらしい可愛さが圧倒的に足りていない。眼つきも顔つきも獰猛そうだ。


 さすがに4階層の魔物。扱いづらそうだ。が、戦えないことはないだろう。

 さっさと片付けて、エリンを追いかけなくては。


 二匹がほぼ同時に飛びかかってくる。

 一匹を素の防御で受け止めつつ、二匹目の攻撃をサイドステップで躱す。


 二匹だけなら防御スキル技を使わなくてもなんとかなりそうだ。角で突かれたら結構なダメージを受けそうだが、まだ攻撃は単調で、直線的である。


 一匹に剣を振り払う。ウサギは反応して躱そうとするが、何せ体が大きい。

 剣の先がウサギを捉える。が、一撃では沈まない。


『バッシュ』で、もう一匹のほうを仕留める。続けざまに『バッシュ』を念じてもやはり発動する気配はない。

 連続してスキルが使えないのは、かなり痛い。


 いや、魔法で倒すという手もあるか。


 集団攻撃魔法、ぶっつけだが試してみる価値はある。俺のもっとも得意とする――スキルレベル的には――はずの風魔法の集団攻撃魔法、スピントルネードを唱える。


 竜巻が発生して、ウサギを襲う。二匹もろとも、一撃で仕留められたようだ。

 下手に武器で攻撃するより、こっちのほうが効率はよさそうだ。問題は魔力の消費量がどれくらいであるか。何発使えるのか? ということだが、俺のステータスには魔力の量なんて表示されないから計りようがない。


 行けるとこまで行ってみるしかないか。


 ふと、床に目を落すと、魔珠が4つ、素材も落ちていた。

 3つはわかる。俺が倒したのだから。

 もう一つは? ひょっとしてエリンが仕留めたのか?


 俺にとって魔物三匹に行く手を阻まれたというのは、ダメージ覚悟でないと先に進めないような状況だった。

 が、さっきのエリンの動きや身のこなしを考えると、3匹くらいなら、問題なくすり抜けていけそうな気もする。

 すれ違いざまに一匹だけを仕留めて、ミニマムロスで先へと進んだのだろうか。


 だとしたら、かなりの力量。4階層ではなんとでも戦えるレベルなのかも。

 とはいえ、だからといってそれに甘んじて先を追うことをやめるわけにはいかない。


 聞くところによると、スキル無しでもなんとかなるのは3階層まで。4階層以降は、スキルを持ったパーティでの攻略が基本だというのだから。

 いくら、エリンがロッドのスキルレベルがLv4だとしても。持っている武器はただのモップの柄であり、さしたる攻撃力は期待できない。ソロでの攻略は困難だろう。

 ましてや、その先の5階層、6階層なんて、目も当てられない。


 多少惜しい気がしたが、素材回収もせずに進んでいくと分かれ道に出くわした。


 左右二股に別れており、どちらに進めばいいのかさっぱりわからない。

 ここは勘で進むしかないのか?


 気配を探るもどちらの道の行く手にも、なんの気配も感じない。


 と、ふいに新たなスキルの目覚め。


『メンバーサーチ』

 パーティメンバーのおおよその位置がわかるスキルらしい。


 いつ手に入ったのかわからない。エリンを追う俺の熱い情熱が眠っている力を引き出したのか?

 いやまあ、入手過程はどうだっていい。

 とりあえず発動してみる。


 直感的に右奥に誰かの気配を感じる。なんとなくエリンであろうということまではわかった。

 距離はかなりあった。


 不確定要素も多いが、信じて進むしかないだろう。


 俺は右の通路を選択する。

 しばらく走ると、前から人影が見えた。


 四人パーティの冒険者のようだ。どれも若い男性。


 こういう時にはどう接したらいいのかわからない。軽く会釈いつつ、走りぬけようとすると、呼び止められた。


「ちょっと待て!」


 短髪赤毛の若いお兄さんだ。

 時間は惜しいが、そういえば情報収集だって大事だ。この先にエリンが居るというのは初めて使ったスキルでの情報であり、不確定なのだから。


「あの、向こうに小さな女の子……、ロッドを持った……、女の子を見ませんでしたか?」


「知り合いか?」


 赤毛のお人さんが聞いてくる。


「探してるんです」


「そういう子は見たことは見たが……」


 新たな情報ゲット。見たんなら見たで話は早い。方向的にはあっているようだ。


「ありがとうございます!」


 礼を述べて軽く頭を下げつつ、俺は走りだしたが、


「待てって!」


 と再び止められた。もどかしいが、無視するわけにもいかない。


「急いでいるんで手短にお願いします」


 と念を押す。


「それなりに戦える子のようだったが、あれはヤバいぞ?」


「ヤバい?」


「ああ、トレインを引き起こしてやがった」


「トレイン?」


「魔物を倒さずに逃げていると、そのまま追いかけられることが多い。それを続けると魔物が列を為してしまう。大量に魔物を引き連れて逃げてたんだよ」


「ざっと、20は居たな」


 と、脇に居たもう一人の冒険者のお兄さんが捕捉する。


「危うく巻き込まれそうになって、必死で逃げて来たんだ。

 あんなのとやりあったら、幾ら腕が立つといっても……」


「命がいくつあってもたりない……」


 って、聞く限りは大ピンチのようだ。


「だから、待ってって!」


 話もそこそこに、俺は駆けだした。構ってられない。


 そこから先は幸運なことに魔物の姿は見えなかった。


 が、所々に魔珠が落ちている。


 この辺りに湧いていた魔物はエリンが引きつれて行ってしまったのだろうと推測する。

 進むのに邪魔なものだけ排除するというむちゃっぷりなのだろう。


 分かれ道やしばらく走った後など要所要所で『メンバーサーチ』で居場所を探る。

 徐々に近づいているのはわかる。


 もう少しだ。無事であってくれよ。


 あのかどの向こう。戦闘の音がする。


「エリン!」


 叫びながら角を曲がると姿が確認できた。


 20匹なんてもんじゃない。その倍は言い過ぎかも知れないが、30近い、あるいはそれを超える魔物に囲まれていた。


 さすがにああも数が多かったら、包囲網を敷かれて突破できないのか。

 同時に何匹にも飛びかかられている。

 すごい身のこなしで、躱しているようだが、あれだけの量を相手にしているのだから、そこそこにダメージも喰らっているようだ。


 致命傷や大ダメージを避けてギリギリで保っているのはすごいが。

 見ると手にしたロッドは既に折れて、役に立ちそうもない。ジリ貧の状況だ。


 集団魔法を使ってもよいが、その攻撃範囲がまだはっきりとわかっているわけじゃない。エリンを巻き込む可能性がある。


 まずはエリンを退避させないと。

 こんなことなら、ダルトさんに大剣を借りて来ればよかった。

 片手剣種別の銅の剣だと、出せるスキル技は限られてしまっている。そもそも片手剣の専用スキルは持っていないのだ。

 大剣であれば、使えるスキルも増えるし威力も上がるだろうに。


 と、後悔している場合でもない。今できることをやるしかない。


「ファイヤーボール」


 所詮単体魔法。あの数に対しては焼け石に水。

 が、一撃でだめなら、二撃。後先考えずに連続で放とうと試みる。


「ファイヤーボール」


 が、こちらも連続では放てないのか。発動しない。


 試しに風魔法に切り替える。


「ウィンドカッター!!」


 属性を変えると上手くいったようだ。

 ダメ元で二発目を放つ。

 

「ウィンドカッター!!」


 おっと、発動した。

 そこから、さらに計4発ほど、連続でウィンドカッターを唱える。

 すべて上手くいき、風の刃が魔物を切り裂く。


 魔物の群れの一角が崩れたのを確認して斬り込む。

 

 まずは『バッシュ』で一匹。

 至近距離からの「ウィンドカッター」を連発して、エリンへの道が拓けた。


「大丈夫か!?」


 申し訳なさそうな顔で俺を見つめ返すエリンだったが、今はいろいろと後回しだ。

 魔物の群れをなんとかしないと。10匹ほどは倒したが、まだまだ数が多い。


 先の通路はふさがれているし、逃げ出したところで結局新たな魔物が現れたら挟み撃ちになってしまう。


 だが、勝算は無いわけではない。

 さっきはエリンへの誤射を恐れて使えなかったが、エリンと合流したことで攻撃のバリエーションが増えている。


 集団攻撃魔法であれば。


「スピントルネード!」


 竜巻が魔物の群れを切り刻む。

 前に居た魔物を5匹ぐらい沈めた。

 後列の魔物のうち2匹ほども同時に沈む。


 やれる。一気に片を付ける。


「エリン、俺の後ろに!」


 向きを変えて、別角度へと向き直る。加えて、今大量に倒して魔物が薄くなっている方へとエリンを避難させた。


 途中飛びかかってくる魔物をBGカウンターからの『バッシュ』で葬り去る。


「スピントルネード!」


 あとは単純作業のようなものである。

 魔物は俺の魔法の威力を見ても逃げることはない。ただ愚直に向かってくる。


 攻撃態勢に入った魔物を、『ウィンドカッター』で個別に撃破しつつ、襲いくる魔物を『BGカウンター⇒バッシュ』の連携で葬りつつ。


 塊に向って「スピントルネード」を連発する。


 あっという間に、残る魔物は数匹となった。


 ここまでくればもう心配ない。


 一匹ずつ、「ウィンドカッター」で仕留めていく。




「ふう……」


 かなり疲れた。これだけの魔物を一度に相手するとは思わなかったし、魔法を使い過ぎたせいか、精神的な疲労も激しい。

 だが、なんとかもったようだった。そう考えると俺の潜在能力って地味にすげーな。

 30匹以上の魔物を一人で殲滅したんだから……。


「エリン、大丈夫? 怪我は?」


 っと、聞くまでもなかった。

 両の手足に切り傷が一杯だ。スライムからの攻撃も受けてしまったのか、火傷のようなものまである。

 それでも、深い傷や大怪我を背負しょってないのは、すごいけど。俺は魔法無しでは、この程度で済む自信はない。


「ヒール……」


 うん、聖魔法スキルもとっておいてよかった。まだ魔力は尽きていないようだし。

 ヒール一発で、エリンの傷は全て跡形もなく消えた。


「ヒー・ル……?」


「うん、使えるんだよ。あんまり言いふらして欲しくないけど」


 エリンはコクリと頷いた。

 さて、傷も癒えたことだし……。


 お説教とエリンの真意を聞きださないと。

 いや、それよりも一旦引き返すほうが先か。

 俺の魔力もあとどれだけもつかわからないし。

 片手剣だけで魔物の集団と戦うのは厳しいかもしれない。武器が折れてしまったエリンには期待できないし、させたくもない。


「危ないことしちゃだめだろ?」


 少し強めの口調でエリンに指摘する。


「ご・ご・め・ん……、な・しゃ・い…………」


 かなり時間をかけてエリンはそれだけを口にする。

 うーん、コミュニケーション取りづらいな。


「じゃあ、引き返すから。わかっただろ?

 ひとりでこんなことしたら無茶だってこと」


 コクリと頷くエリン。目に涙が浮かんでいる。

 あまり強くは言えないな。

 充分反省しているようだし。


 ポンっとエリンの頭に手をやって、


「じゃあ、戻ろう。ちゃんとついて来て」


 と、4階層の入口へと向かって歩き出した。

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